ほよほよさんぽみちNEW

いつでも君のこと好きだったよ

第126回神楽岡歌会

2016-07-23 22:03:28 | 日記

 最近、なかなか書類が通らなくなって、いろいろ板挟みになることが多く、お腹の痛い日々です。

 

 すぐにお腹にくるので、わかりやすい。

 

 きのう、かなり調子が悪くて、とりあえず出勤し、9時半くらいに具合が悪くなり。 10時になったら帰ろう、と思いました。 だけど、その日は昼休みに神楽岡の詠草をコピーして、18時半にこどもみらい館へ行く、という予定になっていました。

 

 頭のなかでぐるぐる考えます。 コピーだけして会場の受付に預けて、司会はMさんかOさんにお願いしようか。 とか。 家に帰ってメール添付してコピーもしてもらおうか、とか。でも、誰にも連絡がとれなかったらそれは危険か。 うーん。 仕事は比較的少なかったので、悶々とそういうことを考えていました。 そうしたら、少しずつよくなってきて、昼休みにはなんとかいけるかな、というくらいに回復。 

 

 うどんを食べて、ライフに行ったらコピー機使用中。 ベビーカーをとなりにおいて、かなりの枚数をコピーしているママ。

 

 「たくさんありますけど、いいですか。 何枚ですか?」 と訊かれたので、

 「A4とA3、それぞれ20枚ずつです」 というと、多いと思ったのか、ママさんはそのまま続けました。 確かに赤ちゃんがいると機嫌のいい時間に用事を済ませないといけないからなぁと思って待っていたのですが、延々と終わらないのでした。 休み時間がなくなる・・・すでに15分くらい待っている。  あと10分なんだけどなぁ。 しかも一回コピーするたびにひっくり返したり、考えたり。 うーん、、、はよして。 

 

 あと7分というころにようやく終わって。 さてコピーしようと思ったら、A3の紙切れ。 仕方がないからA4を3枚にしました。

 

 さて。 歌会の詠草は19首。 欠席者が1名で18首。 今月も0点の歌がなくてほっとしました。 1票でも入れば心は落ち着くものです。 

 

 私の歌には6票入れていただいたのですが、「塚本邦雄の保険屋の本歌取りになっていて、本歌取りにしては飛びきっていない」という評があって、まったく塚本の歌は意識していなかってので、とても恥ずかしい思いがしました。 

 

 そのほか、印象に残った批評。 Jポップ、オレオレ坊や、いい意味でチープ、こういう初句飽きた、手ごろワード、どういう心寄せかわからない、外にでられない人のよう、歌に風を詠むとたいていさわやかなのにこんなに気持ち悪い風の歌は見たことがない(票を入れた理由として)、人生に重ね合わせて読ませるようなつくりが嫌だ、など。

 

 ほんとうに厳しいけれど、愛のある歌会だと思います。 見過ごさない、きちんと細部まで読むという姿勢がよくて背筋がぴんとのびるようです。

 

 きのうもがんばって行けてよかったなぁと思いながら帰ってきました。

 

 

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最近の花

2016-07-21 23:38:06 | 日記

 私が留守にしていても、水遣りを忘れていても、植物たちは文句もいわず生きています。

 

 きょうはちいさな綿の花がふたつ咲いているのを見つけて、息が止まりそうになりました。 もっとぱあっと咲けばいいのに、葉っぱの影に隠れながらおずおずと咲いているのでした。 そのひとつにはちいさな虫が散歩にきていました。 

 

 それから、ニチニチソウは自分の季節がやってきた!といったようにちょっと自慢げに咲いています。

 

 このあいだ、朝、息子と一緒だったので「ほら、ニチニチソウ咲いたよ」と言ったら、

 

 「ニチニチソウは、普通すぎる。ふーんって感じ。ポケモンでいうたらゼニガメやな」 と言われて、思わず大うけしてしまいました。

 

 息子が幼稚園のころ、ポケモン図鑑やら指人形やらで名前を叩き込まれて、(私のほうがです) そのおかげで古いポケモンはその進化形とか攻撃方法とかそういうどうでもいい知識がいまだにあって、「ゼニガメ」 というとあのうすい緑色のにっこりした姿が思い浮かんでしまうのでした。 ああ、もっと有効なことにこの脳のスペースを使いたいものです。 

 

 確かにニチニチソウは育てやすいし、昔から育てていて目新しくはないのですが、種から育てたのは今年初めてだったので、私としては思い入れがあるのです。

 

 それから、野葡萄。 王国はその領地を着々と広げ、小さな花も咲いています。 緑色の実もついていました。 これからブルーや紫に変化していくのが楽しみ。

 

 植物を見ているうちに遅刻しそうになりました。 みんながんばれ。

 

 

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締め切り4つと先輩の助言

2016-07-20 22:51:01 | 日記

 旅行から帰って、きのうは仕事、その帰りにヨガへ行ったのでなんにもせずに眠ってしまいました。

 

 そして。 きょうは締め切りが4つ。

 

 月詠草は旅行前に出していたけれど、「あなたを読む会」の作品、書評1つ、塔の変更リスト、神楽岡歌会の詠草まとめが重なってしまっています。

 

 19時に帰宅して水遣りをして、とと姉ちゃんの録画を見て。(これは日課です) とりあえず、このあいだ出した月詠草を組みなおしてさらに新しく5首を作って、なんとか15首にまとめました。 歌がまとまると上機嫌になるので、気分よく夕飯を作り、ぱぱっと食べて書評の最終チェック。 少し手直しをして引用歌をもう一度確認しメール送信しました。

 

 ここで23時まえ、です。 神楽岡の詠草は24時前後にまとまってやってくるので、もう少しあとにして、これから変更リストを作ります。 大きく心を占めるものからやっていくとあとは気が楽です。

 

 20歳すぎのころ、職場の2つ上の先輩が、

 

 「お化粧はね、大きいところからするの、ファンデーションのあとは口紅、チーク、瞼。」 と言っていたことを思い出しました。

 

 低血圧で朝の弱い人で、青い顔をして会社でお化粧をしている姿、というより鏡に映った先輩の赤い口を思い出しました。 先輩のその言葉をきいてから、大きい順にやれば結構うまくいくな、と思うようになりました。 

 

 ただ、私の場合お化粧は口紅が最後なんだけど。

 

 

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宍道湖

2016-07-18 23:09:11 | 日記

 きのうから松江、安来、出雲へ行っていました。

 

 もともとは歌人集会のイベント参加目的に計画していたのですが、お墓参り&息子の就職祈願の旅、ということになりました。

 

 松江は父の実家、安来は母の実家のあるところで、山陰に親戚が多くあります。 米子とか平田とか山口とか。 松江へ行くのに、素通りするわけにもいかず。 きのうはふたつのお墓にお参りしました。 草ひきをしてお線香をあげて、手をあわせていると、そこに入っている血縁の人の顔が浮かんで、なんとなくほっとしました。長いあいだご無沙汰していましたから。

 

 それから叔父の家へ寄り、従兄弟ファミリーと会い、そこの子供たちとお菓子を食べたり遊んだり。 叔父と叔母が松江のホテルまで送ってくれたので、晩ご飯の時間まで、宍道湖畔を散歩しました。 

 

 松江の駅は見違えるほど明るくきれいになっていて驚いたのですが、宍道湖は変わっていなくて。

 

 子供のころに橋の近くで見た花火を思い出したり。 やっぱり湖はいいなぁ。

 

 今朝は松江城の堀を舟で巡り、そのあと一畑電車に乗って出雲大社へ行きました。 出雲大社も久しぶりでしたが、駅前が観光地化されていて、拍子抜けするほど明るくなっていました。 なにか、もっと厳かなというか、古からつづく時間がある場所というか、ずっしりとしたもののあるところ、というイメージだったのです。 

 

 息子の就職祈願をして、お守りを買い、また宍道湖沿いに走る一畑電車に乗り、松江へ戻りました。 

 

 宍道湖を堪能した二日間でした。

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反対側をみせてくれる友人

2016-07-15 22:31:39 | 日記

 私の古い友人Aさんは物静かな人です。

 

 感情的にならず、どちらかというといつも聞き役で、かといってじっと集中して話を聞いているふうでもなく、かなり低い位置からふわっと浮き上がるように反論を始めます。

 

 このあいだも、私がしばらく話すのきいたあと、

 

 Aさん「でもねぇ、まっすぐがいつもいいってわけじゃないのよ、水たまりが閉じるのをだまって待つ、ということも必要なときもあるんじゃない?」

 

 それで、はたと気がついたりします。 もしかして、私は乾きかけた水たまりにまたホースで水を注いでいたんじゃないのか、ということに。

 

 会社のこと、親のこと、私が気になっていることをつぎつぎに話しているあいだ、彼女は眼鏡を拭いてみたり、窓から差す光に手をかざしてネイルを確かめたり、桃を剥いたりします。 それは私の話がつまらないというふうではなく。 ときどき天井を見たりしながら少し考えたり笑ったりしたあと、

 

 「ねえ、ちょっとこれきれいでしょう?」 といって、細い小さな万華鏡を覗かせてくれるのです。 

 

 わぁ、きれいだねぇと喜んで覗いていると、ちいさな折り畳み式の台をどこかから持って来て、「これに載ったら、反対側が見えるよ」 と反対側の風景をみることを勧めます。 万華鏡から折り畳み式の台への転換があまりにも自然なので、私はそれじゃあちょっと載ってみようか、という気になって恐る恐る見たくなかった風景を目にすることになるのでした。

 

 反対側の風景はそれはそれで成立していて、いままで見えていなかったものがつぎつぎにはっきりとした輪郭をもって現れます。 どれだけ自分に想像する力が欠けていたかということが明確になって、新しい眼鏡をかけたような気がしました。 そして台をおりたとき、

 

 「桃、食べよう」 と、きれいな器にいれて桃を出してくれました。

 

 そして、『ぶたぶたくんのおかいもの』のぶたぶたくんとかあこちゃんのように、「ばあい」と言って別れたあと、心のなかがさっぱりとして、お話や歌を作ろう、という気持ちになるのでした。

 

 

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