チューリヒ、そして広島

スイス・チューリヒに住んで(た時)の雑感と帰国後のスイス関連話題。2007年4月からは広島移住。タイトルも変えました。

カープグッズ

2008年03月29日 21時31分24秒 | Weblog
プロ野球のシーズン開幕、ということで広島でも応援の気運が盛り上がりつつあります。

ゆめタウン広島でも、抽選でカープ主催試合の入場券やら応援グッズがあたるキャンペーンを展開。入場券欲しさに買物を繰り返し、ガラガラポンに挑戦したのですが、当たったのは上のカープマグカップ。そして……


ジェット風船。そして


なんとカープトイレットペーパー。

今年もどん「尻」ってことなんですかね。尻拭いはファンがせよ、っていう意味か。でもワタシには鯉の尻は拭えません。

鯉の泳ぎ始めは1敗1引き分け。予想通りの暗いスタートです。お気の毒。


低床トラム

2008年03月19日 23時30分24秒 | Weblog
今日、帰路に広島市内で乗ったバスは、珍しく床の低いタイプでした。最近この手のバスが少しずつ増えているようです(上の写真はその車内)。かつてベルンで乗ったバスにも、このタイプが若干ありました。環境問題改善の一環として、公共交通機関の利用増が訴えられていることもあり、低床タイプの導入が進むでしょう。

低床タイプは、バスだけではありません。広島市内を走る市電(トラム。広島電鉄は Streetcar と呼んでいるけど、Tram の方が断然格好いいのに)にもこの低床車両が少しずつ増えているようです。




広島電鉄が最初に導入したのがこの「グリーンムーバー」と呼ばれるタイプ。ドイツからの輸入品だそうです。1999年6月から走り始め、現在では12編成あるということです。11編成は広島駅-広電宮島口(2号線)、のこり1編成が広島駅-紙屋町-広島港(1号線)で走っているとのこと。



2005年3月からは、この「グリーンムーバーマックス」も走っています。こちらは国産。座席数を増やすと共に、通路も広くし、ベビーカーや車椅子が車内でスムーズに行き来できるようにしているそうです(「マックス」の名前はそこから来ているそうな)。こちらは、10編成のほとんどが1号線。1編成だけ2号線で走っています。(いずれも写真と能書きは、広電のホームページからお借りしました。)広島の市電は緑色が基調のようです。カープの赤やサンフレッチェの紫とは無縁なんですね。

このような最新型のトラムはしかし、上に書いたように、1号線と2号線でしかお目にかかれません。僕がよく利用する5号線はいつも古~い、京都や神戸の市電のお下がりばかりが走っています。情緒はあるけど、同じ料金払っていながらこの待遇の差はやはり納得いきません。

でも、トラムに乗るとやはりベルンやチューリヒでの生活を思い出すので、いい気分ではあります。

たくさん食べてクレイトン

2008年03月17日 23時31分15秒 | Weblog
この3月末をもって広島を離れて行かれる、教会関係のご同業者の送別会が、呉のクレイトンベイホテル内にあるレストラン「ソーニョ」で行われました(写真はリンクのページからお借りしてます)。呉の港近くにあるこのホテル、こんなところにホテルがあるのかと思うような周囲の景色の中にそびえ立っています。

「ソーニョ」はイタリアンレストランのようでしたが、お昼はランチバイキング(1600円)。お値段に見合った品数・中身の料理が並んでいました。コーヒーやジュースも飲み放題だから、高いとは言えないような気もしますが。ご同業者の皆さんの手前、あまり意地汚いこともできないので、おとなしく、とりあえず全部少しずつ食べてみるという作戦に。

品数が少ないことをレストランも意識しているのか、テーブルにはごくごくシンプルなピッツァとスパゲッティが「サービス」で運ばれてきます。いかにも、これでお腹を膨らませて下さいという感じで。バイキングの料理が食べられなくなるじゃないかと思うんですがね。

我々12名ほどが予約していたテーブルは、写真に見えるカウンターの前に並べてありました。お昼で、しかもクルマで来ていましたから、もちろん禁酒なのですが、目の前に並ぶお酒のボトル、そしてジョッキにビールをつぐお姉さんの様子を眺めながら食べるのは少々辛いものがありました。

呉は2度目でしたが、次に来る時は、大和ミュージアムを探検してみたいと思っています。

カルディで見つけたドリンク(その2)

2008年03月10日 19時01分16秒 | Weblog
ガラナの横に鎮座していたのは、インカ・コーラ。これも不思議な飲物です。

その名前から想像される通り、ペルーの首都リマの建設400年を記念して売られるようになったそうで(Wikipediaの受け売り)、ペルーではコカコーラより売れているという話。

ちょっと気の抜けた、薬臭いジンジャーエール(もどき)という感じの味で、色は黄色(アメリカではゴールデンコーラと呼ぶらしい)。コカコーラほどしつこくないので、「コーラ」と言われると不思議な感じです。

実際、アメリカではカナダドライが製造しているとのこと。道理で味が似てるわけです。

カルディで見つけたドリンク(その1)

2008年03月08日 23時34分17秒 | Weblog
ゆめタウン広島内にオープンした「カルディコーヒーファーム」のことは、ミュエッスリの記事に書きました。この店では、ミュエッスリ以外にも色々な輸入食品を売っています。

店内を見ていてそそられたのが、得体の知れない輸入ドリンク各種。まずはDAD'Sのルートビア久々に購入して、ムスコと懐かしんだのですが、それに味をしめて、今回は複数種類を入手。

今宵風呂上がりにムスコと分け合って試飲したのが写真のドリンク、その名もガラナ・アンタルチカ。缶の色がいかにもブラジル。ブラジルでは非常によく知られたソフトドリンクで、なんと、サッカーブラジル代表の公式スポンサーだそうです。

Wikipedia が「ガラナ飲料」の項目で説明している、「濃い麦茶にジンジャーエールを混ぜたような味」というのは、なんとも言い得て妙です。もっとドクターペッパーっぽい味を想像していた我々は、「意外に普通の味やな」などと言いながら速攻で飲み干してしまいました。缶のデザインからもっと刺激的な味を期待していただけに、ちょっと拍子抜けでした。

しかし、ガラナの実からとったエキスが身体に良い(らしい)とはいえ、このような炭酸飲料はあまりスポーツ選手にはお勧めできません。ブラジル代表が愛飲しているかどうかは定かではありませんが。

論文コピーの整理

2008年03月05日 12時13分15秒 | Weblog
以前に、カードをA6にするかB6にするかという話を書きましたが、同じくAかBかで20年来悩んできたのが、雑誌論文などのコピー整理です。

見開きがピタリとA4横やB4横に収まるサイズの雑誌や本であれば、そのままのサイズでコピーを取ることになります。稀に見開きA3サイズなんてのもありますが(Theologische Literaturzeitungなど)、たいていはA4かB4のどちらかです。

困るのは、その中間サイズだった場合です。

整理する際にはA4の方が楽です。僕は、大学生協などに行くと5冊300円程度で売っている紙製の「フラットファイル」を使っています。途中に挟んだ部分を抜き取るのが面倒という難点はあるのですが、数多く使うので(たぶん200冊くらいあります)、やはり安いものを使わざるを得ません。A4の場合、これにどんどん綴じていきます。ファイルの表面に、どんな論文をどの順序で綴じたか、著者名と論文名を簡単に書いておきます。

A4横のファイルは、書棚に収めると、高さは問題なく入ります。問題は、奥行きが長いので、普通の書棚だと手前にはみ出てしまうことです。前任校では、研究室備え付けの書棚の一番上にあった、奥行きの深い棚の部分を利用していました。今の研究室にはなぜかファイルロッカーがあるので、便利に使っています。

困るのはB4サイズのコピーです。そのままフラットファイルに綴じると、高さはあるし、奥行きも長いしで、収納に困ります。(それに机の上でファイルを広げたら、場所を取りすぎます。)

そこで仕方なく、二つ折りにしてB5縦サイズのフラットファイルに収めることにしています。が、そのためにはコピーを半分に折らねばなりません。10枚や20枚なら大したことはありませんが、枚数があると結構、これが大変な作業です。しかも、二つ折りにすることを想定して、きちんと中央が揃うようにあらかじめコピーしておく必要があります。中途半端な大きさの本をうまく中央を揃えてB4の紙にコピーするのは、少なからず気を使う作業です。きちんとB4の大きさになるように拡大コピーすれば話は簡単なようですが、いったい何パーセントの拡大にしたらきちんとB4になるかは、本によって違うので、これまた容易ではありません。

自分でコピーするときはそれでもまだ良いのですが、別大学の図書館から取り寄せたコピーだと、その配慮がない場合も稀ではありません。そんなときは、二つ折りにして中央が揃うように紙を裁断することになります。取り寄せたコピーが、B4サイズでありながらきちんと中央が揃っていた場合は、コピーをしてくれた、見ず知らずの係の人への感謝の念が湧いてきます。

こうして二つ折りにしたコピーをB5縦サイズのフラットファイルに収めていくわけですが、二つ折りですから当然厚みは倍になります。1冊に収まるコピーの数は半分ですから、自然とB5ファイルの数が増えていくことになるわけです。幸い、A4で収まる論文の方が圧倒的に数が多いので、B5ファイルはA4の1/3くらいに留まっていますが。B5縦というのは、奥行きはありませんが、高さのせいで意外に書棚に収まりにくいサイズでもあります。

そんなわけで、ファイル綴じ作業の面倒を考えて、中途半端なサイズの雑誌や本は出来る限りA4サイズに縮小してコピーを取ってきたのですが、悲しいかな、最近少しずつ、小さい文字を見るのが辛くなり始めました。これからはB4のコピーをせっせと二つ折りにする作業が増えるかもしれません。


公文書館の思い出

2008年03月02日 23時02分32秒 | Weblog
調査のため、関西学院大学に出張してきました。学院史編纂室と大学図書館で、必要な文献のチェックとコピーに従事。編纂室と図書館の方々から便宜を図っていただいたおかげで、たった2日間ながらいろいろなことがわかりました。

「学院史編纂室」というのは要するにアーカイブズ(英語名はそうなっています)で、この語は公文書館と訳されることが多いようです。アーカイブズとは、歴史的資料としての公文書を収集・保管・公開する場所であり、その収集物に対する研究も行われます。つまり、大学の歴史に関する文書資料を収集し、後代に伝えていく重要な役目をこの機関は担っているわけです。したがって、「編纂室」というのは、その務めの一部を表しているに過ぎないので、あまり良いネーミングとは言えません。

ヨーロッパでは、この公文書館が持つ重要性がきちんと認識されていて、たとえばドイツでも、国や州が充実した公文書館を持っています(その一覧はこちら)。また、グーグルなどで「Universitätsarchiv」と入力して検索すると、各大学の公文書館がずらりと出てきます。

今からもう10年近く前、2度目のスイス滞在の折に、大学の研究プロジェクトの必要から、ドイツはマールブルクにあるヘッセン州公文書館に行くことになりました。マールブルクで教えていたある新約聖書学者のことを調べるためでした。

当時住んでいたベルンからマールブルクまでは600キロほどだったでしょうか。レンタカーで朝9時過ぎにベルンを出て、一路北へ向かい、アウトバーンを飛ばしました。途中でもちろん休憩を何度か入れましたが、夕方4時頃にはマールブルクに着きました。恐るべしアウトバーン。

予約しておいた、マルクト広場(アドベントの時期だったので、クリスマス市が出ていました。蒸気で動くという移動観覧車も来ていました)に面した Hotel Zur Sonne という古い古いホテルにチェックイン。天井は低く、床は斜めになっていたように記憶しています。とにかく由緒あるホテルという感じでした。

次の日から僕は公文書館で一日中調べ物。その学者に関するありとあらゆる資料を検索しては見せてもらい、必死に書き写しました。コピー機は使えない(資料が痛む)というので、複写が必要な物は写真を取って送ってもらうことに。今ならデジカメ持参で複写したことでしょうが、当時はまだそんなものを持っていませんでしたから。(ホテルの予約だって、ファックスでしたくらいです。電子メールやホームページから予約が出来るようになるまでは、まだ数年早かったのです。)

それにしても、一教授に関する資料が実に丁寧に整理され、閲覧に供されていることには本当に驚きました。そこには、歴史に対する責任感のようなものが感じられたものです。温故知新とよく言いますが、そのための準備がこのように出来ていてこそ、その精神も活きるというものです。

ここでもわずか2日間の作業ではありましたが、実に多くの資料を集めることができました。帰路はケルンとハイデルベルクに寄って、知人を訪ねたりしながらベルンに戻りました。

日本では残念ながら、公文書館の大切さが十分に認識されているとはいえません。Wikipedia で検索すれば、日本にある公文書館が並んで出てきますが、そこで働く専門職(アーキビスト)の養成機関もなければ、その職を公式に認定する制度もありません。図書館や博物館における仕事とは別の技能や知識が要求されるにもかかわらず、同じような扱いを受けてしまっているのがどうやら現状のようで、その務めは、公文書館の働きの大事さを肌で感じている、そこで働く人々の個人的な才覚や努力に依存してしまっているわけです。

日本の社会、そして大学が大きな曲がり角にさしかかっている今日、公文書館の役目は非常に重くなっていると言えるでしょう。「いま」の姿を後世に伝えていく歴史的責任が十分に果たせるよう、温故知新の精神が文字通りに活きるよう、それぞれの大学が公文書館を充実させていってほしいと切に願うものです。