TOBA-BLOG

TOBA2人のイラストと物語な毎日
現在は「続・夢幻章伝」掲載中。

「水辺ノ夢」8

2013年08月30日 | 物語「水辺ノ夢」

圭が、云う。

「君は、死のうとしてるの?」

杏子は、立ち止まる。
圭が、続ける。

「君が云う・・・光、が、死んでしまったから?」

杏子は答えない。

「なぜ・・・」

そう、圭は問うけれど
なぜ、かは、圭にもわかっていた。


杏子は、たぶん

光のことを・・・


風が吹き、圭の乗る舟が、揺れる。
あたりは静かで、ほかの西一族は、誰も現れない。

「そう」
杏子は振り返らず、云う。
「光に、会いたいから」

死んでしまった光に、会いたいから。
死に場所を探して・・・

「光は、なぜ、死んでしまったの?」

どうすればいいだろう、と
圭の口から出た言葉が、それだった。

杏子は、振り返る。
圭を見る。
東一族特有の、黒い、瞳。

圭を見つめる。

圭は、はっ とする。

「・・・ごめん。云いたくなければ、」

「殺されたの」

杏子が答える。
「光は、殺されたの」
ふと、圭は、自分が西一族であることを思い出す。
「西・・・一族に?」
「いいえ」
杏子が云う。
「村の人に」
杏子は、目を伏せる。
「病気だったの」


治らない病。
人から人へと、広がる、病。


圭は、杏子を見る。

あたりが、薄暗くなっている。



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「水辺ノ夢」7

2013年08月27日 | 物語「水辺ノ夢」

そうか、と、彼は思う。

彼女は杏子は東一族で、
西一族の自分のことを知らない。

だから、

「………」
「……大丈夫?……気分でも悪いの?」

彼は、首を振る。

何も知らないから、
当たり前のように接してくれる。

そんな態度を向けられるのが久しぶりで
とっさに言葉が出てこなかった。

「圭(けい)……」

絞り出すように、彼は名乗った。

そう、と杏子は頷いて言う。

「ごめんね、私、迷惑……だよね
 気分を悪くしたでしょう」

とん、と舟が揺れてふたりはあたりを見回す。

霧はまだ、かかっている。
だけど舟はゆっくりと流されていて
いつの間にか岸に着いていた。

ぼんやりと見える景色に、
圭はそこが、西一族の土地だと気付く。

「戻ってきたのか」

彼の呟きに杏子はここがどこかを悟った。

「もう、迷惑はかけないから」
「え?」

杏子は舟を下りて歩き出す。
先にあるのは、西一族の村。

湖ではダメだった。
圭にも迷惑をかける。
ならば、別の所で。

「杏子」

圭が杏子を呼ぶ。

「村には、行かない方がいい」



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「水辺ノ夢」6

2013年08月23日 | 物語「水辺ノ夢」

「・・・名まえ?」

彼女は、彼を見る。
云う。

「杏子(あんず)」
「・・・杏子」
彼は息をのみ、彼女の名まえを繰り返す。

「放してくれる?」
「え?」
「手を、・・・放してくれる?」
「・・・あっ」

彼は、慌てて、掴んでいた手を放す。
訊く。
「湖に、・・・飛び込もうとしたの?」
杏子は、答えない。

ふたりの乗る舟が、揺れる。
湖にかかっている霧が、少しずつ濃くなる。

杏子は顔を上げ、東一族の村の方向を見る。
けれども、霧で、見えない。

「・・・光」

杏子が呟く。

「そう。あの人が、死んでしまったから・・・」

彼女は、再び、顔を伏せる。
そのまま、云う。

「名まえ・・・」
「え?」
「あなたの、名まえ、は?」



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「水辺ノ夢」5

2013年08月20日 | 物語「水辺ノ夢」
「お願い、迷惑は……かけないから」

何かを振り払うように彼女は言った。

彼女は、彼、西一族を恐れない。
けれど
早く、早く、どうか早くここから連れて行って と。
彼女は震えながら
酷く後ろをおそれている。

後ろにあるのは彼女の一族、東一族の村。

「お願い、早く!!!」

彼女の声に、彼は舟を漕ぎ出す。
一体何がどうなっているのだろうと彼は首をひねる。

「燃えて……る」

そのまま、彼女は舟底に伏せてしまう。

「……どうしたの?」

彼は声をかける。
一体何が起こっているのかは彼も知りたい所だった。

「光(こう)が、……燃えているの……」

彼が見渡す限り、火は見えない。

彼女には分かっていた。
きっと今頃、あの人の体は燃やされている。
だけど涙は出ない。

舟は進んでいく。

「……光……」

あの人が呼んでいる気がした。
彼女は、身を乗り出す。

「どうして、止めるの」

彼女の腕を、西一族の青年がつかんでいる。
彼はしばらく悩んで言った。

「名前を、聞いていなかったから」



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「水辺ノ夢」4

2013年08月16日 | 物語「水辺ノ夢」

東一族の彼女は、指をさす。

その方向は、


湖。


湖で、魚が跳ねる。
その上を、風が吹く。


風が、彼女の黒髪を揺らす。

西一族の青年とは、違う容姿。


大きな湖を中心に、大きな4つの一族が暮らしているが
みな、容姿も暮らしも違う。

このあたりが静かなのも、
西一族と違って
東一族が、湖には、絶対に寄り付かないから。


「ここに来るのは、死ぬときだけだと云われたの」

「え?」

彼女が、話し出す。

「この湖には西一族がいるから、近付いてはいけない、と」

湖の対岸同士の、東一族と西一族は、長く争っている。
永遠に終わらない、争い。


けれども
それは、もう

彼女にとって、どうでもよいこと、だった。


今、東一族の村で大きなお葬式が行われている。
それは、一族の次期宗主だった者の、お葬式。

彼女が大好きだった、あの人の、お葬式。


彼女は、東一族の村の方向を見る。
煙を見る。

あの人が死んでしまったのだから、
もう、すべてが、どうでもよいこと、だった。


 ―― 行ってしまうの?

いつも隣にいたあの人の声が、聞こえた気がした。



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