ドイツ新約聖書学界の重鎮、マルティン・ヘンゲル教授が亡くなりました。7月2日のことです。享年82歳。
ロイトリンゲンの繊維工場主の子供として生まれたヘンゲル氏は、家業を継いだ時期もありましたが、神学研究の道に入り、1959年に33歳で博士号(当時の神学者としては遅い部類ではないかと思います)、1967年に教授資格取得(40代ですから、これも遅い)。1968年にエアランゲン大学教授就任、1972年から92年までテュービンゲン大学の新約学および古代ユダヤ教学教授、同大学附属の古代ユダヤ教およびヘレニズム宗教史研究所所長も務めていました。
多作な人で、邦訳されたものも少なくありませんが、一番知られており、影響力も大きいのはやはり、『ユダヤ教とヘレニズム』(原著1973年。邦訳:日本基督教団出版局、1983年)でしょう。パレスチナのユダヤ教がいかに早くから、そして深くヘレニズムの影響を受けていたかを、個々の史料に丹念にあたりつつ論証したこの大著(邦訳で946頁!)は、それまでの(そして今でも時々見かける)「パレスチナ・ユダヤ教」と「ヘレニズム・ユダヤ教」という単純な区分が通用しないことを明らかにしました。(この本に邦訳があるということは驚異です。訳者の長窪専三氏には頭が下がります。そのご苦労を思えば、1万5000円の定価も決して高くないと思います。ちなみに原著は現在ペーパーバック版で44ユーロ。)
Martin Hengel, Judentum und Hellenismus. Studien zu ihrer Begegnung unter besonderer Berücksichtigung Palästinas bis zur Mitte des 2. Jahrhunderts vor Christus (WUNT 10; Tübingen: Mohr Siebeck, 3. Aufl. 1988).
文字通り博覧強記の人ですが、史料を駆使して歴史を組み立てる時には、首をかしげたくなるような仮説を出すこともままありました。僕がベルンで書いた博士論文の中で、ヘンゲル氏の説を批判したことがあったのですが、その博士論文を(ヘンゲル氏が編集者をしていた叢書から出版してもらおうと思って)ヘンゲル氏のもとに指導教授が送ったら、再批判と、自分のこの本も読め、という指示が帰ってきたことがありました。結局その叢書で出してくれることになったのでひと安心でしたが。
国際新約聖書学会にせっかく入ったので、一度はお目にかかってみたいと思っていたのですが、ついに果たされることなく終わりました。とても残念。
まさに新約聖書学界の巨星墜つです。ヘンゲル教授の魂の平安を祈ります。
Prof. Dr. Martin Hengel (1926-2009)
(写真はSitz im Leben というサイトから拝借しました。)
ロイトリンゲンの繊維工場主の子供として生まれたヘンゲル氏は、家業を継いだ時期もありましたが、神学研究の道に入り、1959年に33歳で博士号(当時の神学者としては遅い部類ではないかと思います)、1967年に教授資格取得(40代ですから、これも遅い)。1968年にエアランゲン大学教授就任、1972年から92年までテュービンゲン大学の新約学および古代ユダヤ教学教授、同大学附属の古代ユダヤ教およびヘレニズム宗教史研究所所長も務めていました。
多作な人で、邦訳されたものも少なくありませんが、一番知られており、影響力も大きいのはやはり、『ユダヤ教とヘレニズム』(原著1973年。邦訳:日本基督教団出版局、1983年)でしょう。パレスチナのユダヤ教がいかに早くから、そして深くヘレニズムの影響を受けていたかを、個々の史料に丹念にあたりつつ論証したこの大著(邦訳で946頁!)は、それまでの(そして今でも時々見かける)「パレスチナ・ユダヤ教」と「ヘレニズム・ユダヤ教」という単純な区分が通用しないことを明らかにしました。(この本に邦訳があるということは驚異です。訳者の長窪専三氏には頭が下がります。そのご苦労を思えば、1万5000円の定価も決して高くないと思います。ちなみに原著は現在ペーパーバック版で44ユーロ。)
Martin Hengel, Judentum und Hellenismus. Studien zu ihrer Begegnung unter besonderer Berücksichtigung Palästinas bis zur Mitte des 2. Jahrhunderts vor Christus (WUNT 10; Tübingen: Mohr Siebeck, 3. Aufl. 1988).
文字通り博覧強記の人ですが、史料を駆使して歴史を組み立てる時には、首をかしげたくなるような仮説を出すこともままありました。僕がベルンで書いた博士論文の中で、ヘンゲル氏の説を批判したことがあったのですが、その博士論文を(ヘンゲル氏が編集者をしていた叢書から出版してもらおうと思って)ヘンゲル氏のもとに指導教授が送ったら、再批判と、自分のこの本も読め、という指示が帰ってきたことがありました。結局その叢書で出してくれることになったのでひと安心でしたが。
国際新約聖書学会にせっかく入ったので、一度はお目にかかってみたいと思っていたのですが、ついに果たされることなく終わりました。とても残念。
まさに新約聖書学界の巨星墜つです。ヘンゲル教授の魂の平安を祈ります。
Prof. Dr. Martin Hengel (1926-2009)
(写真はSitz im Leben というサイトから拝借しました。)