チューリヒ、そして広島

スイス・チューリヒに住んで(た時)の雑感と帰国後のスイス関連話題。2007年4月からは広島移住。タイトルも変えました。

お薦めの1冊:J. D. G. ダン『使徒パウロの神学』

2019年05月31日 15時19分21秒 | Weblog
『使徒パウロの神学』

(J. D. G. ダン著、淺野淳博訳、教文館、2019年3月、6300円+税)

 パウロの思想に関する書物は、聖書について語ることを生業とする人であれば、書斎にいくつも置いてあることでしょう。パウロ神学をどう把握しているかということは、キリスト教信仰をどう理解しているかということと深く結びついています。「たしかに共観福音書は、イエスの教え自体へ読者を近づけよう。ヨハネ福音書はとくにキリスト論とキリスト教霊性とに関して、のちの世代の理解に多大なる影響を与えた。使徒言行録なしに、初期教会がいかに拡大したかを知る手立てを、私たちはほとんど持たない。しかし神学をキリスト教信仰の表明と捉えるなら、キリスト教神学の基礎を成すものとしてパウロ書簡群に並ぶものはない」(本書53頁)のです。

 今回出版されたこの本、英国の新約聖書学界を代表するダン教授が、ローマ書簡を基本的な枠組として、他の書簡にも目配りしつつ、パウロ神学をまとめ上げています。「神と人類」、「イエス・キリストの福音」、「救い」、「教会」、「倫理」といった具合に、主題ごとにパウロ書簡を私たちがどう読み解いていけば良いかが示されています。

 パウロについては、とくにユダヤ教との関係をめぐって、近年さまざまな書物や論文が出されています。E. P. サンダースが提唱したcovenantal nomismという言葉を耳にしたことのある方も多いでしょう(「契約遵法主義」と訳されることの多いこの語を、訳者の淺野氏は、「契約維持のための律法体制」と訳し直しています。その理由については「訳者まえがき」を参照)。これは、パウロがユダヤ教の何に反対しているのかという問題と大きく関わっているわけですが、著者は従来の、パウロが律法そのものに反対しているという考え方に異を唱えています。詳しくは第14章「信仰による義認」を見てください。

 1000頁近い大著ですが(それにしては安価!)、パウロについて丁寧に学び直すために格好の1冊です。翻訳は親切丁寧で実に読みやすく、ガラテヤ書注解(NTJ)執筆の傍らこの訳業を完成されたことには驚くほかありません。古い知識でパウロを語ることのないためにも、ぜひ手に取ってほしい「パウロ神学」解説書です。


(「広島聖文舎だより」2019年5月号掲載の拙文です)