TOBA-BLOG

TOBA2人のイラストと物語な毎日
現在は「続・夢幻章伝」掲載中。

「水辺ノ夢」138

2016年02月26日 | 物語「水辺ノ夢」

「出かけるぞ」
「今から?」

杏子は外を見る。

雪は解け、少しだけ、日差しも暖かい。
季節が変わろうとしている。

「今の時間、人に見られたら・・・」
「だったらなんだ」
「え?」

巧はひとりで支度を済ませる。

杏子も、外に行く支度をする。

「どこへ?」
「高子のところだろう」
「高子、て。病院へ?」

巧は答えず外へと出る。
杏子も続く。
深く、布をかぶる。

「ぬかるんでいるところもあるから、足元に気を付けろ」

杏子は、巧の後ろを歩く。

数人の西一族とすれ違う。

事情を知っているのか知らないのか。
杏子に気付き、驚いた様子を見せる。

「・・・圭のところにいたんじゃないの?」
「ほら、圭は、西を出て行ったのよ」
「いつよ?」
「年が明けてからかしら」
「棄てられた?」
「で、今度は巧のところに?」
「まあまあ。それは」

ひそひそ、くすくすと笑いながら、西一族は去っていく。

杏子は、布を、より一層深くかぶる。

巧は振り返らない。

病院について、巧は立ち止まる。

「ほら」

巧が云う。

「行って来いよ」
「ええ」
「高子の部屋はわかるだろ」

杏子は頷く。

「お前が来ると、云ってあるから」

杏子は、病院の中へ入ろうとして、巧を見る。

「あなたは?」

巧は答えない。

そうだ。
巧が一緒に来るわけがない。

杏子はひとりで高子の部屋へと向かう。

「杏子、久しぶりね」

部屋の中に入ると、高子が迎えてくれる。

「大きくなったわね、お腹」
「ええ」
「順調ね」

ベットに横になるよう、高子は指をさす。

診察が終わると、高子は診療簿を見ながら云う。

「予定通りいけば、初夏には生まれるわ」
「ありがとう」
「それまで、無理はしないで」

高子が云う。

「あなた、小柄だから」

杏子は頷く。

「必要なものがあれば、巧か沢子に云うのよ」

「私、本当に頼ってばかりね・・・」
「お互いさま!」

高子は微笑み、云う。

「本当にいろんなことがあったけど、今は自分の心配をして」
「ええ・・・」
「・・・何か心配事でも?」
「・・・・・・」
「圭のこと?」

杏子は答えない。

高子は、杏子を見る。

「手紙を、書いてみたら?」
「手紙・・・」
「そう、手紙」

杏子は小さく首を振る。

「ありがとう、高子」
「ええ」

杏子は、高子の部屋を出る。
病院の入り口へと向かう。

と、

「待ってくれてたの?」

巧の姿に、杏子は驚く。

巧は答えない。
歩き出す。

杏子は黙って、その後ろに続く。



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「水辺ノ夢」137

2016年02月23日 | 物語「水辺ノ夢」

「珍しいな、それ、
 蕪が赤いんだな」

畑を手入れする圭に
病院の医師が声をかける。

「西一族では、蕪と言えばこれだけど」
「ふうん、南一族じゃ、
 白いモンだけどな」

はぁ~、と
物珍しそうに眺められ
圭は歯がゆくなる。

「これ、少しだけど」
「え?貰って良いの?
 味が気になっててさ。
 ありがとな」
「畑借りてる、から」

土地の違いがあってか
人の出入りも多い病院の畑では
よく人から声をかけられる。

きっと、珍しいだけだと
自分に言い聞かせるが
声をかけて貰えるのが少し嬉しい。

「………」

嬉しくて、つい
余計なことを考えてしまう。

「きっと、無駄、なんだろうけど」

帰宅すると
丁度湶も出先から戻った所だった。
数日居なかったが、遠出していたのだろう。

圭はまだ、両親や兄の
南一族での生活をよく知らない。

「おかえり」
「……ただいま。
 それ、病院の庭で育てているやつ?」

湶が覗き込む。
カゴは圭が畑で採ってきた野菜であふれかえっている。

「色々あるんだな。
 全部西一族の野菜か」
「そう、
 珍しいって結構喜んでくれる」
「また、沢山採ってきたな。
 配るのか?」

湶が言うのも無理はない。
一家で食べるには
多すぎるくらいの量だ。

「………いや」
「?」

「まさか、
 杏子に送る分とか言わないよな」

「湶は俺の考えてること
 よく分かるよね」

「バカじゃないのか」

「分かってるよ。
 送らない、そんな資格ないし」

ただ、

思っただけだ。

今どんな生活をしているのだろうか、と。
寒さに震えていないだろうか。
食べ物に困っては居ないだろうかと。

東一族は野菜が主食。
杏子は肉料理をあまり口には出来ない。

そう考えると
思わずカゴに野菜を詰めずには居られなかった。

送り先のない野菜は
きっと近所に配って終わり。
それだけだ。

湶が
無言で圭に歩み寄る。

「……なに?」

湶は自分に怒っているのだろうか、と
圭は思わず身を引く。

湶はただ、表情を変えずに圭に伝える。

「杏子、
 新しい相手が見つかったみたいだ」

返す言葉が出てこなかった。

「……そう」

一度視線を下に落とし、
あぁ、
湶は西一族の村に行っていたのか、と
妙に納得する。

「そう、それは、……」

圭は野菜が入ったカゴを
入り口にまとめて置く。

自分でも無駄だと分かっていたくせに。

圭は立ち上がり
自室に戻ろうとする。

「相手」

湶が言う。

「気にならないのか?」
「ならない」

圭は言う。

ただ、
杏子が、そこで
幸せに暮らしているなら、

それで

「いいよ」


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「水辺ノ夢」136

2016年02月19日 | 物語「水辺ノ夢」

「久しぶり」

巧は、その声の方向を見る。

そこに、湶がいる。

「・・・・・・」

巧は、湶を一瞥し、歩き出す。
水を運んでいる途中だった。

湶も、巧に続く。
声をかける。

「聞いたよ」
「・・・何を」

「東一族のこと」

「・・・・・・」
「杏子、お前のところにいるんだろ?」

巧は立ち止まらない。

水を汲み、運び、甕に入れ、また、水を汲みに向かう。

湶は、ただ、その様子を見ている。

「杏子は、元気か?」
「・・・・・・」
「今は、」
「今は、中で横になっているんだろ」

巧は、水を甕に入れながら、訊く。

「いつ、西に戻ってきたんだ?」
「俺か?」
「お前以外に誰がいる」
「まあ、数日前、と云うか」
「ひとりで来たのか?」
「そう」
「どうせ、また、南に行くんだろ」
「そうだな」

湶が云う。

「杏子に会えるか?」
「横になっていると云った」

巧が云う。

「起こすなよ。面倒くさい」

湶は、巧を見る。

「聞かないのか」
「何を」
「・・・圭のこと」
「・・・・・・」

巧は再度、歩き出す。

「あいつ、杏子のことを案じていると思う」
「・・・・・・」
「それを、わかってやってくれないか」
「・・・・・・」

「いろいろと、すまない」

巧は立ち止まる。

云う。

「その言葉の意味がわからない」


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「水辺ノ夢」135

2016年02月16日 | 物語「水辺ノ夢」

「圭、おつかい頼まれてちょうだい」

母親に呼ばれて
圭は立ち上がる。

「これ、向かいのお家に持っていって」

母親に渡された容器には
食べ物が入っている。
豆が混ぜてあるご飯。
南一族の郷土料理だろう。

「お祝いの食べ物だから。
 おめでとうございますって
 挨拶もしてきてね」

持たされた容器を抱え家を出る。

「お祝いって何の?」

圭は首をひねる。

南一族は土地が広く少し歩く。

向かいと言っても数件ある。
名前を聞いてきたがうろ覚えだ、と
圭は少し考えたが
その家には沢山の人が出入りしているのですぐ分かった。

皆におめでとうと言われ
囲まれているのが家主だろう。

「あの、これ」

圭は人波をくぐり抜けて
その男に歩み寄る。

「ありがとう。
 子供の顔見ていってくれ」

嬉しそうに言う男の言葉で
子供が生まれたのだと
気がつく。

つまり圭が持たされたのは
出産祝いだ。

「どうだ?」
「いや」

圭は首を横に振る。

「風邪気味だから
 子供にうつしては」

「ああ、そっか
 それは残念。
 また来てくれよ」

圭は頷き
預かった容器を手渡し
足早にその場を後にする。

きちんと表情を崩さずに
出てこられただろうか。

ふと振り帰ると
その父親は次々と人に囲まれていて
幸せそうに返事を返している。

風邪なんてひいていないのに。

「あんな嘘、
 よく出てきたもんだ」

自分でも呆れると
ため息をつく。

無意識に逃げ出してしまった。
どうして、なんて
考えなくても分かる。


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「水辺ノ夢」134

2016年02月12日 | 物語「水辺ノ夢」

雪が止み、久しぶりの晴れ間。

けれども、西一族の村は雪で覆われている。

巧は、早くから出かけていて、いない。

杏子は、暖炉の前で針仕事をする。
巧が持ってくるたくさんの布。
これを仕立てるのが自分の仕事だと、杏子は黙々と針を握る。

自身の服。
巧の服。

そして、・・・。

しばらく手を動かした後、杏子は立ち上がる。
お湯を沸かそうかと。

けれども、

立ちくらみがして、杏子は坐りこむ。

軽い貧血かもしれない。

杏子は、近くの長椅子に横になる。

大丈夫。
少し休めば、大丈夫。

身ごもった身体にも、慣れてきたところだ。

杏子は、目を閉じる。


・・・こつ

こつこつ


「・・・・・・?」


・・・こつこつ


「・・・あ、」

杏子はふと、目を覚ます。

いつの間にか眠っていたようだ。

こつこつこつ。

この音、は?

杏子は体を起こす。

「巧?」

杏子は呼びかける。

「巧・・・」

巧が、現れる。

「起きたのか」

「ええ・・・。いつ帰ったの?」
「さっき」
「・・・あの、ごめんなさい。食事の支度がまだで」


そこで、杏子は部屋の中の匂いに気付く。

「疲れているなら、横になってろ」

杏子は台所の方を見る。
巧が、食事の支度をしていたのだ。

巧は、台所へと戻っていく。

杏子は再度、横になる。
天井を見る。

外にも行けず、たいして体を動かすわけでもないのに
疲れている。

杏子は息を吐く。

巧が皿を持ってくる。

「ほら」

杏子は、横に置かれた皿を見る。
いい匂い。

粥が入っている。

「肉の出汁は食えるんだろ?」

「・・・肉を、もらってきたの?」

「その話はいいだろ」

巧は、自身の皿も持ってくる。
食べる。

「貧血だろうから、動物性のものも少しは食え」

杏子は起き上がり、皿を手に取る。

「ありがとう」

「あまり、無理はするな」
「・・・・・・」
「疲れやすいのは、当たり前だ」

巧が云う。

「ふたり分の命を抱えてるんだから」



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