TOBA-BLOG

TOBA2人のイラストと物語な毎日
現在は「続・夢幻章伝」掲載中。

「水辺ノ夢」154

2016年10月28日 | 物語「水辺ノ夢」

「何か飲むか」

云いながら、巧が病室に入ってくる。

「巧・・・」

杏子が云う。

「今、・・・」

「圭になら、そこで会った」

「・・・・・・」

「いろいろ考えるな」

杏子はうつむく。

「考えるのは、退院してからでも遅くはない」
「巧、」
「なんだ」
「その、・・・」
「いろいろ考えるなと云っただろう」

杏子の顔が戸惑っているのを見て、巧はため息をつく。

「高子でもいい。沢子でもいい。気になるのなら相談しろ」

「・・・・・・」

杏子は、そっと顔を上げる。

「巧は、これから」
「俺のことはどうでもいい」

巧は立ったまま、杏子を見る。

云う。

「真都葉」

「・・・?」

「その子の名まえだ」

「真都葉・・・」

杏子は、その名まえを繰り返す。
そして、子どもを見る。

「慣れないか?」
「いいえ」
「東一族の名付けとは違う」

杏子は首を振る。

「素敵な名まえね」

「そうか」

巧は云う。

「よかったな」

その言葉に、杏子は巧を見る。
首を傾げる

「俺が付けたんじゃない」

「・・・・・・?」

「その子の名まえは俺が付けたんじゃない」

「どう云うこと?」

「その子の父親が考えた名まえだ」



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「水辺ノ夢」153

2016年10月25日 | 物語「水辺ノ夢」

「……巧が来るのか」

繰り返すように圭は言う。
あまり長くは話せないのかもしれない。

「俺が急に出て行って
 大変だった、よな」

圭は杏子に尋ねる。

「みんなが助けてくれたから、
 高子や沢子に……巧が」

「そっか」

「今、困っている事はない?」

「足りない物は
 巧が揃えてくれたわ」

それなら、よかった、と
そう言いかけて圭は言葉を飲み込む。
自分が言えた台詞ではない。

「その子、女の子?」

「えぇ」

杏子が子供の顔を見せる。

圭は手を伸ばしかける
が、
子どもが急にぐずり始めたので
そのまま腕を下ろす。

「お腹が空いたのかしら」

「じゃあ、席を外すよ」
「……圭」
「今日は、突然尋ねてきて
 驚かせちゃったな」
「帰るの?」

「もう一度、来るよ」

「もし、もう、俺に会いたくないなら
 その時に言ってくれ」

圭は病室のドアノブを握りながら
一度振り返り、言う。

「何も言わずに
 出て行って、ごめん」

そっと、扉を閉めて
圭は正面を見る。

廊下の端、
階段を登り上がった壁に
背を預けて
巧が立っている。

圭はそこまで歩く。
病室からは離れた所。

圭と杏子の話が終わるのを
待っていたに違いない。
病室では騒ぐなよ、と言った
医師見習いの言葉を思い出す。

「会ってきたのか?」

巧が尋ねて圭は頷く。

「お前が捨てて行ったものだ」
「……ああ」

途端に景色が回る。

気が付けば廊下に手をついて倒れている。
巧に殴られたのだと気が付く。

「杏子が大変な時に
 ずっと着いていてくれてたんだな」

「一緒に暮らすようにと
 命ぜられただけだ」

それでも、
きっと今圭を殴ったのは
杏子のためだ。

「命ぜられたのが、巧で良かったよ」

圭は立ち上がる。

「ありがとう」

少なくとも今は
病院にとどまるべきではない。

圭はその場を立ち去ろうとする。

「おい」

「……?」

「あの子の名前、
 まだ、決まっていない」

「……」

「お前がつけろ」

「でも」

「父親はお前だ。
 名前ぐらい残してやれ」

「………」

圭は言う。


「……真都葉(マツバ)」



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「水辺ノ夢」152

2016年10月21日 | 物語「水辺ノ夢」

「圭・・・?」

杏子は、開けられた扉を見る。

そこに、

圭がいる。

「圭、帰って、・・・」

思いがけない来訪者に、
杏子は、それ以上言葉が来ない。

・・・西に帰ってきたのね。

それさえも。

腕に抱く子どもは、すやすやと眠っている。

「杏子、・・・その」

圭は、その子どもを見る。

「生まれ、たんだ」

圭の言葉に、杏子は子どもを見る。

「ええ」

「・・・・・・」
「・・・・・・」

それ以上、ふたりとも何も云わない。

圭は、部屋の入り口に立ったまま、動かない。
しばらく、そのまま。

遠くから、鳥のさえずりが聞こえる。

「こんにちは、杏子!」

扉を叩く音とともに、沢子が入ってくる。

「子どもは起きているかしら、・・・って」

沢子は目を丸くする。

「え? ・・・え??」
「沢子・・・」
「圭、・・・なの?」
「あ。うん」
「なぜ今帰って、・・・??」

そこまで云いかけて、沢子は首を振る。

杏子に近付く。
子どもを見る。

「眠っているのね」
「ええ」
「杏子の食欲はどう?」
「大丈夫。心配ないわ」
「それはよかった」

沢子は微笑み、子どもをなでる。

「高子が、杏子にパンを持ってきてもいいと云うから」
「そうなの?」
「今度、焼いてくるわね」
「悪いわ」
「いいのいいの」
沢子が云う。
「それと、透が子どもを見たいと云うから、近々連れてくるわ」

圭は立ったまま。
杏子と沢子の会話を聞く。

沢子はちらりと圭を見る。

「圭は今来たの?」
「うん」
「あら。じゃあ、私は帰るわ」
「沢子・・・」
「話をするでしょ」
「・・・・・・」
「じゃあね」

そう云いながら、沢子は再度、子どもをなでる。

扉に向かう。

「あ、そうだ」

沢子は振り返る。

「あとで、来るみたいだけど・・・」

沢子が云う。

「時間をずらすよう、伝えようか?」

沢子は誰、とは云わない。
けれども、杏子は誰のことか察する。

「お願い」
「私が云って、聞くかどうかわからないけれどね」

沢子は苦笑いをする。

「じゃあね」
沢子は扉を開く。
「圭も、また」
「あ。うん」

扉が閉められる。

また、部屋にふたりきりになる。

「圭、」

「・・・・えっと」

「ご家族の・・・皆様はお元気?」
「・・・うん」
「それはよかった」
「圭の、・・・体調はどう?」
「調子はいいよ」
「そう」

杏子は少し、微笑む。

「杏子」

杏子は圭を見る。

「沢子が云ってた、来るって云うのは、・・・」

圭は、少し間をあけて、云う。

「巧のこと?」

杏子は頷く。

「そう」



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「水辺ノ夢」151

2016年10月18日 | 物語「水辺ノ夢」

「へぇ」

病院の受付には医師見習いの男がいる。
圭の姿を見つけると
どこか楽しそうに言う。

「帰って来てたんだ、いつ?」
「さっき着いたばかりです」
「ふぅん」

「南一族の村の生活はどうだった」

「農業の一族だから
 また雰囲気が違って」

「居心地は良かっただろう?
 せっかく西一族の村を離れられたのに
 わざわざ戻ってくるとはね」

この村の誰もが
圭の村での立場を知っている。

「お前ってさ、」

医師見習いの男は続ける。

「タイミングが悪いというか、
 なんというか。
 そういう所、感心する」

「どういう?」

だが、忙しいのか、
面会簿に圭の名前を書き込むと
下を向いて書類仕事を始める。

「あの」

「2階の角部屋」

圭が何かを言う前に
病室を告げると
さぁ行けと言わんばかりに手を振る。

あ、と
思いついたように医師見習いの男は
圭の背中に声を掛ける。

「病室では騒がないでくれよ」

階段を上り二階の角部屋に辿り着く。
以前、祖母が居た部屋だ。
懐かしい。

高子は診察中だろうか、
と、そう思いながらドアを軽く叩く。

そこで、
何か変だと思う。

圭は杏子の居場所を知るだろう
高子を尋ねてきたつもりだった。

だが、医師見習いは
何か尋ねる前に
病室を告げた。

医師が診察している部屋に
わざわざ他人を通すだろうか。

そうじゃない、

医師見習いには
圭がこの部屋に行く事が
当たり前の理由がある。

「どうぞ」

「………っ!!」

まさかの事態に
圭は動揺する。

それでも、引き返すわけにはいかない。

久しぶりに聞く懐かしい声に
圭は少し躊躇いながらドアノブを回す。


「杏子」


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「水辺ノ夢」150

2016年10月14日 | 物語「水辺ノ夢」

杏子は、窓から空を見る。

晴れ。

ずいぶんと日差しが強い気がするが、病室は快適。

杏子の横で、子どもはすやすやと眠っている。
杏子は子どもを見る。
ゆっくりと頭をなでる。

その髪色は

西一族ではありえない、黒髪。

杏子と同じ、東一族の黒髪。

けれども、

そのことを、高子も沢子も何も云わない。
いつだったか入ってきた医者の見習いは、目を細めた。

そして、巧は、

「お前に似たんだな」

そう云った。

髪色のことなのか、顔つきのことなのか。
どちらのことを云ったのかは、判らない。

巧は杏子に云う。

「狩りを教えてもらえ」
「狩りを?」
「動物を友とする東には理解出来んだろうが、狩りをさせるんだ」
「でも、この子は、」
「西に男女は関係ない」
「・・・ええ」
「狩りをさせて、地位をとれ」

杏子は巧を見る。

巧は、狩りの事故で片腕がない。
つまり
巧が狩りを教えることは出来ないのだ。

「狩りの指導をしてくれるやつならいる」
「心配だわ」
「何が」
「何って、」

杏子は、巧との会話を思い出す。

もう一度、外を見る。
誰もいない。

今日は確か、巧が必要なものを持ってくる、と云っていた。

沢子も来るだろう。
子どもが生まれてから、沢子は毎日顔を出してくれている。

そろそろ、ふたりとも来るかもしれない。



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