ほよほよさんぽみちNEW

いつでも君のこと好きだったよ

第161回神楽岡歌会

2019-06-22 23:04:47 | 日記

 きのうは神楽岡歌会だった。仕事を終えた17時半ごろから雨が降り出し、バスを降りるころにはどしゃぶりになっていた。

 

 足を濡らしながら会場に向かったけれど、一時的なものだったらしく、すぐあとから来た人はそうだもなかったようだ。

 

 詠草集に載っている歌は23首。参加者は20人だった。ひさしぶりの人もおられて、賑やかだった。唸ったり笑ったり、考えたり。頭をフルに回転させて、どう読めばいいか考える。そして、思ってもいない読みを誰かが発言すると、ええーと思ったり、そっかぁと納得したり。

 

 同じ歌にも、イメージの結びつきが美しいというひともあれば、目立ちすぎている、もうすこしナチュラルなほうがいい、と言う人もいる。

 

 以下、きのうのメモから。

 

 第三句が踏切板になっている。足し算的な比喩。血が通っている。事実の圧迫感が嫌。被傷感。雰囲気だけで傷に甘えている。結句が背負いすぎている。食い足りない、ここからさき。ヒトラーユーゲントなど。

 

 懇親会にも13名が参加。卓袱台をいくつもつなげて長い卓になる。

 

 最近、中途半端な歌ばかり送っていたけれど、きのうの歌は「恐怖」がベースの歌をだしたら5票だった。来週のあなたを読む会では「恐怖」ベースの連作。心底怖い、とおもったら次々怖い連鎖がおきて、いろいろ思い出して余計に怖くなった。でも連作にまとめると、なんとなく「怖さ」とも折り合いがつく気がするから不思議だ。

 

 

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なあんだ

2019-06-20 20:58:44 | 日記

 きょう、会社に行ってしばらくしたら、斜め向かいの席のSさんが、「どうやった?」という。

 

 は、なにがです? 

 

 なにがって、きょうはあの日やん。

 

 あの日?? 0のつく日はポイント10倍とか? ポイントのこと考え過ぎか。

 

 そのうち向いのYさんも「あ、わかった。私、今回申し込んでなかったから」

 

 その会話をきていたふたつとなりのMさんも「あの日ですよね!」

 

 私「Yさん、わたし、申し込んでる?」

 Yさん「絶対申し込んでない。申し込んでる人にはぜったいわかるもん」

 Sさん「帰って、ご主人にきいてみ。ご主人の会社でもその話題でもちきりなはずやから」

 

 そんな、どこでも話題もちきりってなに???

 

 と、思っていると、オリンピックの観戦チケットの当選発表の日だったらしい。

 

 なあんだ。

 

 なあんだってなんや、興味ないんか。

 

 テレビでやってたら応援すると思うけど、当てるのが難しいチケット申し込んでまで、、と思うよ。もっと興味のあるひとにゆずるわ。

 

 Sさん「へえ、クールな人生やな」

 

 クールというのかそれは。

 

 帰宅した夫に訊いたら、「え、全然話題になってへんかったで」

 

 やっぱり。 Sさんがホットなだけな気がするよ。

 

 

 

 

 

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この先いいことしかない

2019-06-18 22:19:49 | 日記

 きのう、会社が入っているビルの2階のホールでイベントをやっていたようで。

 

 トイレに誰かが行って帰って来ると短い感想をいう。

 

 Yさん「なんか高い声が2階からきこえてたよ。なんとなくうきうきした若い女の子たちの声」

 Nさん「いまトイレいって廊下をあるいていたら、下からいいにおいがしたわ。女の子の匂い」

 ふたりとも女性だからストレートに言えるのだろう。男性だったらセクハラにとられる可能性がある。

 

 私「なんのイベントやってるんですか?」

 Nさん「就活のメイク、って感じかな」

 私「そりゃあ大半が大学生ならいつもと違う雰囲気でしょうね」

 Nさん「いやぁ、若いっていいなぁ、この先いいことしかないって感じ」

 

 あはは。実感こもってる。

 

 確かに、親が弱るとか、夫が病気するとか、自分の眼がみえなくなるとか、ネガティブなこと一切思わなかったなぁ。

 

 きょうはお休みの日だったけど、ごみ当番で早起きしたし、義父のクリニックの付き添いにいった。ついこのあいだまで、義父はクリニックから薬局までは歩いていって、私はクリニックに送り、薬局へ迎えにいけばよかったのに、もう薬局までの100mが歩けなくなっていた。いきなり足腰が弱っている。迎えに行ったとき、クリニックの駐車場の鉄柱にもたれかかるように立っていた義父は萎れた幟のように見えた。

 訪問診療の相談をしたり、老人施設に入居状況やショートステイのことを問い合わせたりして、午後は忙しくなった。

 

 いいことがひとつあった。きのう弱っていたメダカのブウ。もう死んでしまうんだろうなと思って、きのう水をたしたり、最後のごはんと思ってブウのまわりにばかりエサを浮かべていたら結構食べていて。今朝、水槽をみたら、元気に泳いでいた。あーよかった。

 

 幸せがどんどんささやかになる。 

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再校作業

2019-06-16 21:25:30 | 日記

 きょうは久しぶりに再校作業のため岩倉へ。

 

 新しいメンバーの人と挨拶をかわしたり、久しぶりに会う人と声を掛け合ったり。

 

 私のところに6月号が届いたのは金曜日だった。だいたい、京都市内から一日遅れて届く。評論や時評などを読みざっと目をとおして行ったのだけど、驚くのは皆さん、すでに熟読されているところ。

 

 「ふじたさん、タニシの歌、おもしろかった」とか「特別作品、読みましたよ」とか言われてあたふたする。だって、私はまだ皆さんの歌、ちゃんと読んでいなかったから。

 

 私は最近作業にご無沙汰しているのに、そういうひとの歌まで読んでいる。すごいなぁ。

 

 作業の途中に通り雨があって、あわてて窓を閉めた。

 

 まだ少し開いている窓から蛙の声がする。

 

 誰かが「蛙が雨で喜んでるわ」という。そういわれるとさっきより蛙の声が大きくなった気がする。

 

 私は奥の掘りごたつ式の畳の部屋の窓側に座っていたのだけど、なんか「あらわ」な感じがすると思ったら、裏の竹藪の竹がごっそり切られていたのだった。なんか右側が落ち着かない。

 

 トイレの窓から見える景色も、すっかり変わっていた。竹の緑でなんとなく隠されてる(?)ようだったのが、竹の切株(?)が斜面にみえている。

 

 いろんなものが少しずつ変わっていくんだなぁと思った。

 

 

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高安国世『朝から朝』のあとがき

2019-06-15 20:51:00 | 日記

 高安国世の歌を読み返していた。

 

 全13歌集のうち、私が一番好きなのは『朝から朝』。54歳から58歳くらいの歌が収められている。

 

 私が初めてこの歌集を読んだのは30代のころだったけれど、いま同年代の眼でみるとまたちがったふうに見えてくるものがある。

 

 高安国世の歌集はあとがきが長い。誰も解説もつけなくていいくらい、特に初期の歌集には長い長いあとがきを書いている。

 

 そして、『朝から朝』は第九歌集なのだけど、初期歌集と比べると幾分短い。ふむふむと読み進め、最後の6行は読むたびに笑ってしまう。書き写してみる。( )は私のツッコミ。

 

 「・・・・・略 しかしみずから説明しないほうがよいだろう。(いままでさんざんしてきはったけどね)作者の言葉はよく作品解明の鍵として安易に使用され(あれだけ長かったら一部を引用するひともあっただろうなぁ。「安易に」に苛立ちがあるなぁ、あんまり引用されたくないんだろうな)、かえって真の解明をさまたげる結果になることを、私は過去の経験によって思い知らされているからである。(よっぽど嫌だったんだろう)「あとがき」を読み、作者の言葉を鵜呑みにして無責任な批評紹介をされるほど、著者にとっていやな思いをすることはない。(かなり嫌だったんだ)だから今度は何も歌にふれたことは書くまいと思っていたのに、また要らざる一文を綴ってしまった。」

 

 「あとがき」としてかなり個性的な文だ。 綴ってしまった。で、終わる。

 

 こういうところが高安国世という人間のおもしろさなんだろう。

 

 本人はまじめに書いていて。しかも結構ストレートに思っていることを吐露している。

 

 だけど、またこうやって書いちゃうんだよなぁというところが微笑ましいんだなぁ。

 

 写真は会社の近くのごはん処矢尾定さん。 最近気に入って通っている。 ここの常連に憧れる。

 

 

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