TOBA-BLOG

TOBA2人のイラストと物語な毎日
現在は「続・夢幻章伝」掲載中。

「水辺ノ夢」80

2014年06月27日 | 物語「水辺ノ夢」

彼は、杏子を見る。

「うーん。・・・黒髪?」
そう呟くと、彼は首を傾げる。
「南一族? いや、東一族、か」

杏子は、あっけにとられ、ただ、彼を見る。
その様子を見て、彼は杏子をのぞき込む。

「あのさ」

彼が云う。

「ここに、圭って人が住んでいたと思うんだけど、・・・どこかに引っ越した?」

杏子は首を振る。

「あの、」
「何?」
「圭の、・・・お知り合いの方ですが?」
「知り合いだって?」

ああ、と、彼は頷く。

「知り合い、・・・まあ、そうとも云うかな?」

彼は、再度、家の中を見回す。

「それより、君は誰なのさ」

「私は、・・・」

杏子は、彼から目をそらす。
どう云おうか、迷う。

この彼、は、西一族の容姿だが、
西一族の誰もが知っている杏子の件を、知らないようだ。

杏子は、お腹を触る。
思い切って、云う。

「私は杏子。圭の妻です」

「えっ?」

当然、思わぬ答えだったようだ。

「え? 何? 西一族と東一族って交流をはじめたんだっけ?」

彼は口元に手を当て、考えている。

「あなた、西一族ではないのですか」
杏子が云う。
「西一族には、私のことが知れ渡っていると思いましたが・・・」
「いや、俺は西一族だけど」
彼が云う。
「昨日まで、南一族の村で暮らしていたから」
「・・・南一族の村で?」
「そう」

彼が頷く。

「とにかく、圭はまだ、ここに住んでいるってことだな」
そう云うと、彼は家の中に入ってくる。
杏子は焦る。
「詳しくは、圭から聞くことにするよ」
「あの、」

杏子が見ると、彼は、椅子に腰かけている。

「あなたは、いったい誰なんですか?」

「ああ、そっか」

彼は、笑う。

「俺も、まだ誰か云ってなかったね」

彼は、坐ったまま、云う。

「俺は、圭の兄だよ」


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「水辺ノ夢」79

2014年06月24日 | 物語「水辺ノ夢」

「杏子、おはよう、私だよ」

その声に杏子はドアを開く。

「沢子」
「パンがうまく焼けたから持ってきたの。
 おすそわけ。
 この前の物とは違う種類なの、食べてみて」

二度目の沢子の来訪に、杏子は顔を緩ませる。

「ありがとう。
 お茶入れるから、上がっていって」

杏子は覚えたての西一族のお茶を入れ
カップを渡しながら尋ねる。

「ねぇ、圭には私のこと」
「言ってないよ、安心して。
 でも高子から聞いちゃった、おめでとう」

「えぇ。ありがとう」

「圭がね」
沢子が言う。
「もう、おばあさんの調子がだいぶん良くなったから
 家に帰るって言ってたよ」
「そう」
「良かったね」
「え?」

「ずっとひとりだったでしょう。
 これで安心できるね」

帰る沢子を見送って、
杏子は玄関の扉を閉める。

「おめでとう」と沢子は言った。

そう、おめでたい事なんだ。
でも東一族の血を引く子供を、
圭は、どう思うのだろう。

杏子は首をふる。
きっとひとりで居るから不安になって居るだけだ。
圭が帰って来てふたりできちんと話せば。

「……あ」

人の気配がして、杏子は玄関に向かう。
圭が帰って来たのだろうか。

「……あれ?」

足音の感じが、圭とは違う。
もっと重い。もちろん沢子でも無い。

今までこの家を訪ねてきたのは
他に村長の補佐役という男だけだ。

西一族の村人も、東一族である杏子を警戒して
村はずれのこの家にはやって来ない。

「……どうしよう」

留守のふりをして、やり過ごそうか、そう思っていた所で
玄関が開くのが分かった。

補佐役の男ですら、声をかけてから開いていた。

なのに、まるで
そうまるで

自分の家に帰ってくるかのように。

「あれ?」

西一族が杏子を見て驚いている。
しばらく言葉を無くした後、家の中をキョロキョロと見回す。

圭の家に杏子が居ることは
西一族中に知れ渡っているはずなのに。
彼はそれすら不思議に思っているようだ。

「さすがに、圭、じゃないよな。
 ここ、俺ん家だと思うんだけど、君、誰?」



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「水辺ノ夢」78

2014年06月20日 | 物語「水辺ノ夢」

「驚いた」

高子が云う。
「私が呼ばれたのだから、何かあったのかと思った」
「突然、ごめんなさい・・・」

高子は、診察道具をしまい、杏子を見る。

「まあ、悪いものでなくてよかったわ」
「・・・えぇ」
「圭も、ずっと病院に泊まり込んでいるし」
高子が云う。
「ひとりで不安でしょうから、たまには、沢子にも顔を出すよう云っておくわ」
「ありがとう・・・」
「気にしないで」
高子は立ち上がる。
「頼れる人には、頼って」
「ええ」

「圭にも、伝えておくから」

「圭に?」

「そう」

「それはっ」
杏子は首を振る。
「それは、」
「何?」
「それは、・・・圭には、伝えないでほしいの」
「え?」

高子は首を傾げる。

「圭には、・・・おばあさまのことが落ち着いてから、私が・・・」
「自分で云うの?」

高子の言葉に、杏子は頷く。

「落ち着いてから、ね」

高子は息を吐く。
「わかった。私からは何も伝えないわ」

「ありがとう」

「何かあったら、沢子を通して、すぐに私を呼んで」
「ええ」

高子は、扉を開き、外へと出る。

再度、杏子を見る。

「でも、圭に、必ず云わなくちゃならないわよ」

杏子は、何も云わず、高子を見る。

「ふたりでどうするか、決めなくちゃならない」
高子が云う。

「お腹の子どもの、こと」


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「水辺ノ夢」77

2014年06月17日 | 物語「水辺ノ夢」

圭が病院に泊まり込むようになって
もう半月近くになる。
祖母の状態も落ち着いて来た。
そろそろ家に戻る時期を見極めないといけない、と圭は思う。

「時々は戻っているけど」

それでも、着替えを取りに戻り
食材と薪を置きに帰るだけだ。

「沢子は、行ってくれただろうか」

杏子に様子を伺っても
自分は大丈夫だから祖母のもとに付いていてくれと言うだけ。
女同士ならば、息抜きになるだろうか。

「圭」

祖母の病室に声がかかる

沢子の声―――ではない。

「はい?」

「君の注射、今打っても大丈夫かな?」

顔を覗かせたのは、
時々高子に付いている助手だ。
確か、医者見習いだったはず。

「あ、はい」

圭は席を立ち、病室を出る。
助手の後を付いて診察室に向かいながら圭は首をひねる。
注射は、以前狩りに行ってケガをしたときから
定期的に打っている物だ。
体の中に残っている菌を殺す薬だという。

それでも

いつも、圭の担当をしているのは高子だったはず。

「あの、高子……先生は?」
「今日は外に往診だって」

「往診……」

助手は圭を椅子に座るように促して
薬品棚から薬を取り出す。

「ごめんね」
「え?」
「高子先生じゃなくて」
「いや、そ……ういう訳じゃ」

否定しながら、圭はその助手を見る。

西一族で専門職というのは
圭の様な狩りに行けない者や、狩りの腕前が無い者が
地位を築くための唯一の手段だ。

高子の様に、元々その仕事を目指す者もいるが
目の前の助手の男は
線も細く、狩りの腕前があるようには見えない。

狩りに関しては圭に近い立ち位置なのだろう。
それでも、
こうやって医師見習いとして過ごしている。

「はい、終わり。戻っていいよ」
「ありがとうございます」

祖母の病室に戻りながら圭は苦笑する。
自分に医者見習いは、無理だろう。
向いていない、と思う。

それでも
今の圭には祖母や……杏子が居る。
何か、そういった生き方を考えていかないといけないのだろう。



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「水辺ノ夢」76

2014年06月13日 | 物語「水辺ノ夢」

沢子は、焼きたてのパンを包む。

それを抱えると、ひとりで家を出る。

村はずれ。
圭の住む家へ。

途中、沢子はあたりを見る。
村人は、いない。
誰にも気付かれずに、圭の家へとたどり着く。

パンを抱えなおし、沢子は息を吐く。
思い切って、扉を叩く。

返事は、ない。

沢子は首を傾げる。
中の東一族、は、警戒しているのかもしれない。

沢子は再度、扉を叩く。
云う。
「圭に頼まれて来たの!」



「・・・圭?」

中から、小さく声がする。

沢子は云う。
「そう、圭にあなたの様子を見てきて、て、云われたのよ」
「・・・圭に」
沢子は待つ。

やがて、扉が少しだけ開く。
黒髪の女性が顔を出す。

「あの、・・・」
「私は沢子。あなたは、杏子ね?」
杏子はもう少し扉を開く。
沢子を見る。
「圭が、あなたのことを心配していたよ」
「それで、あなたが代わりに・・・?」
沢子が頷く。

「あ、ほら」

沢子は、抱えていたパンを、杏子に差し出す。
「圭が戻れない間、ある食料しか食べられないんでしょ」
杏子は、そのパンを見る。
「食べて。今焼いてきたの」
「私に?」
「そう」
「・・・ありがとう」
杏子は、少しだけ微笑む。
そのパンを受け取る。
云う。
「でも、お礼が何もなくて・・・」
「いいのよ。・・・それより」

沢子は、杏子を見る。

「顔色よくないけど、大丈夫?」
「え?」
「どこか、具合でも悪い?」

杏子は、沢子から目をそらす。

「何かあったら、云って」
沢子が云う。
「じゃなきゃ、圭に、具合悪そうだったよ、て、伝えなくちゃならないし」
「それは・・・」
沢子は、杏子をのぞき込む。

杏子は、何か云いたそうだ。

「遠慮しなくていいのよ」
沢子が云う。
「私、次はいつ来られるかわからないんだから、今のうち」

杏子は少しだけ顔を上げる。

「具合悪そう、て、圭には伝えないでほしいの」
「うん」
「だから・・・」

杏子は、沢子を見る。

「医師様を。・・・高子先生をここに呼んできてもらえないかしら」



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