「ばあちゃん」
圭は小さく呼びかける。
病室には祖母の寝息が響く。
「圭」
呼ぶ声に振り向くと高子が居る。
「少しいいかしら」
医師である彼女からの話。
悪い話でなければ良い、と、ため息をつきながら圭は立ち上がる。
「ちょっと、行ってくるよ」
その声に、祖母はまぶたを震わせる。
「……圭、来てたのかい」
思わず大きくなりそうな声を抑えながら
圭は静かに話しかける。
「うん。……具合はどう?」
「心配かけたね。先生が大げさなんだよ」
祖母は笑うが、やはりつらそうだ。
圭は布団をかけ直す。
「まだ、寝ていなよ。すぐに戻るから」
病室から出ると補佐役の男もそこに居た。
今朝も圭を呼びに来たのは彼だ。
圭と圭の祖母の後見人を務めている。
彼も居るという事で事態の重さを実感する。
「おばあ様の事だけど」
圭は頷く。
「今日は、何とか回復して安定したわ」
でも、と高子は続ける。
「次に容態が急変することがあれば、覚悟して」
「………っ」
祖母が手術を拒否してから、
いつか、こうなる事は理解していたつもりだった。
なのに言葉にされると改めて思い知らされる。
「俺は、ばあちゃんに少しでも長く生きてほしい」
「そうね」
「……でも、俺がそう願う事で
ばあちゃんに苦しい思いを続けさせているんだろうか」
「圭、落ち着いて。顔色が悪いわ。」
圭は高子に支えられて、廊下のソファに腰かける。
「ごめん、高子」
圭は深くため息をつく。
「俺がしっかりしないといけないのに」
「圭、お前は一度家に戻れ」
補佐役の男が言う。
「叔父さん」
「叔父さんとは呼ぶな、と
まあ、いい。ばあさんは俺が見ておくから、身支度を整えてこい」
圭は頷く。
そうだ、安定したとは言えしばらくは様子を見ていたい。
数日は病院に泊まり込むことになるだろう。
着替えを取りに帰らないといけないし、
杏子にもそのことを説明しなくては。
「すみません。お世話になります」
圭は足早に家に戻る。
病院の廊下には高子と補佐役が残される。
「……圭、一人には重い事ですね」
高子が言う。
「大丈夫だろう」
補佐役が言う。
「村長には伝えてある。直に戻ってくるはずだ」
「え?」
何のことだろうか、と
高子が尋ねる前に補佐役は病室に入っていく。
「戻ってくるって……誰が?」
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