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【書評】谷口幸紀神父の書評「『LGBTとキリスト教―20人のストーリー』を読んで」を読んで(1)

2023年03月03日 | プロライフ

【書評】谷口幸紀神父の書評「『LGBTとキリスト教―20人のストーリー』を読んで」を読んで(1)

「LGBTとキリスト教――20人のストーリー」という本については、その存在を知っていた。菊地大司教の書いたコラムについて言及したこともある。

しかし谷口神父はそれの書評を書いていた。谷口神父の書評について知ったのは、日本カトリック正義と平和協議会の「声明文」のおかげだ。谷口神父は自分のブログで「問題」の書評の全文を公開し、紹介している。それを読むと、この書評では問題を深く取り扱っていることがわかる。何故、日本で働いている二人の司教がこの書評を断罪しなければならないのかわからない。

書評「『LGBTとキリスト教―20人のストーリー』を読んで(上)」には、〈不都合なケース〉が紹介されている。

女性たちや子供たちはどう身を護ればいいのか?

谷口神父が指摘しているのは、「客観的で生物学的な基準に基づく外見上の男性(あるいは女性)」がなんであろうと、「自己申告による自認男性(あるいは女性)」に従って、社会も行政も「自認」に従って取り扱わなければならず、そうしないと罰せられる法律が生まれている、ということだ。

つまり「見た目は男性の自認女性」が、「見た目も女性の自認女性」の更衣室やシャワー室、温泉の女風呂に裸で闖入(ちんにゅう)し、レイプ事件が頻発している現実がある。

スポーツの世界では「見た目は男性の自認女性」が「見た目も女性の自認女性」に勝ち、優勝する。

さらにひどい被害者は子供たちだ。アメリカなどでは、子供たちにジェンダー・イデオロギーを押し付け、「男の子でも女の子でも、どちらでも好きなほうになれる」誘導して、その子の「自認した性」に誘導し、手術を含めて固定化しようとすることが行われている。

性自認の法律ができた場合、女性と子供たちにとっては、自分を守ってくれるものがなくなってしまう。

そればかりか、トランスジェンダーだったその人たちが、トランスジェンダーしたことを苦しみ後悔し自殺率が増加している。彼らは元に戻って幸せになっているという事実がある。

ヨーロッパの一部の国では、法律は、父、母ではなく「親1」「親2」と呼ばれている。父あるいは母だと自認している人々でさえ、自分たちのアイデンティティが認められなくなっている。

客観的な基準で判断するのは差別か?

男女を外見や遺伝子で判断すると差別とされるならば、その論理に従うなら、年齢による区別も差別になるだろう。なぜ未成年は結婚できないのか、なぜ老人だけが定年があるのか、「年齢自認」も認めなければならなくなる。年齢だけではない。学歴も差別だ。資格も差別だ。入試も差別だ。「自認医者」にも開業させろ。俺は「自認国会議員」だ、「自認聖徳太子の子孫」だ、という話に発展する。なぜ「自認女性」は認めて、ほかの「自認」は認められないのか?

まちがった原理を認めるならば、その論理的な結果も全て受け入れなければならなくなるからだ。

外国では、15歳の少女を自認する31歳トランス男性が他の女子と一緒にシャワー浴びる事を許可されたそうだ。これも受け入れなければならなくなる。

「埼玉県LGBT条例基本計画案に対するパブコメ」では、ほとんどの声が反対だった。しかしそれらは全く無視された。つまり「パブコメ」は形式だけで、LGBTの声だけを聞くためにあり、女性の声をきくためにあったのではなかったのだ。

富士見市議会議員 加賀ななえは、安全を求める女性の声が「差別」とされたのに驚き、女性の人権、生存権が尊重されていないことに声を上げた。https://twitter.com/Nanaekaga/status/1629798035726409734?cxt=HHwWjIDR8bWrmp4tAAAA

(続く)

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聖フランシスコ・ザビエルが求めていたのは、霊魂たちを救う、そのためにイエズス様の愛を伝える、御聖体の信心を伝える、マリア様の愛を伝えることだった

2023年03月03日 | お説教・霊的講話

2022年12月3日初土、修道院、説教

聖父と聖子と聖霊の御名によりて、アーメン。

愛する兄妹姉妹の皆様、まず総長様と事務総長の来日の時に、皆様の寛大な歓迎と援助とサポートを頂きました。…、侍者の方々、また聖歌隊の方、影でサポートしてくださった皆様に心から感謝致します。…、この訪問の時に皆さんから受けた歓迎を非常に感謝していて、この日本のミッションを支えてくださっている皆様にどのように御礼をしたよいかわからない、言葉では足りない、と仰っていました。
日本から、日本人の司祭が、また日本人のシスターがたくさん出るように、シスターはすでにもういらっしゃるのでもっとたくさんの、特に司祭が日本から出ますように、お祈りいたしましょう。

きっと必ず多くの司祭が生まれるだろう、そして日本のカトリック聖伝は発展するだろう、と仰ってくださいました。ですから皆さんには感謝の言葉をお伝えするのをお許しください。

今日は、聖フランシス・ザビエルの祝日です。日本に初めて福音を、イエズス様の御聖体を、そしてマリア様を伝えに、はるばる日本に来てくださった最初の宣教師の祝日です。日本に来た最初の宣教師は偉大な大聖人でした。

聖フランシスコ・ザビエルが日本に来て思ったのは、日本人が非常に知的に、天主について真理について探し求めているということです。そしてこの民族こそイエズス様を受け入れることができる人々だと思っていました。

聖フランシスコ・ザビエルが求めていたのは、霊魂たちを救う、そのためにイエズス様の愛を伝える、御聖体の信心を伝える、そしてマリア様の愛を伝えるということでした。日本に最初に来た時に持ってきたものは、御聖体とマリア様でした。マリア様の御影が特に鹿児島の島津のお殿様のお母さんの心を開いて、宣教の自由を受けることができました、マリア様が開いてくださいました。

聖フランシスコ・ザビエルが教えたのは「御聖体は賛美せられさせ給え」という合言葉でした。そしてこれは、殉教者の殉教の時の最後の祈りとなって、またカトリックの人たちが苦しい迫害を堪え忍ぶ合言葉となりました。是非この聖フランシスコ・ザビエルの御聖体とマリア様に対する愛が私たちに伝わって、そして私たちもこれをもっとも大切に伝えていくことができますように、お祈りいたしましょう。

今日この御ミサ、聖フランシスコ・ザビエルが捧げたミサと全く同じミサですし、またこのミサの直後に御聖体降福式もあります。そしてマリア様の汚れなき御心に対する信心も行います。まさに聖フランシスコ・ザビエルの祝日にふさわしい、しかも今年は列聖四〇〇周年ですから、ふさわしい一日を過ごすようにお祈りいたしましょう。

聖父と聖子と聖霊との御名によりて、アーメン。


--このブログを聖マリアの汚れなき御心に捧げます--

アヴェ・マリア・インマクラータ!
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