TOBA-BLOG

TOBA2人のイラストと物語な毎日
現在は「続・夢幻章伝」掲載中。

「水辺ノ夢」89

2014年07月29日 | 物語「水辺ノ夢」

圭は体を起こす。
外を見ると辺りは暗くなっている。
時間を確認すると、もう深夜に近い時間だ。

隣のベッドでは、杏子が眠っている。

起こさない様に静かに部屋を出ると
居間の灯りが点いている。

「起きたのか」

そこには湶が居て、本を読んでいる。

「久しぶりの我が家だから
 妙に目が冴えてな」

湶はテーブルに目配せをする。

「食べられるなら食べておけよ。
 あの子がお前の分までつくってくれたのだから」

布をとると圭の分の夕飯が並んでいる。
気分が悪い、と言ったせいか
胃に優しい料理にしてある。

「………」

圭はそれを台所で温め直して、テーブルにつく。

湶は向かい側の席でそのまま
読書を続けている。

へんなかんじ。

そう、思いながら圭は食事を続ける。
席を立つのは逃げるような気がして
少しむきになっている部分もある。

「本当は、父さんも母さんを
 お前を置いては行きたくなかったんだ」

本に目を向けたまま湶が言う。

「でも、置いていけ、と言われた」
「………なんだ、それ」

圭も視線を上げずに答える。
昼間ならもっと激昂していたかもしれない。
少し落ち着いたのと、
起きたばかりで頭が上手く動いてないせいだ、と
圭はなげやりな返事を返す。

「うまいやり方だと思うよ。
 長い期間、南の村で過ごしても、
 必ずこの村に帰ってくる様に」

考えたのは、優さんだろうな、と
湶は言う。

「だから、何が」

「人質」

湶は圭に視線を投げる。

「って言うと言葉が悪いかな。
 でも、まぁそんな所だ。
 捨てていった訳じゃない」

「それじゃあ、俺じゃなくて
 兄さんでも良かったんじゃ!!」
「―――静かに」

湶は奥の、杏子が寝ている部屋を横目で見る。

「………」

「理解しろ、とは言わないけど
 事情だけは知っていてくれ」

湶は本を閉じて嬉しそうに笑う。

「なぁ、覚えてないだろうけど、
 お前昔は
 おにいちゃんって呼んでたんだぞ」

圭は思わず箸を止める。
言われてみれば
つい兄と呼んでしまったような気がする。

「じゃあな、おやすみ」

湶は両親が使っていたという部屋に入る。
どうやらそこを部屋として使うらしい。

「……昔のこととか、覚えて無いし」

圭は残りのご飯をかき込んで食べる。



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「水辺ノ夢」88

2014年07月25日 | 物語「水辺ノ夢」

「圭・・・」

杏子は、閉められた扉を見る。
視線を、床に落とす。

その様子を見て、湶が云う。

「圭なら、大丈夫だって」
「・・・えぇ」

杏子は顔を上げる。
湶を見る。

落ち着いて
改めて見ると

確かに、圭と似た雰囲気。

「お疲れでしょう」
杏子が云う。
「食事を、作ります」

「ありがとう」

「あ、でも。私、野菜料理しか作れなくて・・・」
「東一族は、肉を食べないんだっけ?」

杏子が頷くと、湶が云う。

「南一族は農業が盛んでさ、野菜料理には慣れてる」
「そうなの」
杏子が云う。
「私、東一族の村から出たことなかったから、ほかの一族のこと知らないの」
「東一族の女性らしいね」

湶が云う。

「夕食の時でも聞いてよ、南一族の話」
さらに
「東一族の話も聞きたいな」
「・・・東一族の話を?」

杏子は、ふと

圭からも同じことを聞かれたことを、思い出す。

「どうした?」
「あ、いえ」
杏子は湶を見る。
「圭にも聞かれたわ。東一族のこと」
「圭にも?」

湶は少し、考える。

云う。

「違う一族のことだから、みんな話を聞きたいんじゃないか」

杏子は、圭が持ってきた野菜を取り出す。
「じゃあ、夕食の時に」
「うん」

杏子は、台所に入る。


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「水辺ノ夢」87

2014年07月22日 | 物語「水辺ノ夢」

自宅が見えて、圭は立ち止まる。

祖母とろくに話さずに
出てきてしまった。
誉められた態度ではない、と、圭は自覚している。

決して速くはない圭の足取りに
湶が追い付かないのは
わざと、だろう。

時間をあけて、
圭の考えがまとまるまで
距離を置いているに違いない。

「俺、一人だけ、ばかみたいだ」

みんなそれぞれ理由があるのは
分かっている。
祖母にも湶にも、杏子にも。

なのに、圭だけが
他人を責めて、一人だけ場を乱しているようだ。

「………」

ため息をつきながら
圭は自宅の扉を開ける。

「あ……」

杏子がテーブルから立ち上がり、圭を見る。
圭が床に叩きつけた荷物は
全部片付けられている。

「おかえり、なさい」

杏子は震えながら小さく笑う。
無理に笑っている顔だ、と気づき圭はショックを覚える。

杏子の事を疑ってしまった。
それに
まだ誤解が溶けたことを話していない。
杏子はまだ圭が自分を
疑っていると怯えている。

「……ごめん、誤解だった」

圭は言う。
だけど、祖母の時と同じだ。
きちんと顔を見られない。
思わず目をそらしてしまう。

「いいの」

「私も不用心に人を
 入れてしまったりした、から」

杏子の言葉に圭は顔をあげるが
目線が合いあけたその時
一瞬杏子が目をそらす。

「………っ」

圭は再び視線を落とし、続ける。

「ごめん、俺、少し疲れたから
今日はもう、休むよ」

圭が最初に帰宅した時は昼を過ぎていた。
それから色々とあったが、まだ夕方には早い。

「圭、夕飯は??」

「ちょっと入らない」

あぁ、でも、と
圭は言う。

「やっぱりあの人、俺の兄みたいでさ。
 悪いけど、夕飯は準備してやってよ」
 
それだけ言って、
圭は自室の扉を閉める。

少し、時間が欲しい。
考える時間を。

そう思いながら、圭はベットに倒れ込む。



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「水辺ノ夢」86

2014年07月18日 | 物語「水辺ノ夢」

圭の祖母が、口を開く。

「あんたが、湶を呼んでくれたのかい」
「そうだ」

補佐役が頷くと、祖母は、顔を緩ませる。

「あの子たちが、圭を置いて出て行った理由も、はじめて知ったけれど」
祖母が云う。
「とにかく、こうして会えて、うれしいよ」
その言葉に答えるように、湶が笑う。
「西を出て行った俺たちを責めないんだね、ばあちゃん」
「もちろんだよ」
祖母が云う。
「でも、お前たちの両親が諜報員だなんて・・・」

「諜報員と云っても、危険な仕事じゃない」

湶は、どこまで云っていいものかと、補佐役を見る。
補佐役は、無言で頷く。

「南で、普通に暮らしているだけ」
湶が云う。
「ただ、西から引っ越してきた一家、としてね」

「そう、・・・なのかい」

祖母は、圭を見る。

圭は、何も云わない。
祖母から、目をそらす。



祖母の病室をノックする音。

扉を開けて、高子の研修医が入ってくる。

「お話し中、申しわけないのですが」
研修医が云う。
「薬の時間なので、よいですか?」

「ああ、薬の時間か」

湶が云う。
「じゃあ、また来るよ」
祖母が頷く。
「部屋は、きれいにしてあるから、使えるんじゃないかい」
「家には一度、寄ってきたんだよ、ばあちゃん」
湶は、圭をちらりと見る。
「さすが、独り身じゃない家って感じだった」

湶の言葉に、祖母が笑う。

「圭にはあの子がいるからね」
云う。
「食事の心配もしなくていいだろうね」

湶が頷く。

「ばあちゃん、ゆっくり休んで」

湶は、圭のいる方向を見る。



そこには、もう、圭の姿はなかった。



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「水辺ノ夢」85

2014年07月15日 | 物語「水辺ノ夢」

病室には祖母と、そして村長の補佐役が居た。
言葉に詰まった圭だが、
祖母も補佐役も圭の後ろに視線を向ける。

「湶!!」
「いずみ……かい」

2人が、祖母が彼を見て漏らした言葉に
圭は、衝撃を受ける。

もう、それだけで充分だった。
それが証拠だった。
知らない者の名前を呼ぶ訳がない。

「帰ってきたんだね」

祖母は湶に言う。

「もう、帰ってくることは
無いんだと思っていたよ」

うん。といずみは祖母を労るように
声をかける。

「ばぁちゃん、久しぶり」

圭はそのやりとりをただ見ていることしか出来ない。

自分には兄が、いる。
そして、
何も自分には知らされて居なかった。

「圭」

祖母が圭に声を掛ける。
「……っ」
口を開けば、祖母への非難の言葉が出てきそうだ。
病床の祖母にそんなことをしたくはない。
それでも
祖母でさえ、信じられなくなりそうだ。

「ばあちゃん、なんでっ」
「優(すぐる)さん」

圭の言葉を制するように
湶は補佐役の名を呼ぶ。

「説明してもいいだろう」

補佐役はわかった、と頷く。

「俺たちは、単に情報収集を命じられていただけだ」
「え?」

「南一族では、諜報員として動いていた、と
 言うことだ」
補佐役が続けるように言う。

「「……諜報員」」

祖母と圭は目を見合わせる。
噂だけの存在だと思っていたが、
まさか、本当に居るなんて。

「だから、お前を置いていくときも
 父さん達は本当の理由を説明出来なかった」

湶は言う。

「俺たちのこと覚えてくれていると思っていたけど、
 お前はまだ小さかったから、仕方ないな」

湶の存在を圭は今も信じられずにいる。
それでも、祖母も補佐役も存在を認めている。
そして、
一応の理由まで揃ってしまった。

この状況は何なんだ。と圭は混乱する。

「……帰りたい」

誰にも聞こえない程の声で、ぽつりと呟く。
帰りたい。杏子の待つ家に。

「あぁ、でも」

杏子に酷いことを言ったのだった。

病室には祖母も補佐役の男も、そして湶も居るのに。
まるで、自分一人きりのようだ、と
圭は思う。



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