京子はお茶を一口啜っては置き、
また持ち上げては飲む。
喉も渇いていないのに。
「お兄ちゃん
ひさしぶり、ね」
「ああ」
なんか。
なんだか、緊張する。
一年ぶりに会う耀は、
自分の知っている兄ではないような。
知らない人の様な。
ちょっと大人びて見えるというか。
距離感どんなだったっけ。
「ええっと、その、怪我とかしてない?」
「大丈夫だ。
なんともないよ」
と、京子を見る。
「京子も元気そうでなによりだ。
西一族の皆は、
母さんはどうしている」
「今は村に。
でも、何回も私と一緒に北一族の村に来たり
あちこち探し回って」
なんの手がかりも無くて。
藁にもすがる思いで
必死に情報を集めたけれど何も見つからなくて。
諦めたくは無かったけれど、
もしかしたら、と
最悪の事態を考えた事は何度もある。
「………心配、したのよ」
「うん」
「どうして、連絡くれなかったの」
「事情があったんだ」
「わた、わたし」
思わず、声が震える。
「お兄ちゃん、死んじゃったのかもって」
「そう思うよな」
耀は困った顔で布を差し出す。
「まいったな。
泣くなよ。京子」
「だってぇえ」
「お前には西一族の村で
何も知らずに過ごして欲しかったんだ」
裏一族の事だと京子は理解する。
「俺を捜して村を出た、と、聞いて驚いた。
お前に何かあったらと肝が冷えたよ」
ほら、と耀が言う。
「京子はおっちょこちょいだろ」
「なによ、それ」
ふふ、と
やっと京子に笑顔が浮かぶ。
「なあ京子。
これから色々と話すけれど、
最初に言っておく」
「うん?」
「俺にとって、大切な兄妹は
お前ひとりだけだ」
「えええ?
なんか、照れるな」
急にどうしたのよ、と言う京子に
耀は真剣な表情で言う。
「長くなるけれど、
まずは最後まで聞いてくれ」
耀は静かに語り出す。
とても長い話だった。
京子にとっては
初めて聞く話ばかり。
そして、耳を疑うような事が並ぶ。
お茶はとうの昔に覚めている。
「…………」
「…………」
どれだけ長く話していたのだろう、と
店の時計を見てみると
一時間も経っていない。
全てを聞き終えて
京子は頭を抱える。
「………私達のお父さんって
なんとなく、まあ、
普通の人じゃないのかもって思っていたけれど」
家族を置いてどこかに出掛け、
京子は顔すら見たことがない。
ふと、手のひらのアザを見る。
これはきっと何かの共通点。
裏一族に狙われる訳があると
それを探していたけれど。
「え?え?え?
満樹も、ツイナも、
ヨシノも、おまけにあのマサシって人も
みんな兄妹なの!???」
「父親が同じという意味ではな」
「ちょっと、フラフラしすぎじゃない!!」
「ちなみに、顔つきは
うん、あのマサシっていうのによく似ている」
「え!?
あの、その、その!!!!」
京子の中の父親のイメージが
マサシが年を重ねた感じに固定される。
「顔だけだ、顔!!」
「………あ、そうそれは」
なんとなく、胸をなで下ろす京子。
それにしても。
「うわーん、頭ぐちゃぐちゃする」
「だろうな」
耀は立ち上がる。
「今日は一旦宿に戻ろうか。
みんな待っているだろうし、
そこでまた整理したら良い」
京子は慌てて顔を上げる。
「お兄ちゃんも一緒よね!!」
「ああ」
「………よかった」
会計を済ませ店を出る2人。
「もう皆宿に向かっているだろうか」
「夕飯買っていてくれると
助かるなあ」
満樹達と合流、と考え
京子は思わず立ち止まる。
「んんん。
それにしても、みんなとこれからどうしよう」
「どう、って?」
「満樹が兄とか
ツイナが弟とか」
急にお互い距離感考えてしまう。
今までは
旅の仲間だったのに。兄妹。
「それは、今まで通りで
いいんじゃないのか」
「今まで通り、ねえ」
それでも、
顔を合わせるときは戸惑うだろうな、と
思いながら京子はとぼとぼと歩く。
色々覚悟していたつもりだったけれど
結構重い事実だった。
そんな京子に気付いたのか
「京子、誕生日は
………少し過ぎたな」
「あ。そうね」
そうだった。
ここ最近のバタバタとした急展開で
すっかり忘れていたけれど。
「じゃーん」
と、小箱を取り出す耀。
「まさか、お兄ちゃん」
「一年越しになったけどな、
村を出るときに言ってただろう。
谷一族のネックレスが欲しいって」
それを受け取り、
恐る恐る箱を開ける京子。
谷一族で発掘される珍しい鉱石のネックレス。
こんな状況の中で
何気ない京子の言葉を覚えていてくれた。
「ありがと、お兄ちゃん」
大事にするね、と
涙ぐむ京子にほら、と手を伸ばす。
「早速付けてやるから
貸してみろ」
「えへへ、やった」
はい、と京子が耀にネックレスを預ける。
思えば、
再会してから、耀に直接触れるのはそれが初めて。
「「っつ!!」」
バチッと火花のような物が走り、
ネックレスが地面に落ちる。
「わ、静電気かな。
ネックレスも、大丈夫、壊れてないわ」
よかった、と拾い上げながら
京子は耀を見る。
「おにいちゃ」
耀の指先が
火傷をした時のように赤くなっている。
「お兄ちゃん、それ?」
どうしたの、大丈夫、と
詰め寄る京子は耀の呟きを聞く。
「………加護の魔法か」
その瞬間、ツイナの魔法のことを思い出す。
京子の無事を祈って
ツイナがかけてくれていた魔法だ。
それが、なぜ、今。
この魔法は京子に敵意を持つ者が触れたときに
発動するはず。
「お兄ちゃん?」
NEXT