TOBA-BLOG

TOBA2人のイラストと物語な毎日
現在は「続・夢幻章伝」掲載中。

「水辺ノ夢」72

2014年05月30日 | 物語「水辺ノ夢」

杏子は、圭に荷物を渡す。

「圭・・・」

杏子は圭を見る。
「おばあさまが心配だろうけれど、無理はしないで」
圭は頷く。
「じゃあ、行ってくるよ」
「うん」

圭は家の扉を開け、外へ出る。
振り返り、杏子を見る。

杏子は、ただ、頷く。

圭は、扉を閉める。

「・・・行ってらっしゃい」

今は、これ以上、杏子が出来ることは、ない。
圭の祖母が無事であることを祈るだけだ。

杏子は、窓を閉める。

ふと
成院の顔が浮かぶ

杏子は首を振る。

・・・もう、終わったことだ。

杏子は、椅子に腰掛け、裁縫道具を取り出す。
机掛けを見る。
端が、ほつれている。

そうだ。

ほつれている、家の布類を、すべて繕おうか、と、思う。
いつだったか
圭が狩りに行ったときに、やぶれた服も、まだそのままだ。
道具を、机の上に並べる。



突然、杏子は吐く。

思わぬことに、杏子自身、驚く。

「・・・あれ?」

杏子は、手で口元を覆う。

身体がおかしな感じ。
杏子は顔をしかめ、お腹を触る。

「・・・まさか」



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「水辺ノ夢」71

2014年05月27日 | 物語「水辺ノ夢」

足音が聞こえて、杏子は玄関に向かう。
今度はきっと圭だろう。

「ただいま」

帰宅した圭を、杏子が出迎える。

「圭!!……おばあさまは!?」
「うん、今日は持ちなおしたみたい。
 でも心配だから、落ち着くまで病院に泊まり込もうかと思う」
杏子はその言葉に胸をなで下ろす。

「そうしてあげて。
 今、着替えをまとめるから」

荷作りをする杏子の横で
他に必要な物を見繕いながら圭は考える。

「……」

杏子を連れまわすのは危険だ。
病院には連れてはいけない、分かっている。

それでも傍で支えて欲しい、と
わがままを考えてしまう。

「……ダメだな」

弱気になってしまっている。
しっかりしなくては、と圭は杏子に向き直る。

「杏子、俺が居ない間の薪だけど、家の裏に納屋があるだろ」
「……」
「杏子?」
「…………」

「杏子!!」

「え?ごめんなさい。なに?」
杏子は驚いて振り返る。
圭の声が聞こえていなかったようだ。
「薪だけど、裏の納屋にあるから。俺が居ない間はそこから取って」
「分かった。ありがとう」
自分も気が焦っていたが、杏子も様子がおかしい。
祖母の事、で一緒に気が焦っているのだろうか。
圭は首をひねる。

「杏子。……何かあった?」

「……え?」
「何もないなら良いけど」

あの、と杏子が口ごもる。
「私も……少し気が動転しているみたい」

そっか、と圭は言う。

「心配かけるけど、家にも何度か戻るつもりだから。
 何かあったら言って」

何か。

杏子は先ほどの事を考える。

成院の事。
そして、今
祖母のことで大変な圭の事。

杏子は言う。

「大丈夫。私の事は心配しないで」



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「水辺ノ夢」70

2014年05月23日 | 物語「水辺ノ夢」

「東一族の村、に?」

杏子はその手と成院を交互に見る。

帰れる?

まさか、帰れる日、が?

杏子は息をのむ。

そうだ。
今なら、圭はいない。
成院なら、きっと、無事にここから連れ出してくれる。

そして
村に帰れば、父と母と、……なつかしい人に会える。

「杏子」

成院の声が、杏子に響く。

「でも……」

でも、もし、杏子が西一族の村から逃げ出したことが、ばれたら?
圭は

圭は、どうなるのだろう。

「杏子、帰ろう」
再度、成院が云う。
「成院」

杏子は、自分の手の平を、強く握る。

「……私、出来ない」
「杏子?」
成院の表情が、こわばる。
「大丈夫だ、俺が必ず連れて帰る」
「そうじゃないの」
杏子は、首を振る。
「ひとりにして、……行けない、から」
「ひとり?」

そうだ。

このまま、黙って出て行けない。

こんな状況で

圭が、

圭が、……心配だ。

「まさか、西一族、か?」
成院の言葉に、杏子は小さく頷く。
「いつかは帰りたいと思っている。……でも、今は」

杏子は、窓から辺りを見る。
「早くここから離れて。私は、……大丈夫だから」

杏子は、そっと、笑う。

成院は、ただ、

ただ、驚いている。

「ありがとう」
杏子が云う。
「成院。どうか気を付けて。……さようなら」



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「水辺ノ夢」69

2014年05月20日 | 物語「水辺ノ夢」

「ばあちゃん」

圭は小さく呼びかける。
病室には祖母の寝息が響く。

「圭」
呼ぶ声に振り向くと高子が居る。
「少しいいかしら」
医師である彼女からの話。
悪い話でなければ良い、と、ため息をつきながら圭は立ち上がる。

「ちょっと、行ってくるよ」

その声に、祖母はまぶたを震わせる。
「……圭、来てたのかい」
思わず大きくなりそうな声を抑えながら
圭は静かに話しかける。
「うん。……具合はどう?」
「心配かけたね。先生が大げさなんだよ」
祖母は笑うが、やはりつらそうだ。
圭は布団をかけ直す。

「まだ、寝ていなよ。すぐに戻るから」

病室から出ると補佐役の男もそこに居た。

今朝も圭を呼びに来たのは彼だ。
圭と圭の祖母の後見人を務めている。

彼も居るという事で事態の重さを実感する。

「おばあ様の事だけど」
圭は頷く。
「今日は、何とか回復して安定したわ」
でも、と高子は続ける。
「次に容態が急変することがあれば、覚悟して」
「………っ」
祖母が手術を拒否してから、
いつか、こうなる事は理解していたつもりだった。
なのに言葉にされると改めて思い知らされる。
「俺は、ばあちゃんに少しでも長く生きてほしい」
「そうね」
「……でも、俺がそう願う事で
 ばあちゃんに苦しい思いを続けさせているんだろうか」

「圭、落ち着いて。顔色が悪いわ。」

圭は高子に支えられて、廊下のソファに腰かける。

「ごめん、高子」

圭は深くため息をつく。
「俺がしっかりしないといけないのに」

「圭、お前は一度家に戻れ」
補佐役の男が言う。
「叔父さん」
「叔父さんとは呼ぶな、と
 まあ、いい。ばあさんは俺が見ておくから、身支度を整えてこい」

圭は頷く。

そうだ、安定したとは言えしばらくは様子を見ていたい。
数日は病院に泊まり込むことになるだろう。
着替えを取りに帰らないといけないし、
杏子にもそのことを説明しなくては。

「すみません。お世話になります」

圭は足早に家に戻る。

病院の廊下には高子と補佐役が残される。
「……圭、一人には重い事ですね」
高子が言う。

「大丈夫だろう」
補佐役が言う。

「村長には伝えてある。直に戻ってくるはずだ」

「え?」

何のことだろうか、と
高子が尋ねる前に補佐役は病室に入っていく。

「戻ってくるって……誰が?」



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「水辺ノ夢」68

2014年05月16日 | 物語「水辺ノ夢」

圭が病院に出かけ、杏子はひとり、家に残される。

杏子は、ひとりで部屋の中をうろうろする。

圭の祖母も
圭も

心配だった。

けれども、杏子には、どうすることも出来ない。

ただ
じっとしていられなくて、杏子は、部屋の中をうろうろする。

ふと、何かの音がして、杏子は窓に近付く。

西一族の村はずれのこの家に、めったに人は近寄らない。
と、すると
圭が、帰ってきたのかもしれない。

そう、杏子は窓を開け、外を覗く。



そこにいたのは、圭ではなかった。
杏子は、思わず、目を見開く。
窓を開けたまま、動けない。

そこにいる者、と、目が合う。

「杏子……?」
そこにいる者が、杏子の名を呼ぶ。
「……どうして、ここに?」

そこにいたのは、杏子と同じ、黒い髪に黒い瞳の。

「成院(せいいん)? え? どうして?」

杏子は、少し混乱する。
西一族の村に、なぜ、東一族の成院がいるのか。
「……成院、なぜ」
「杏子こそ、……」
成院が、辺りを見て、杏子のいる家に近付いてくる。
「驚いたよ。杏子、なんでここに?」
「私は……」
「……生きていたんだな。よかった」
成院が、杏子を見る。
安堵の息を吐く。
その様子を見て、思わず、杏子も顔がゆるむ。

昔からの、見知った顔。

まさか、今、こんなところで会えるとは。

「成院」
杏子は窓越しに、話しかける。
「なぜ、西一族の村に?」
その言葉に、成院は身を屈め、辺りを見る。

警戒しているのだろう。

成院が、小声で云う。

「この家に、西一族は?」
「いないわ。……今は」

杏子も答えると、辺りを見る。
誰もいない。

「俺は、薬を」
「え?」
「……いや、西一族の調査に来たんだ」
「調査?」

そこまで云うと、成院は、手を差し出してくる。

「杏子」

成院が云う。

「帰ろう、東一族の村に」


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