圭は体を起こす。
外を見ると辺りは暗くなっている。
時間を確認すると、もう深夜に近い時間だ。
隣のベッドでは、杏子が眠っている。
起こさない様に静かに部屋を出ると
居間の灯りが点いている。
「起きたのか」
そこには湶が居て、本を読んでいる。
「久しぶりの我が家だから
妙に目が冴えてな」
湶はテーブルに目配せをする。
「食べられるなら食べておけよ。
あの子がお前の分までつくってくれたのだから」
布をとると圭の分の夕飯が並んでいる。
気分が悪い、と言ったせいか
胃に優しい料理にしてある。
「………」
圭はそれを台所で温め直して、テーブルにつく。
湶は向かい側の席でそのまま
読書を続けている。
へんなかんじ。
そう、思いながら圭は食事を続ける。
席を立つのは逃げるような気がして
少しむきになっている部分もある。
「本当は、父さんも母さんを
お前を置いては行きたくなかったんだ」
本に目を向けたまま湶が言う。
「でも、置いていけ、と言われた」
「………なんだ、それ」
圭も視線を上げずに答える。
昼間ならもっと激昂していたかもしれない。
少し落ち着いたのと、
起きたばかりで頭が上手く動いてないせいだ、と
圭はなげやりな返事を返す。
「うまいやり方だと思うよ。
長い期間、南の村で過ごしても、
必ずこの村に帰ってくる様に」
考えたのは、優さんだろうな、と
湶は言う。
「だから、何が」
「人質」
湶は圭に視線を投げる。
「って言うと言葉が悪いかな。
でも、まぁそんな所だ。
捨てていった訳じゃない」
「それじゃあ、俺じゃなくて
兄さんでも良かったんじゃ!!」
「―――静かに」
湶は奥の、杏子が寝ている部屋を横目で見る。
「………」
「理解しろ、とは言わないけど
事情だけは知っていてくれ」
湶は本を閉じて嬉しそうに笑う。
「なぁ、覚えてないだろうけど、
お前昔は
おにいちゃんって呼んでたんだぞ」
圭は思わず箸を止める。
言われてみれば
つい兄と呼んでしまったような気がする。
「じゃあな、おやすみ」
湶は両親が使っていたという部屋に入る。
どうやらそこを部屋として使うらしい。
「……昔のこととか、覚えて無いし」
圭は残りのご飯をかき込んで食べる。
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