TOBA-BLOG

TOBA2人のイラストと物語な毎日
現在は「続・夢幻章伝」掲載中。

「水辺ノ夢」147

2016年03月29日 | 物語「水辺ノ夢」

「……なにしてんの?」

湶は広間のテーブルで
小物を広げる圭の手元を覗き込む。

「ちょっと、手直し」

作業に集中しているのか
圭はぼんやりと返事を返す。

淡い色の石を削って
模様を入れ込んでいる。

「お前、
 手先起用だな」

「違うよ。
 家に引き籠もってばかりだったから
 こういうのしか身につかなかっただけ」

ふ、と
圭が一息ついて作業を止める。

「それに、
 こういうの女の人の仕事だし」

女性も狩りに出る西一族だが
それでも
男性向きの仕事、
女性向きの仕事というのはある。

「でも、売り物になるんじゃないか?」

以前、杏子に渡したという
ブレスレットも
細工が施されていて
手作りだと言うことに湶は感心した。

取り上げて来た、という所には
呆れたけれど。

と、振り返り、
湶は圭の手元を見直す。

「杏子の、か」

どこかで見たことがあるものだ、と
思っていたら。
まさに、それだ。

一度解いて
作り直している。

「……どうするの、それ」

「どうしようか?」

「杏子に、また
 渡しに行くのか?」

「どうするのが良いと思う?」

「俺に聞くなよ」

お前はどうしたいんだ、と
圭に尋ねる。

圭は苦笑いを浮かべながら
そうだな、と応える。

「生活があるだろうから
 お金を渡しに行くのが良いのかな、とか、
 新しい夫がいるなら
 子供を俺が引き取った方が良いのかな、とか」

圭の回答に、
湶は頭を抱える。

「……どうして
 そういう発想になる」

圭なりに考えて居るのだろうが
湶にしてみれば
そうではないだろう、と
言いたくなるような内容。

「だろうね。
 俺一人で考えると
 どうも、おかしな事になるみたいだ」

だから、と圭は言う。

「会いに行こうかな」

「そうか」

「俺、杏子に
 出て行くとも告げなかったから」

杏子が子供のことを
自分に話さなかったのが
気がかりだった。

周りの環境が大きく変わった圭の事を
気付かって、と
分かっていたのに。

少し、そのことに
ムキになっていた。

気になるなら
自分から問いかけたら良かったのに。

「よし、出来た」

圭はブレスレットの紐を結び、
固く締める。

「二人の事なのに
 一人で決めちゃったから。
 別れるにしてもきちんと話をしないと」

圭の足下には
荷物がまとめられている。

行くつもりでは居たのだろう。

「決めたなら、
 早いほうが良い」

ほら、テーブルを片付けて、と
湶は急かす。

「送るよ。
 お前考え込むと
 やっぱり、止めるとか言い出しそうだし」
「なんだよ、それ」
「背中ぐらいは押してやるって
 言ってるんだ」

立ち上がり、湶に続く。

数ヶ月暮らした家を振り返る。
西一族とは違う南一族の暮らしは新鮮だった。
でも、
ここは圭が暮らす所ではない。

圭は、家の扉を閉める。


「いってきます」


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「水辺ノ夢」146

2016年03月25日 | 物語「水辺ノ夢」

杏子は、野菜や肉を塩漬けにする。

保存がきくように。
すぐに、食べられるように。

いろいろな工夫をしながら、杏子は作業を進める。

その作業が終わると
杏子は、野菜や肉の調理の仕方を記す。

「杏子、いる?」

と、そこへ、沢子が入ってくる。

「パンを焼いたの」
「いつもありがとう」

杏子が云う。

「沢子のパンは、本当においしいから嬉しい」
「たくさん食べてね」

沢子はパンを置き、杏子に近付く。

「何をしていたの?」
「塩漬け」
「無理しないでよ」
「大丈夫」

沢子は、杏子の手元をのぞき込む。

「あら・・・。そのメモは?」
「野菜や肉の調理の仕方よ」
「へえ」
「簡単なものばかりだけどね」
「それって、巧のために?」

杏子は沢子を見る。
微笑む。

「まあ、産んでからしばらくは、大変だろうからね」

沢子が云う。

「巧のことを、もっと頼りなさいよ」

その言葉に、杏子は再度微笑む。

「これは、服ね」

沢子は、杏子が作った子どもの服を見つける。

「杏子上手だわ」
「そんな・・・」
「あーあ。巧はいい奥さんをもらったわね」

杏子は、沢子の話を聞きながら、お茶を準備する。

「沢子、よかったら飲んでいって」
「ありがとう」

杏子は、沢子が持って来たパンを切り、それも出す。

「なんだ。また来たのか」
「お邪魔してるわ、巧」

巧が帰ってきたので、杏子は、再度お茶を淹れる。
沢子のパンも添える。

巧は、少し離れたところに坐る。

杏子と沢子は、おしゃべりを続ける。

「沢子、お茶のおかわりは?」
「大丈夫。自分でやるわ」

沢子は、杏子のカップも持ち、立ち上がる。

「杏子は坐ってて」

「ええ・・・」

「・・・・・・?」

「・・・・・・」

「・・・杏子?」

「う・・・」

杏子は突然、お腹を押さえる。

「杏子?」
「どうした?」

杏子は首を振る。

巧は杏子を見る。
額に汗が流れている。

「痛むのか」
「ええ・・・」

杏子は、やっとのことで声を出す。

「生まれるのかも・・・」



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「水辺ノ夢」145

2016年03月22日 | 物語「水辺ノ夢」

湶と並んで
南一族の家への道を歩く。

「……」

どうして、ここに、
まだ、帰れるんだろう、と

病院で会った青年の言葉を思い出す。

会話の流れだ。
深い意味は無かったのだろう。

ただ、圭には

なぜ杏子を置いてきたのか
どうして西一族の村に帰らないのか、と
そういう意味で響いた。

「湶、あの」

南一族での生活が長い湶なら
彼の事を知っているだろうか。

「湶?」

「静かに」

呟くような声で
湶が言う。

「そのまま進め
 普通に、何事も無いように
 通り過ぎろ」

何事かと
聞き返す間もなく
ある一行とすれ違う。

黒い髪、黒い瞳
独特の衣装。

「……っ」

東一族。

通り過ぎろ、と
湶に言われたが
自然と目線が彼らを追う。

先頭を歩いていた青年と
一瞬目が合う。

「……」
「……」

彼らの姿が見えなくなってから
驚いたな、と湶が息を吐く。

「東一族の宗主と息子だ。
 南一族の村へは視察、と言った所か?」
「宗主、今のが?」
「あぁ、息子は次期宗主として護衛だろうか」

息子の歳は自分とそう変わらないだろう、と
圭は驚く。

なんだかんだ言って
今まで西一族の村を出たことが無かった圭は
他一族に触れる機会が少なかった。
敵対する東一族であれば尚のこと。

初めて会った他一族は
杏子だ。

「さすがに他の一族の村では
 あちらも問題は起こしたくないようだ。
 助かったよ」

「……湶」
「ん?」
「どうして今のが
 東一族の宗主の息子だと知っているんだ」

おかしい、と
圭は尋ねる。

「ああ」

東一族の宗主ならばまだしも
その息子まで。
普通の西一族が知り得る事ではない。

「そうだな、おかしいな」

案外、簡単に
湶は白状する。

まさか、と
圭は絞り出すように言う。

「まるで、諜報員みたいじゃないか」

諜報員は両親の仕事だ。
しかも
その両親でさえ、
比較的安易な南一族の監視という仕事。

「そうだ、諜報員だよ。俺も」
「なんで、湶まで」

諜報員の両親の元で育ったのなら
なおのこと
平穏な生活を望むだろう。

「俺の、せい、か」

圭は言う。

元々圭は
両親が裏切らない為の
保険として、西一族の村に一人残された。

それが、
今回両親と一緒に南一族の村に
越してくることが許されたのだ。

何か違う条件でも付いたのだろうか、と
ぼんやり考えていたが。

「違うよ、
 俺から頼み込んだんだ」

そうではないだろう。
圭が動く代わりに
今度は湶が犠牲になったのだ。

圭は村で過ごすだけで良かった。
立場は悪かったが
平穏な生活は送れていた。

湶は確かに狩りのセンスがある、
武器の扱いには長けている。
でも、
これから諜報員として生きていくなら
いつ命を落としてもおかしくないという事だ。

「大丈夫だって。
 東一族に忍び込む以外は
 案外気楽な物さ」

と言うことは
これからそういう業務が多くなると言うこと。

湶が皆より先に
南一族の村に帰ったのは
荷物の整理をするためか。

「湶、南一族での生活は
 長かっただろ」

幼い頃から今まで、
十数年。

「恋人は居なかったのか」

「別れたよ」

湶は言う。

「最近の話じゃない。
 村に戻る前の事だから」

「……」

「なんてな、
 俺が自分で決めた事。
 お前が気負う事じゃないよ」

な、と
肩を叩く湶に
圭は応えることが出来なかった。


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「水辺ノ夢」144

2016年03月18日 | 物語「水辺ノ夢」

東一族の村から、南一族の村に向かう人々。

黒髪に、黒い瞳。

数人だが、列をなしている。
全員、男性。

その中心に、少しだけ雰囲気の違う男性がいる。
歩みは遅い。
人々は、その男性の歩みに合わせる形となっている。

彼らは、東一族。

そして

中心にいるのは、東一族の宗主。

現宗主が、村外に出ることは非常にめずらしいことだ。

宗主は、前を歩く自分の子の様子に気付く。
声をかける。

「何を探している?」

そう呼ばれて、彼は振り返る。

「別に、何も」
「警戒するな」

宗主が云う。

「我々は、砂に行くわけではない」
「・・・・・・」
「今回は、南の視察だ」
「わかってる」

それでも、彼は、南一族の村に入ると、辺りを見回す。
じろじろと見るわけではない。
ただ、人々の顔を確認するかのように。

「・・・そうか」

宗主は、呟く。

「東から消えた者たちを探しているんだな」

彼は答えない。
云う。

「南一族の村には、西一族も紛れ込んでいる」

「そうか」

「宗主様にもしものことがあってはならない」

彼の言葉をよそに、宗主は、すれ違う南一族と会釈を交わす。

彼は振り返り、その様子を確認する。

先ほども、西一族とすれ違った。
西一族の格好ではなかったが、おそらく、宗主も気付いたはずだ。

男性ふたり。

西から南へ、ただの移民なのだろうか。

それとも・・・。

「佳院」

宗主が云う。

「ここは南一族の村だ。何も起きはしない」

彼は、何も云わない。
ただ、前を歩く。

ふと

南一族の道端にそびえる樹を見上げる。

白い花。
もうすぐ、この季節が終わり、白い花は散る。

そうだ。

この花が散って、

もうしばらくで

彼の兄が亡くなって、1年たつ。

彼の兄の婚約者も
東から姿を消して、1年たつ、と云うことだ。



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「水辺ノ夢」143

2016年03月15日 | 物語「水辺ノ夢」

後から処置室に来た青年は
圭から少し離れたベッドに腰掛ける。

「点滴の準備をするから
 もう少し待っていて」

医師が看護師に指示をしている間に
圭はその青年を横目で見る。

大丈夫なのか、と
圭が気にかけてしまう程、顔色が悪い。

病院着なので
恐らく入院している患者。

「じゃあ、圭。
 君はあと10分ぐらいかな。
 寝ていても良いよ」

そう言って医師が仕切りの
カーテンを締めたので
その青年の姿は見えなくなる。

医師と青年のやりとりが聞こえてきたが
圭は窓から外を眺める。

無意識にため息が漏れる。

頑張ろうとすると
いつも、こうだ。

「……なぁ」

呼びかけられ、
伏せていた目を開ける。
声はカーテンの向こうから。

他に物音もしないので
医師と看護師は出て行ったのだろう。

「どうして、ここに?」

青年は圭に問いかけている。

「……少し体調を崩して」

「ふぅん」

聞いておきながら
青年の返事は素っ気ない。
何か話した方が良いのだろうか、と
今度は圭が問いかける。

「君は、ここに入院しているのか?」
「結構長いな」
「じゃあ、病室で点滴を受ければ良いのに。
 大変だろう」

先程、看護師に支えられて
やっと歩いていた姿を思い出す。

「俺から移動すると言ったんだ。
 動いていないと、体力が戻らない」

「でも」

この調子では
今日明日でどうにかなる物ではない。

「だけど、少しぐらいは
 自分の事は自分でしなくては」

カーテン越しの青年の表情は分からない。

なんだ、それ、と
圭は思う。

医師と先程交わした会話が蘇り、
まるで自分に向けられた言葉のように感じる。

「お前は
 まだ、帰れるんだろう?」

「え?」

足音が聞こえて、
医師が部屋に戻ってくる。

「さて、圭は点滴終わっているな。
 兄貴が迎えに来ていたぞ」
「……はい」

医師は針を外して、
次は来週に、と予定を入れる。

「圭、帰るぞ」

湶が呼びかけに来たので
圭も立ち上がる。

部屋を出る際に視線を向けるが
処置をする医師の背に阻まれて
青年の顔は見えない。

青年の方も
これ以上話す気は無さそうだ。

「会計は済ませてきたから。
 ……どうした、圭?」

「何でもない。帰ろう」


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