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「助産婦の手記」40章  子供の誕生に先立つ処世法

2020年09月03日 | プロライフ
「助産婦の手記」

40章

チンメレル奥さんは、十七になる娘を連れて、私のところにやって来た。奥さんの言うには、この娘は、一体どうしたのか、さっぱり見当がつかない。娘は、とても具合の悪いことが非常にたびたびある。月経は、もう長い間、とまっている。でも、それは、そのうち、またずっと強くなるでしょう……しかし、妊娠の疑いがあるということだけは、考えるべきではない。そんなことは、絶対にありっこはない。何かほかのことに違いない、と――

絶対に妊娠は、ある筈はないということは、しかし、私には実際、その確信はなかった。村中のものは、次のことをよく知っている。ロシヤ人の捕虜の一人が、チンメレルの家へ出入りしており、そして最近数ヶ月間は、 大抵そこで夜も過ごしていたということを。彼は、ロシヤの伯爵だそうである。実際、彼は非常な大金を自由にし、従って何でもすることができた。彼は今でもまだ、ロシヤに帰らないで、町のホテルに住んでおり、そして時々自動車を走らせてやって来るのである。彼は、ロシヤに帰るべきか、またはパリに移住すべきかについて、父親からの通知を待ち受けているのだと、チンメレル奥さんは、村中に吹聴した。そして、この問題が決定するや否や、彼は娘のパウラと結婚するはずだと。『あのロシヤの伯爵が、私の娘と結婚することは、あんた御存知でしょう? それなのに今、この娘の体具合がよくないという不運です……いつ何時、出発することになって、大きな幸福が転がって来るかも知れないというこの今…』
『チンメレル奧さん、もし娘さんが妊娠していないという自信がおありなら、娘さんを連れてお医者さんへ行かねばなりません。私としては、本当に、あなたに何も忠告してあげることはないんです。』
『でも、一度見てやって下さってもいいでしよう……医者の前では、娘はとても恥かしがるんですから……』
『しかし、娘さんは、その……ロシヤ人と適当に、交際していらっしゃったんですか?』
『でも、そうしていても何事も起らなかったんです。あの人は、娘と確かに結婚するんです。あの人は、実によい相手です。そして二人はまだ若く快活です。実際、戦争中は、誰にしても、非常に多くの事に不自由を忍ばねばならなかったのでした……特に若い人たちは。そういうわけですから、まあ彼らに少しばかり自由を与えてやらねばならないのです……』
『そこで、あなたは、その男を静かにあなたの娘さんのところで泊らせたのですか? そして御主人は? 一体、御主人は、それについて、どう言われたんですか……?』
『何も言うことは、ありません。もちろん、主人は一人娘の幸福の邪魔はしません。私たちは、快くあの人を喜ばしてやっているのです。二人は確かに結婚するんだし、そうすれば一緒になるんです。』

それは、実際、大した診察を要しなかった。事実は、非常に簡単かつ明瞭であった。妊娠四、五ケ月であった。
『そんなことは、決してありません!』と、母と娘が同時に叫んだ。『全くありません!』
『では、もう四ヶ月待っていらっしゃい――すると、私の主張の正しい証拠を御覧になるでしょう。』
『全くそんなことはありません! どんな事情でも、子供は生れてはならないんです! 私たちは、恥をかきたくないんです!……』母親は今や、怒りだした。
『じゃあ、なぜあなたの御意見では、子供が生れるということはないのか、どうかお聞かせ下さい。』

母と娘は、狼狽した。私は、その様子で、良心に疾しいところがあるのを確かに認めた。あのようには言っても、彼女たちは、その心のどこかの片隅で、少しばかり恥じているのは、明らかであった。たとえ、処世法上の道徳や羞恥心というものは、彼女たちにあっては、実際もはやあまり多く見いだし得べくもなかったのではあるが。とうとう彼女たちは、こう打ち明けだした。
『宅の主人が戦場から帰って来たときは、主人も、ほかの人たちと同様に、非常に賢くなっていて、どうすればよいか知っていました。で、それから私たちは、娘にも知らせてやったのでした。』
『そして、わたしは、いつもその通りにして来たのです。ですから、全くそんなことはないんですよ……』と、娘は、つけ加えて言った。
『親というものは、子供が恥をかかないように、保護してやらねばなりません。私たちは、大へん愚かな世渡りをして来たのですから、娘には、そうさせてはなりません。娘が堕落して、後で私を非難するようなことがあってはならないんです……』

しかし、私の心臓は殆んど停った。もしも親たちが、年の若い自分の子に対して、「何事も起らないように」、予防薬をその手の中に押しつけるのであるなら――私たちは、若い人たちから、一体、何を期待し得るであろうか……
『チンメレル奥さん、その予防薬をお子さんにお与えになったとき、あなたは、お子さんに対して罪を犯したんだということを実際お感じにはならなかったのですか? あなたは、お子さんに、あの日ロシヤ人との交際をやめさす代りに、その薬をもって、あの男との不品行を挑発なさったのですよ! そこで、あなたは、お子さんに対して、あらゆる道徳的支えをぶちこわし、そして娼婦にしてしまったんです……』
『結婚しさえすれば! ああ、どんなにあなたが言われようとも、そこには、何事もないんです。何事も起らないように注意しさえすれば! あんたは、私がそのような求婚者を断わるのを、まさか期待しているわけじゃないんでしょうね? 今日の時代に……そんなに多くの娘たちが、夫を得られないときに……そのような相手! あんたのおっしゃるようなことは、実際、子供のない婦人でなければ、言えるものじゃありませんよ。母親なら、自分の子のために、そんな処置はとりませんよ。』
『すべてそんな薬剤は、無条件に信頼できるものでないということは、お聞きになったことは、ないんですか? それを使っても妊娠が起り得るということを? このことは、あんたは、嫌でも応でも、確かに信じねばならないでしょう……』
『妊娠することはありません! 恥は、私の家には、やって来てはいけないんです……』
『何ですって? ここで恥とは、どういうことですか? 娘さんが、ロシヤ人と娼婦のように暮らして来たということ――あなたと御主人が、お宅の中でそんな行いを許し、引き起し、そしてあらゆる方法でそれを促がしたということ――あなたが、娘さんに対して、全く無制限に不品行に耽ることのできる薬剤を御自分でお与えになったということ、それが確かに、関係者の全部にとっての共同の恥辱です。しかし、いま子供が生れるということは、それはただ、あなた方のやり方の結果に過ぎません。子供と、そしてその誕生が、恥ではなく、それに先立つ処世法が恥なのです。そのことは、あんたはどうしても、一度よく明瞭にして置かねばなりませんね……』

今どきの人間は、奇妙な観念を持っている。数日前に、三十七になる女中が妊娠の身で、私のところへやって来た。『しかし、クララさん。』と私は言った。『どうしてあなたはまた、三十七にもなって、そんなことが出来たんですか……』これに対して、彼女は全く驚いて答えた。『私が三十七で妊娠したとしても、それが一体どうしたと言うんでしょうか! ――ほかの人たちは、二十でもう子供があるのに…』
チンメレル奥さんとその娘さんは、帰り支度をした。そのとき、母親は、私に意地悪げに、捨てぜりふを言った。
『私たちは、どうしても子供は、いらないんです。あんたは、一体それをどうお考えですか……』
『私は、赤ちゃんが生れることに対しては、責任はありませんよ、チンメレル奥さん。もし伯爵が娘さんと結婚なさるつもりなら、赤ちゃんが正式な婚姻から生れ、そして正しい名前を持てるように、すぐさま結婚すベきです』
『そしてパリかペテルスブルグヘ、乳飲児(ちのみご)をかかえて旅行するというんですか!』
『もし、そうしたくなければ、赤ちゃんをお手許に置いて養育なさったらいいでしょう。』
『いえ、子供は私の家へは、入れません。みんなが、私たちに後ろ指をさすんです! あの人たちは、全く大変な、やきもち屋なんですからね……』
『このことは、もちろん、前もってよく考えるべきだったんです。今でもまだ四ヶ月ありますから、赤ちゃんが生れる前に、あのロシヤ人と、このことについて、話をつけてお置きなさい……』
『その子は、どうあっても、生れてはいけないんです、知ってるくせに!』と、母親は、今や憤りのために我を忘れて叱りつけた。『婦人というものは、今日では、自分の体を処分する権利があるんです。我々は、あんたの世話にならなくても、何とかして行きますよ!』
『あなたは、しかし、事情を見誤っていますよ。私は、正式な結婚によらぬ妊娠をすべて少年保護局に報告する義務があるんです。私は、きょうのうちでも、そうするでしょう。なぜなら、赤ちゃんの生命が、あなたの口振りによると、危険に陥っているからです。それから先きのことは、自然の成り行きのままになるでしょう。とにかく、あなたは、今まで、ロシヤ人と娘さんとの交際をお宅の中で許し、しかもそれを促進なさったのですから、その媒介の廉(かど)で、あなたは御主人と一緒に、刑務所に入れられる覚悟をしていなければなりません。そこで、私は切にあなたに忠告しますが、堕胎によって、あなたの立場をもっと悪くしないようにして下さい。
また、想い起していただきたいことは、それは人間の生命に関するものだということ、「汝、殺すなかれ」という天主の掟は、まだ生れないものに対しても保護を与えるということ、そしてあなたは、子供の霊魂に対して責任を負うということです――もっとも、それは、あなたの今の態度では、どうしても効果を生じませんがね。』

刑務所という言葉が出たとき、 チンメレル奥さんの傲慢な自信は、消えうせた。またそれが目的で、私は言ったのだ。こういう場合には、どうしても、物を打ち貫ぬく大砲を並べねばならない。
『どうか、そんな話は、しないで下さい……それは、ほんとにお骨折りに値いしませんわ……』
『それは人間の生命に関することですから、私にとつては骨折り甲斐があるんです。私は、その妊娠のことを報告せねばなりません。それは職務上の命令です。さあ、これから先きがどうなるかは、あなたの掌中にあるわけです……』
『あなたは、ほんとに私の娘の妊娠を書き留めておいて下さってもいいですよ……もし、そうせねばならぬのなら……私たちはその子を乳児院に入れます……』
『娘さんは、分娩のために、ある施設にはいることもできますよ。その費用は、伯爵さんが出してくださるでしょう……』

その後間もなく、伯爵閣下が、後かたもなく消え去った。こんなことは、少し人生の経験のある人なら、誰でも予見できた一つの変化であった。今や後らは、恥じの上に、さらに嘲りを受けた。そして人々は、その両親に実際、同情することはできなかった。今日に至るまで、その娘は、この村で、伯爵夫人と呼ばれ、そして子供のハインツは、伯爵嗣子ということになっている。この子は、あのロシヤ人からの財源が、そんなに急に干あがった時に、自宅で全く慎ましやかに生れた。私は、今日になってもまだ謝礼金をもらっていない。私は、それは彼らの仇討ちだと信じている。なぜなら、私は、言わば、彼等をして無理やりに子供を生存させたからである。しかし、このことを、私は後悔していない。

その母と娘は、非常に仲が悪い。その娘は、今や自分の不幸の全責任を親になすりつけている。
『もし、あなた方が、私にあの呪わしい薬を下さる代りに、あの男を家から放り出して下さったなら……その薬は、何の役にも立たかなかったのに! そのために、この不幸が起ったのですよ。あの薬をもらったその日に、私は堕落したんです。それから、あの男は私を掌中に握ったんです……男たちが、私たちから最後のものを奪ってしまうと、私たちを好き勝手にするんです。』と。
『親に責任があるんです、あなた方にだけ! あなた方は、私をもっとよく保護し、違った教育をすべきだったのです…』いかに多くの親たちに関して、この非難の言葉は、後々までも、その墓を越えて、永遠の彼方にまで、響いてゆくことであろうか……





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