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TOBA2人のイラストと物語な毎日
現在は「続・夢幻章伝」掲載中。

「約束の夜」194

2020年01月31日 | 物語「約束の夜」

「どうした、1人なのか?」

路地裏に横たわる少年に
男は声を掛ける。

「………」

瞼を上げて少年は首を縦に振る。
頷いたと言うこと。

「母親は?」

今度は横に首を振る。

「起き上がれるか?」

男は手を差し伸べる。
少年の掌には、生まれつきのアザ。
それを一瞥して、ほら、と腕を引く。

具合が悪くてというよりは
ただ、横になっていただけ。

少年の身なりは汚れており、
見窄らしく痩せ細っている。

おそらく、帰る家など無く、
この路地裏で暮らしている。

「……まずは飯か」

ついて来いという彼に
少年は首を傾げる。

「そうだな?俺は人攫いかもしれないな?
 どうする?」
「…………ついて。いく」
「殺されるかもしれないぞ」

それでも、と少年は頷く。

そうなっても構わないと考えているのか、
まさかそんなはずは無いと信じているのか、

それとも別の手立てがあるのか。

まあ良い、と彼は先を歩く。
後に続けという事。

「お前、名前は?」
「…………ナシ」
「ナシ?」

珍しい響きだな、と彼は首を捻るが
一族が違えば名付けからして違う。
他一族である自分には
耳慣れないだけだろう、と納得する。

「苦手な物は?」

彼の問いかけに
少年は首を振る。

「なら、これにしよう」

裏通りの屋台で彼は軽食を
二人分注文する。

少し歩いた所で腰掛け
もそもそと二人はそれを頬張る。

「変わった味だろう」

その問いかけに、少年は頷く。

「これは西一族の伝統料理でな、
 あちこちの店で食べたが、
 ここのが一番本場に近い」

言って聞かせるが
少年はその話にあまり興味が無いようなので
彼はまあ良いか、と
少年が食べる様子を見守る。

「………ごちそうさま」

そう言うと、少年は立ち上がり
彼にぺこりと頭を下げて走り去る。

「もう行くのか?」

「あり、がと」

あっという間に姿が見えなくなった少年に
ふうん、と彼は呟く。


「は、は」

一方、少年は路地裏をぬける。
足が飛び抜けて速い訳では無いが
それでもかなりの距離を駆ける。

「………やった」

手には独特の文様が入った貴重品入れ。
先程の彼は
話しの内容からして西一族だろう。

もしかしたら、
この入れ物も良い値段になるかもしれない。

走り去る少年に
手を振っていたぐらいだ、
これが無くなっている事に気がつくのは
もう少し先だろう。

「今日は、ごはんも食べれた」

収穫もあったし、良い事づくめだ。

「ただいま」

と、家とは言えない、
ただ雨と風を凌ぐだけの場所に戻る。
もちろん先程倒れていた所ではなく
いくつもある寝床の1つ。

「ふう」

ここまで辿り着くと、
もう、大丈夫。

大丈夫の、はず。

「なあ」

「――――!!?」

すぐ後ろで声がする。

「俺の用事が終わっていないんだが」



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「約束の夜」193

2020年01月28日 | 物語「約束の夜」
「今回の事は、本当に、えぇ。
 残念だったわ」
「仕方ない、俺たちは狩りの一族だ」

そういう事もあるんだ、と言う。

高子と並び、耀は西一族の墓地を、歩く。

歳の近い仲間が、
狩りで命を落とした。

外に出ていたので、
耀は葬儀には出ていない。
同じ様に用事で出れなかった高子と
共に祈りを済ませる。

村の端にあるこの墓地には
こういう事でも無いと
足を踏み入れない。

「それじゃあ、私はここで」
「ああ、また」

母親の墓参りがある高子とは
墓地で分かれる。

が、

「……………」
「どうした?」

立ち止まった高子に声をかける。

それが、と言いながら
高子は視線を戻す。

「あの人、誰かしら」

少し不安そうに
こっそりと高子が問いかける。

西一族の墓地、
そこに見慣れぬ人が居る。

一族の格好をしてはいるが、
病院に勤め、
村の人をほとんど把握している高子でも
分からない、誰か。

「…………」

見慣れない、でも。

耀は言う。

「高子、墓参りは日を改めて」
「そうね」

戻ろうとする高子とは別に
耀はその場に踏み止まったまま。

「耀?」
「先に帰っていてくれないか」
「人を呼んで来た方が良いかしら?」
「いや」
「でも、それじゃあ」

「悪いが高子」

席を外してくれ、と
耀は言い直す。


「あれは、俺の父親、だ」


高子が目を丸くした後
わかった、と頷く。

彼女を見送った後、
耀は彼に振り返る。

「なんだ、帰してしまったのか?
 お前の恋人?」

「冗談を言いにきたのか?」

いや、と彼は言う。

「お前は母親似だな」

すぐに分かったよ、と。

「お前に似なくて良かった」

へぇ、と彼は言う。

「俺の事、覚えていたのか」

耀はその質問には答えない。

「今さら何をしに来た?」

「帰って来いとは言わないのか」
「今さら帰って来てどうする?
 京子は、お前の顔すら知らない」

混乱させるだけだ、と。

「俺にしては
 よくしている方だぜ」

お前達家族には、と。

「………だが、確かに
 俺は家に帰ってきた訳じゃないし、
 お前の母親や京子に会うつもりもない」
「だったら、さっさと立ち去ってくれ」

「とは言え、俺にも用事がある」

す、と腕を差し出す。

その手のひらには
耀と同じアザ。

「お前を迎えに来たんだ」

彼は言う。

「俺と共に
 来るつもりは無いか?」

村を出る
随分前の出来事。

これはチドリが見せた術なのか、
それとも自身で思い出している事なのか
耀は考える。

どちらにしろ
この光景を京子は知らないままなのだろうと
目を閉じる。


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「約束の夜」192

2020年01月24日 | 物語「約束の夜」
文子は予定よりも少し早く、女の子を産む。
そのためか、
珍しく彼が側に居た。

「ふぅん」

文子に抱えられたその子を
まじまじと彼は見つめる。

「生んだわよ、どうじゃい!!」
「………産後ハイというやつか」

君、大丈夫なの、と聞かれて
大丈夫じゃーい、と答える文子に
あんまり大丈夫じゃないかもなぁ、と
彼は若干引き気味になる。

「うへへ」
「………ちょっと待って、
 医師を呼んでくる」
「そう言うのじゃ無いのよ」

文子、声が大きい。

「なんだかね、
 珍しい所見れたな、と思って」

彼の素、なのだろうか。

まだ生まれたばかりで
首も据わらない、
ふにゃふにゃのその子を彼は
珍しそうに見つめる。

「生まれたてってこうなんだな」

初めて見た、と言う。

「そうね、耀の時は
 もう首も据わってからしか会ってないものね」
「そうだな
 いつも俺は居ないからな」

そっと、彼はその子の手のひらを見る。

「………うん」

彼が見つめる視線の先を
同じ様に文子も追って気がつく。

「あ、手のひらのアザ。
 この子にもあるのね」

耀と一緒だわ、と言う文子に、
彼は自分の手のひらを見せる。

「ほら」

「あ、れ、あなたにもあったのね」

そうだったけ、
気がつかなかったな、という文子に、
彼は言う。

「俺の血を継いでいる、という事だな」

2番目に生まれた子は女の子で
京子と名付けられる。


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「約束の夜」191

2020年01月21日 | 物語「約束の夜」
どうして、彼と別れなかったのかというと
文子にもよく分からない。

「どうかした?」

耀と手遊びをしていた彼が顔を上げる。

久しぶりに帰って来たなぁ、と
文子はお腹を抱えながら歩く。

「もうしばらくは
 居るのかしら?」
「どうかな」

彼の動きはよくわからない。

北一族や他の村にあちこち行き来している。
それで、何をどうして暮らしていけてるのか、
どんな事をしているのか、
文子は知らない。

知らないままと言うのも
どうなのだろう、とは思うが
聞いたって教えてはくれないのだ。

「北一族の村ってどう?」
「まぁ、賑やかだよ」
「…………私も行きたいなぁ、なんて」
「興味があるなら連れて行くけど」

彼は問いかける。

「本当に行きたい、か?」

「う」

文子は押し黙る。

「側に居て欲しいの、よ」

耀も幼く目を離してられないのに、
もうすぐ赤子が生まれる。

「私ひとりで、
 どうしよう、って」

「耀の時は、
 知り合いが手伝いに来てくれたのだろう。
 今度もお願いしてみたら」

俺からも言っておくよ、と言う。

「いや、そうじゃなくて」
「悪いけれど、
 俺は側に居ないよ。分かっているだろう」

務めが。と言うのだろうか。
文子が言っている事はわがままなのだろうか。
皆が憧れる人と結婚した代償なのだろうか。

「感謝しているんだ本当に。
 俺の子どもを産んでくれて」

なぁ、と耀に向かって彼は言う。

「この子の事も、
 楽しみにしてるよ」

と、文子のお腹に触れる。

「生まれるときには居ないけれど、
 また、ちゃんと会いに来るよ」
「…………本当、よね」
「約束するよ。
 必ず、迎えに来る」

文子の耳元で
本当だ、と彼は言う。
文子はおずおずと顔を上げる。

「ぐっ………顔がいい」

惚れた弱みというか。
確かに文子の好む顔つき。

「何かこれで、
 多少の事を許してしまっている自分がいる」
「うん?」
「なんでもないわよ」

「さて、2人、か
 どうしようかな」

うんうん、と彼は頷く。

「………何か言った?」

問いかける文子に、
彼はいいや、と首を振る。


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「約束の夜」190

2020年01月17日 | 物語「約束の夜」

「おかえりなさい」

文子は立ち上がって出迎える。

結婚と言っても、
なにか夫婦らしい会話があるわけでもなくて
文子は何だかいつも緊張している。

彼の帰りはいつも遅くて
そして、月の半分は帰って来ない。

「ご飯はどうする?」
「食べてきたからいい」
「………えっと、それなら」
「もう、眠いんだけど」

「あ」

そうなの、と文子は下を向く。

うーん、とその様子を見ていた彼は
文子の腕を引く。

「なに?ベッドでも行く?」
「そういうんじゃ」

寝室のドアを開いた所で
離してと文子は腕を払う。

「夫婦だろ、俺達」

そうだけれど、違う、と文子は言う。

「どうして、私を選んだの?」
「選んだ?」

うん?と首を傾げる彼に
ああ、そうだった、と文子は肩を落とす。

「そりゃあ、お見合いだけど」

こんなのを夫婦と言っていいのだろうか。

「確かに勧められた結婚でしょうけど
 それなら私じゃ無くても良かったわよね」

「誰でも良かったから君なんだろう」

「………」

ああ、本当に
選ばれた訳では無くて
どうぞと言われたから、はい、と受け取っただけ。

「なんで、私」

こんな結婚をしてしまったのだろう。
憧れの人だったけれど
憧れのままでいたら良かった。

いろんな噂があるのも知っていた。

真面目な人じゃないのも分かっていた。

「どうして泣いてるわけ?」
「………泣きたくもなるわよ」

もっと自分の事を見てくれる人を選んで
普通の結婚をしていたら良かった。

「もう、放っておいて」

ふー、と彼のため息が聞こえて
寝室のドアが閉まる。

「…………っ、」

文子は一人涙を噛み締める。
悲しいと言うよりは
情けなくて、喉の奥が痛い。

思いっきり泣きたいけれど
悔しさの方が上回って
声も出ない。

「ああ」

ひとしきり、唸るように泣いた後、
なんだか喉もかれてしまって、
ぼうっと文子は外を眺める。

もう、日も落ちているのに
明かりを付けていないから
我が家の中の方が真っ暗だ。

「はー、鼻水」

と、枯れた声で
ちり紙を探す。

「はい」
「ああ、ありがと」

ふと、手を伸ばして文子は固まる。

「い、い、居っつ!!!?」
「居たよ」

彼は呆れて二度目のため息をつく。

「っていうか
 普通気付かない、気配とかさ」

狩りとか大丈夫なのそれで、と聞かれて
もう悲しいを通り越して
腹立たしくなってきて
文子は彼を睨み付ける。

「まあ、泣かせたのは俺なんだろうけど」

いや、確実にお前だろう、と
はあ?という顔を浮かべていると
皮肉気に彼は言う。

「家が、欲しくて」
「家ぇ?」

声が出た文子に
彼は少し笑う。

「俺はこういう風にあちこちうろついているから」

「家でもないと、
 村に帰ってこないんじゃないか、って」

「…………」

居場所が欲しかったと言うことだろうか、
文子は首を捻る。

「それなら、好きな人と結婚したら良かったじゃない。
 誰でも良いような私じゃ無くて」

「そう言うだろうけど」

だよな、と彼は言う。


「そうも、いかなくてさ」


「ふぅん?」

「それで、別れる?
 俺はどちらでも良いよ」
「言い方!!」

なんか、文子の方もだんだんと
どうでも良くなってきた。

「………ああ、そう。
 何で選んだのか、と言われたら」

彼は言う。

「全然違うタイプだったから、かな」


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