その日私はバンコクのスクウィンビット通りにある語学学校で、メチャクチャ短期のタイ語教室へ行くことになっていた。
タイへ旅行にやってきても、普通の観光では飽き足らず、少しくタイ語を現地で習ってみようと考えていたのだった。
もっとも、タイ語を習うことそのものはこの時が初めてではなく、一年半ほどの間、大阪にあったタイ語教室でタイ語を習っていたのだ。
ところが半年ほど前に先生の都合により突然学校は閉鎖。
長らくきっちりとしたタイ語の授業を受けていなかった。
大阪のタイ語教室が閉鎖された原因は、タイ人の先生が不法滞在で捕まったとか、闇で麻薬の売買をしていたのが見つかった、というような物騒な話ではない。
先生は日本での永住権を持っており、なおかつ大阪のタイ人コミュニティーではちょっとは知られた顔役的な存在で、在大阪タイ領事館からも信頼されている立派な人だったので犯罪に手を貸しているということもなかった。
それではどうして学校を閉鎖したかというと、それは生徒が集まらなくなって食っていけなくなってきていたからだ。
最近は英会話スクールでさえ生徒の奪いあい、生徒の興味の変化などのために、生徒数確保が難しいという。
ましてやタイ語である。
習う日本人は本当に少数派であろう。
バンコクで日本語を習うタイ人は1万人を超えているという調査が先日の新聞で報道されていたが、日本ではその十分の一もいないのではないかと予想される。
そんな小さな市場でタイ語を教えて生計を立てるのは並大抵ではないだろう。
そこで、私の先生はタイ語教室を閉鎖して、当時(3年ほど前)ブレイクの兆を見せていた「タイ古式マッサージ」店を大阪と東京にオープンさせるべく奔走しだしていたのだった。
先生は本家ワットポーのマッサージスクールでマッサージ師の資格を取り、名実ともにプロなのであった。
この学校を閉鎖します宣言をした時、先生はすでにタイマッサージ師として大阪の夕方のテレビ番組なんかにも出演した経歴を持っていて、私も先生が桂ざこばの足をマッサージしているところを見たことがあった。
1レッスン90分あたり2500円程度のタイ語授業料よりも、60分5000円の古式マッサージのほうが商売になることは間違いないことだった。
ということで、中途半端に覚えたタイ語と、これまた中途半端に記憶したタイ文字をもう一度整理すべく私は、
「今回はアカデミックな旅で行こ」
などと考えながら、日本出発前にスクウィンビットやシーロムあたりに数多くある日本人向け(多くは現地駐在の人向け)タイ語教室から、短期、それも旅行者を対象にしたレッスンを行っているところを探し出し申し込んでいたのだ。
レッスンは午後2時から始まることになっており、ホテルでノートブックや泰日辞書、日泰辞書などを準備して、俄作りの留学生としてホテルの最寄りの駅からBTSに乗り込んだ。
レッスンに赴く前に、なにか腹ごしらえをしようと考え、屋台で泰ラーメンであるクイッティオでも食べようかと想ったが、若干の買い物を想い出し、「ナショナルスタジアム」駅で下車して東急百貨店へ入った。
所用が済んで、ここの一階にあるマクドナルドで100バーツのバリューセットを買い求め、席につき鞄から本を取り出しページを開いた時、そいつは私に声を掛けてきたのだった。
つづく
とりがらエンタテーメント「東南アジア膝栗毛」
タイへ旅行にやってきても、普通の観光では飽き足らず、少しくタイ語を現地で習ってみようと考えていたのだった。
もっとも、タイ語を習うことそのものはこの時が初めてではなく、一年半ほどの間、大阪にあったタイ語教室でタイ語を習っていたのだ。
ところが半年ほど前に先生の都合により突然学校は閉鎖。
長らくきっちりとしたタイ語の授業を受けていなかった。
大阪のタイ語教室が閉鎖された原因は、タイ人の先生が不法滞在で捕まったとか、闇で麻薬の売買をしていたのが見つかった、というような物騒な話ではない。
先生は日本での永住権を持っており、なおかつ大阪のタイ人コミュニティーではちょっとは知られた顔役的な存在で、在大阪タイ領事館からも信頼されている立派な人だったので犯罪に手を貸しているということもなかった。
それではどうして学校を閉鎖したかというと、それは生徒が集まらなくなって食っていけなくなってきていたからだ。
最近は英会話スクールでさえ生徒の奪いあい、生徒の興味の変化などのために、生徒数確保が難しいという。
ましてやタイ語である。
習う日本人は本当に少数派であろう。
バンコクで日本語を習うタイ人は1万人を超えているという調査が先日の新聞で報道されていたが、日本ではその十分の一もいないのではないかと予想される。
そんな小さな市場でタイ語を教えて生計を立てるのは並大抵ではないだろう。
そこで、私の先生はタイ語教室を閉鎖して、当時(3年ほど前)ブレイクの兆を見せていた「タイ古式マッサージ」店を大阪と東京にオープンさせるべく奔走しだしていたのだった。
先生は本家ワットポーのマッサージスクールでマッサージ師の資格を取り、名実ともにプロなのであった。
この学校を閉鎖します宣言をした時、先生はすでにタイマッサージ師として大阪の夕方のテレビ番組なんかにも出演した経歴を持っていて、私も先生が桂ざこばの足をマッサージしているところを見たことがあった。
1レッスン90分あたり2500円程度のタイ語授業料よりも、60分5000円の古式マッサージのほうが商売になることは間違いないことだった。
ということで、中途半端に覚えたタイ語と、これまた中途半端に記憶したタイ文字をもう一度整理すべく私は、
「今回はアカデミックな旅で行こ」
などと考えながら、日本出発前にスクウィンビットやシーロムあたりに数多くある日本人向け(多くは現地駐在の人向け)タイ語教室から、短期、それも旅行者を対象にしたレッスンを行っているところを探し出し申し込んでいたのだ。
レッスンは午後2時から始まることになっており、ホテルでノートブックや泰日辞書、日泰辞書などを準備して、俄作りの留学生としてホテルの最寄りの駅からBTSに乗り込んだ。
レッスンに赴く前に、なにか腹ごしらえをしようと考え、屋台で泰ラーメンであるクイッティオでも食べようかと想ったが、若干の買い物を想い出し、「ナショナルスタジアム」駅で下車して東急百貨店へ入った。
所用が済んで、ここの一階にあるマクドナルドで100バーツのバリューセットを買い求め、席につき鞄から本を取り出しページを開いた時、そいつは私に声を掛けてきたのだった。
つづく
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