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人生の目的は音楽だ!toraのブログ

クラシック・コンサートを聴いた感想、映画を観た感想、お薦め本等について毎日、その翌日朝に書き綴っています。

指揮者ゲルハルト・ボッセと小林研一郎の話

2012年02月02日 06時55分55秒 | 日記

2日(木).昨日の朝日夕刊に指揮者ゲルハルト・ボッセの死亡記事が載っていました

「ゲルハルト・ボッセさん(ドイツの指揮者,ヴァイオリニスト) 1日,大腸がんで死去,90歳.葬儀は親族のみで行う.後日,お別れの会を開く予定.日本を拠点にし,霧島国際音楽祭を創設するなど幅広く活躍した.名門ゲヴァントハウス管弦楽団の第1コンサートマスターを長く務め,1961年,大阪国際フェスティバルで初来日.バッハやベートーヴェンを得意とした.神戸市室内合唱団音楽監督,新日本フィルハーモニー交響楽団ミュージック・アドヴァイザー」

ボッセで思い出すのは,皇太后の崩御の際のコンサートです ネットで調べたら(昭和天皇の)皇太后の崩御は2000年6月とあったので,その時です.確かサントリーホールで開かれた東京都交響楽団のコンサートでした.演奏会の直後だったと思いますが「皇太后の崩御に際し,バッハの”アリア”(G線上のアリア)を演奏します.拍手はご遠慮ください」とアナウンスが流れました.すると2階後部座席の方で男性が「マンセイ」と叫んでドアを開けて出て行きました.「マンセイ」つまり「万歳」.韓国の人だったのでしょう その声は舞台上の演奏者には届かず,厳かに演奏が始まりました.日本と韓国との不幸な歴史がこういうところにも現れるのか,と複雑な思いをしたのを覚えています.ボッセの指揮,東京交響楽団,新日本フィルの演奏で何度かベートーヴェンの交響曲やバッハの管弦楽組曲などを聴かせてもらいました.冥福をお祈りします.

 

  閑話休題  

 

昨日の朝日朝刊「朝日新聞DIGITAL」PR面に「熱情胸に記者が迫る~朝日デジタル新企画」の見出しがありました 記事によりと、

「記者たちにも、それぞれの人生があり、追いかけてきた何かがある。その記者たちが、熱情と執着をエンジンに、会いたい人にインタビューする新企画”アイタイキモチ”が1月30日、朝日新聞の電子版”朝日新聞デジタル”で始まった」

と書かれています。「2月6日は小林研一郎さん」と紹介されており、永田工という記者が、その”さわり”を書いています。見出しには「炎の指揮者 その極意は」とあります

「指揮者として40年目を迎えた小林さんを1月下旬、楽屋に訪ねた。聞きたかったのは、人の心を打つ音楽をつくり出す極意だ。15年前、大学のオーケストラのファゴット奏者として小林さんの指揮で演奏した。イメージする音楽をどう引き出すか、言葉や身振りを尽くす姿は強く印象に残った・・・・・・・取材では、リハーサルも見学した 小林さんは演奏家たちを「すべてにおいて僕を上回る才能を持った集団」とたたえ、練習中は丁寧な言葉遣いを崩さない・・・・・・70歳を超えても情熱は衰えていなかった

これを読んで、小林研一郎のオーケストラに対する異常なまでの”尊敬の念”や”丁寧さ”を思い起こしました。彼は、指揮台に登る前に、必ずオーケストラに対して一礼をします。演奏が終わると、またオーケストラに対して一礼し、出来るだけ多くの演奏者を立たせ、拍手を求めます。そうしたパフォーマンスは,演奏家たちを「すべてにおいて指揮者を上回る才能を持った集団」と捕らえていることに基づくものだったわけです 小林の熱演と謙虚な態度を見て,熱狂的なファンが”炎のコバケン”と称して褒め称えていることは理解できます 音楽を演奏するのは演奏者であって指揮者ではないのです.指揮者はただの一音も音楽を奏でることはありません.ただ棒を振っているだけです.そういう意味では,ある意味では指揮者はどうやっても演奏者にはかなわないわけです

そういうことを理解した上で,果たして指揮者はそれでいいのだろうか?と疑問に思います.どういうテンポで,どういうトーンで,どれ程のメリハリをつけて,オーケストラに演奏させるのか,それらの仕事は指揮者に任せられています 指揮者の解釈次第で同じ音楽でも感動を生んだり幻滅させたりすることになります.指揮者は作曲家の僕(しもべ)であるべきで,オーケストラの僕ではないと思うのです.皆さんはどうお考えになりますか?

 

                   

 

 

コメント (2)
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