TOBA-BLOG

TOBA2人のイラストと物語な毎日
現在は「続・夢幻章伝」掲載中。

「水辺ノ夢」130

2016年01月29日 | 物語「水辺ノ夢」

本格的に、雪が降りだす。

杏子は、住み慣れない家から、外を見る。

このまま
降り続けば、明日には雪が積もるのだろう。

杏子は息を吐く。

この家の主、巧はいない。

杏子は、部屋の暖炉を見る。
薪は残り少ない。

確か、外の置小屋に、余分に置いてあったはずだ。

薪を部屋に運んでおこうと、杏子は外に出る。

雪が降り続いている。
杏子の息は白い。
杏子は、置小屋を覗く。
ほんの少し、予備の薪が置いてある。

杏子は持てるだけ薪を持つ。

「おい! 何してる!」

杏子は振り返る。

「ここで、何してる!」
「部屋の薪が少ないから、薪を、」
「俺の家で勝手なことをするな!」

巧は、杏子から薪を奪い取る。

「中にいろよ」
巧が云う。
「誰かに見られたら面倒くさいと云ってるだろ!」
「・・・ええ」

杏子はうつむく。

家の中に入り、巧は、暖炉の近くに薪を置く。
そして、背負っていたものを下ろす。

杏子はその様子を見ている。

「少しは働け」

巧は、袋から食料を取り出す。
「飯ぐらい、作れ」

杏子は頷く。

並べられた、食料を見る。
野菜だけが、並ぶ。

「肉料理も出来るけど・・・」
「はあ?」
巧は目を細める。
「うちに肉が回ってくるとでも?」

そう云うと、巧は片腕を見せる。

巧には、片方の前腕部がない。

つまり、

巧は、

狩りに参加することが出来ない。

それは。

西一族にとって、不名誉なこと。

「西に来て、肉の味でも覚えたのか」
「そう云うわけじゃ・・・」
「俺に頭を下げて、肉をもらって来いと?」
「違うの。・・・ごめんなさい」

杏子は口を閉じる。

巧のもとで暮らしはじめて、まだ数日。
この人のことを、理解せねばと、杏子は思う。
押し付けられたとは云え、ここで、暮らすことになったのだから。

巧は杏子を一瞥する。
さらに、袋から何かを取り出す。

「ほら。自分の着る物ぐらい、自分で何とかしてくれ」

布。

杏子は受け取る。

「とにかく、外に出られるのは面倒くさいから、針仕事でもしてろよ」

杏子は巧を見る。

「・・・どこへ?」

巧は、再度、外へ行く支度をしている。

「居心地が悪いから」
「・・・・・・」

巧が外へ出ていくと、杏子は息を吐く。

手元の布を見る。

たったひとり。

杏子は、針仕事をはじめる。



NEXT

「水辺ノ夢」129

2016年01月26日 | 物語「水辺ノ夢」

「いってきます」

湶は台所にいる母親に声をかけると
出かけるために居間を抜ける。

圭はちょうど背を向ける形で
ソファーに腰かけている。
案の定振り向かない。

気分が乗らないのか、
体調が優れないのか、
南一族の村に来て
圭は一日を家で過ごす事が多い。

湶は弟がしでかした事に
納得いっていない部分が多く
また、圭もそれを察しているのか
会話らしい会話が少なくなった。

うつむいている弟の視線を追い、
手元のブレスレットを見つける。

握りしめたり
眺めたり
なぜ腕につけないのだろうと
疑問に思ったところで
サイズが小さい事に気が付く。

女物。

湶はそれに見覚えがある。

「お前、それ」

顔を上げた圭に
続ける様に言う。

「杏子の?」

杏子が身につけていたブレスレット。

「何で、お前が持っているんだ?」

湶の問いかけに圭は答える。

「何って、
 俺があげた物だから」

「はぁ?」
「はぁ、てなんだよ」
「取り返したって事?」
「そうなる……かな」
「いや、それ、なんで?」

別れたのだから返せという事だろうか。

「別に価値があるものじゃない。
 これ、俺が作ったのだし」

「なら、良いだろう。
 渡したままで」

終わらない問いかけに
しびれを切らしたのか
圭が言う。

「だって、
 もし杏子に新しい夫が出来た時
 こんなの持ってない方が良いだろう」
「……そこ?」
「湶は前の男から貰った物を
 恋人がつけていたら嫌だろう」
「俺の話は、いいからさ。
 それに」

「………」

それは、と言いかけて
湶は言葉をなくす。

それは

杏子がそのブレスレットを
これからも身に着けていると
信じているから言える事だ。

圭に捨てられた杏子が
ブレスレットを手放すとは
思わないのだろうか。

それに、
圭の方こそ
対して価値がないと自分で言うのなら

なぜ、そのブレスレットを捨てないのか。

「そうか」
「だから、なんだよ?」

きっと、本当に
圭にとって
杏子は初めての恋人だった。

「あぁ、俺の弟って
 本当に、なぁ」

一生懸命ではあったのだろう。
だから、
良くも悪くも考えすぎただけなのでは、と
湶は思う。

「なに?文句なら」

機嫌が悪くなっている圭の肩を軽く叩きながら
湶は予定通り家を出る。
残された圭に振り向きざまに言う。

「ちょっとは外に出てみたらどうだ?
 気分転換になる」


NEXT

「水辺ノ夢」128

2016年01月22日 | 物語「水辺ノ夢」

「ほら、あそこの樹のところだ」

補佐役の男が指差す方向を、杏子は見る。

まだ、日が昇りはじめたばかり。
辺りは薄暗い。

「じゃあな」

それだけ云うと、補佐役は去っていく。

杏子は、しばらくその方向を見る。

旧ぼけた樹。
その横に、小さな一軒家。

そう云えば。
はじめて、圭の家に来たときもこんな時間だった。

誰かが、その家から出てくる。

水を汲みに行くのだろう。
片手には、桶を持っている。

もう、片方の手には――。

杏子は、近付く。

その者が杏子に気付く。
けれども、歩くのをやめない。

「ああ。・・・あんたが例の東一族か」
「ええ」
「話は聞いてるよ」

その者は、杏子を一瞥し、前を向く。
川へと向かっている。

杏子もその後ろに続く。

「大変な境遇だな」
その者が云う。
「西に来たものの、行き場がなくて転々としてるのか」
「・・・いえ」
「うちにだって、いつまでいられるかどうか」
「・・・・・・」

杏子は、その背中を見る。

「・・・お世話に、なります」
「自分で何とかしろよ」

少しだけ、日が昇る。
けれども、
辺りには、まだ、誰もいない。

やがて、川にたどり着く。

「水を、・・・汲むの?」
「見りゃわかるだろ」
「私がやるわ」

杏子は、その者の桶を受け取ろうとする。

「いいって」
「でも、」
「俺がやるから」

その者は、杏子を押しのけ、水をくむ。

「俺に同情してるのか」
「そんなつもりじゃ、」
「余計なお世話だ」

水が入った桶を持って、その者は、家へと戻りだす。

「どれくらい、水を汲むの?」
「1日分。家の甕がいっぱいになるまで」
「次は私が行くわ」
「同情はやめろと云ってる」

杏子は、ただ、その後ろを追う。

その者は、家の甕に水をいれ、また、川へと向かう。

杏子は空を見る。
何かが、舞っている。

――雪。

「ついてくるなよ」

その者が云う。

「あんたが人目に付いたら、面倒くさい」
「・・・ごめんなさい」
「人が動き出す前に、終わらせたいんだけど」
「・・・・・・」

「あんた、圭のところにいたんだっけ?」

「え? ええ」

杏子は頷く。

「妊娠してるのか」
「ええ」
「圭の子か」
「・・・ええ」

「大変な境遇だな」

その者が、杏子を見る。

「名まえは?」
「え?」
「あんたの名まえだよ」

「・・・杏子」

「へえ」

その者が云う。

「俺は、巧(たくみ)」

「巧・・・」

「うちに来ても、不便ばかりだろうよ」

いなくなった圭の代わりに、杏子にあてがわれた者。
杏子は、これから、巧のところで暮らすことになるのだと云う。

杏子は、巧を見る。

巧には、片腕が、ない。



NEXT

「水辺ノ夢」127

2016年01月19日 | 物語「水辺ノ夢」


雨粒を病院の窓から眺める。

「はい、お待たせ」

呼ばれて、圭は立ち上がる。
南一族の村に来て数日。
本調子でない日が続き、初めてこちらの病院を訪れた。

「まず、始めに言っておこう」

南一族の医師は言う。

「恐らく、こちらでも
 西一族の村と同じ治療しかできない。
 君は、これからも自分の持病と
 上手く付き合っていくしかない」

処方された薬は
西一族の村で飲んでいた物と同じ薬。

「病院が変われば
 何か対処法があると
 期待していたかな?」

申し訳ないけれど、と
南一族の医師はさらりと言う。

それはそうだろう、と
圭は思う。

南一族の村でも
医師は不足しているようで
圭の順番が回ってくるまでに
医師は絶対安静の患者の部屋を巡り
躓いてケガをした子供の治療に追われていた。

一方、圭は命に関わるような病ではない。
単純に人より激しい運動が出来ないだけ。
無理をすると発作を起こすだけ。

狩りの一族で暮らして行くには
行き場が無いだけ。

南一族の村に来た今では
何の問題も無いだろう。と
1人妙に納得する。

「大丈夫です。
 そう思っていたから」

あぁ、でも両親は治療法を変えることに
少し期待していたのだった。

そうして、

その治療を受けるためだ、と
自分に言い聞かせ
無理矢理、村を離れる口実にした所はある。

分かっていたのに。

そんな圭の気分に沿うように
南一族の村は
黒い雨雲と
そこからしっとりと降る雨で
どんよりとした雰囲気に包まれている。

普段は穏やかで
活気のある村だと聞いていたが。

最初で最後の狩りに出かけた時
その時も雨になったのだった。

「俺が雨を連れてきたみたいだ」

ぽつりと言う圭に
南一族の医師は笑う。

「天候に左右されやすい方?
 それとも逆かな?」

うーん、と楽しげに医師は言う。
どうやら
治療は終わり雑談の域に入っているようだ。

「案外、そうだね。
 君は北一族や東一族の治療の方が
 肌に合うのかもしれないけど」

「………東、一族」

「だよね、西一族の君には
 行く事自体が難しいものな」

東一族。

圭は思わず視線を落とす。

「冗談だよ。
 新生活には慣れたかな?」

大丈夫、ここは良い所だから、と
医師は立ち上がって
窓の外を眺める。

「あぁ、でも
 今日は冷えるな。
 もしかして、雪になっちゃったり」

「雪、降るんですか?」

いいや、と医師は首を振る。

「冷えるにしても
 雪になる事は無いな。
 西一族の村はどうだ?」

「年に、一度か二度ほど。
 滅多にないです」

「だよね。
 でも、こんなに冷えているんだから
 西一族の村では雪になって居るかもよ」

南一族の村では雪が珍しいのだろう。
楽しそうに医師は言う。

そうだとしたら
西一族の村は
ここより冷え込んでいる。

圭もそっと
窓の外を眺める。

あの家に、薪は沢山あっただろうか。
……杏子は
温かくしているだろうか。


NEXT

「水辺ノ夢」126

2016年01月15日 | 物語「水辺ノ夢」

「お前、村に帰るか?」

杏子は、広司を見る。

「・・・・・・」
「どうなんだ?」

杏子は、答えない。
ただ、広司の顔を見ている。

「東に帰る気があるのなら、俺が帰してやる」
「ええ・・・」

杏子のどちらとも取れない返事に、広司は息を吐く。

「俺なら、東に連れて行くことも無理な話じゃない」
「ええ」
「村の近くまで、連れて行ってやる」

杏子は呟く。

「きっと、・・・迷惑をかけてしまう」
「は?」
「あなたにも、西にも、・・・東にも」

そう

東一族が、西一族の子を身ごもってしまったから。

「東の宗主が何とかしてくれるだろ」
「・・・・・・」
「西の血を引いているかなんて、わかりゃしない」

そうかもしれない。

子どもが黒髪で生まれてきたのなら、東一族として生きていけるのだろう。

でも

もし

白色系の髪色だったら・・・?

「東は、うちみたいに、見棄てはしない」
「ええ」
「帰れ」
「・・・・・・」
「東に帰れ」

杏子は

答えない。

「ほら」

広司は杏子を促す。

「すぐにでも、ここを出ろ」

杏子は目を閉じる。

ほんの少し、考える。

光が亡くなってから
西に連れ去られてきて、
そして
圭と暮らした日々のこと、を。

「お前」

広司は目を細める。

「圭を、待つつもりか」

「・・・・・・」

「あいつが、帰ってくると?」

杏子は目を開く。

「あいつは、西を出て行ったんだ」
「でも、」
「帰ってくるわけがない」
「もしかしたら・・・」

広司は再度、息を吐く。

「好きにするがいいさ」

広司が云う。

「当面は、沢子が面倒を見てくれるだろ」

「ごめんなさい」
「・・・・・・」

「・・・ありがとう」

杏子は、広司の背中を見る。

広司は振り返ることなく、家を出ていく。

閉められた扉。
ひとりになった杏子は、天井を見る。

広司。

以前は、冷たくて、怖い印象だったが。
・・・優しい顔になったな。

杏子は、そう思った。



NEXT