「母さん」
圭の言葉にも
母親は玄関の前から動かない。
「このままじゃ、杏子が風邪をひく」
「少し懲りたらいいのよ」
母親は言う。
「ねぇ、東一族の村ではどうかしら?
西一族がそこで、のうのうと暮らしていけるかしら?」
恐らく外に居る杏子に聞こえるように。
「周りが優しい人たちばかりで
何か勘違いしているんじゃない!!」
「言い過ぎだって、母さん」
「圭も少しは考えて」
母親は振り向く。
「自分の事をやっていくだけで精一杯じゃない。
そういう体なんだって自覚しなさい」
「……っ」
その言葉に、圭は何か言おうとしていた事を飲み込む。
そんな圭に母親は、少し言い過ぎた、と、
躊躇いながらも言葉をつづける。
「いずれ苦労するのよ。
今は良いかもしれないけれど、何かあれば必ず
東一族がいるから、あそこは混ざりものの家だからって
言われる日がくるの」
例え、それが濡れ衣の事でも、と
そう言う母親の声は少し涙ぐんでいる。
「それでも、と言うならば
圭、あなた狩りに出るというの?」
「……それは」
「狩りに出て、功績をあげて、村での地位を築いて、
それぐらいしないとこの村で他民族と結婚するなんて無理よ」
「―――分かっているよ」
「「……」」
圭と母親はお互い無言になる。
こんな言い合いをしたのは初めてだ。
何か言わなくては、と圭は思うが言葉が出てこない。
ただ、母親の先の、閉ざされた扉の向こうにいる杏子の方を見る。
こんな時間に長い間外に居られるほど
杏子の体調は良くないはずだ。
圭の視線にたまりかねたのか、母親は言う。
「……寒いなら
近くの風をしのげる所で
薪でも焚いていたらいいじゃない」
外にしっかりと聞こえるような大きな声で。
杏子に言っているのだ、
薪がある裏の小屋に行っていろと。
そこには昔、使っていたかまどもあるから寒さもしのげる。
しばらくして、扉の前から人が動く気配がする。
母親はため息をつく。
「大丈夫だから、圭は部屋に戻っていなさい」
小屋でかまどを焚いていれば、
半時ならば寒さもしのげるだろう。
その頃には母親も少し落ち着いているかもしれない。
圭は部屋に戻り、ベットに腰かける。
分かっている、と圭は答えた。
東一族―――杏子と結婚することが、どういう事だか分かっている、と。
「……でも」
母親が言ったことは本当の事だ。
狩りにもいけない圭が、この先どうやって
東一族の杏子を養っていくのか、守っていくのか。
考えてもなにも良い案が浮かんでこない。
家の中の事だって、
湶が居なくなった途端にこの有様だ。
間に入って上手くとりなすことも出来ていない。
「別の誰かの所に連れてこられていたら
杏子は、今頃、幸せだったのかな」
例えば、湶や透や―――広司のように
狩りも出来て、東一族にあまり偏見のないような人の所に。
「なに考えているんだろう、俺」
余計なことばかり考えてしまう。
振り払うように圭は頭を振って、目を閉じる。
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