鐔鑑賞記 by Zenzai

鍔や小柄など刀装小道具の作風・デザインを鑑賞記録

黒木売翁図小柄 一宮長常

2009-10-26 | 小柄
黒木売翁図小柄 一宮長常 


      

 福井県敦賀市の敦賀市立博物館において《一宮長常展》が開催されている(2009年10月16日~11月29日)。
 長常(1721~1786)は敦賀の出身で、活躍したのは江戸時代中期の京都。円山応挙の門人石田幽丁に絵画を学び、写生を基礎とする動きのある人物図を得意とした。それまでの画題といえば教訓を秘めた歴史や伝説などに登場する人物図が多かったが、長常は市井に目を移し、祭りや伝統行事などのどこにでもありそうな場面を装剣小道具に採りいれるようになった。同様に少し先輩格に当る元禄頃の細野政守や土屋安親(1670~1744)も市井の人物を描いており、これらはいずれも英一蝶などのような市井風俗に目を向けた絵師の影響を受けていると考えられる。
 長常が得意とした彫刻手法は、鏨を切り込んで表わす線描と金銀の平象嵌を組み合わせた片切彫平象嵌(かたきりぼりひらぞうがん)や薄肉彫(うすにくぼり)。絵筆を鏨に代えて表わしたもので線描写が力強く、これを踊りの図などに採り入れることによって、動きと、平面描写ながら立体感を生じせしめるというものである。
 写真は黒木(くろき)を売る翁の姿を描いた小柄。黒木とは焚き付けにされる柴のことで、大原女(おはらめ)などが黒木を頭にのせて京都の街を売りあるいた背景がある。黒木売りは女のみの仕事ではなく、この図のように老人も背に売り歩いたものであろう。野良仕事の延長線上にある黒木売りではなく、桜の花を挿して洒落た風情を漂わせているところに京の香りが感じられる。このような場面が京の街に見られたものであろう、歴史と風俗史の意味でも興味深い図である。裏には三日月とその下に広がる雲。鑢を斜めに掛けて迫る夕暮れ時を表現したものであろうか、振り返って月を見る翁の表情が素晴らしい。地金は朧銀地に金銀赤銅の色絵、ごく薄く彫り出しているが立体感に富んでいる。

《一宮長常展》敦賀市立博物館