ガニョン枢機卿による使徒的視察訪問
しかしもちろん、ルフェーブル大司教は頑固で融通が利かない人ではない。彼は、7月28日にローマが出した提案についてあらたに検討に検討を重ねた。
「私にはもう声明を発表するよう要求されていません。彼らはミサなり、司教なり、比較的自律的な教会法に基づいた構造なり を私に与えると言っています。視察官派遣を提案しています。ローマが私たちの事を良く知る為に、私はこの視察官を送って欲しいと昔から長い間働きかけてきました。」
さらに8月、マルセル・ルフェーブルに好感を抱いていたアカデミー・フランセ会員ジャン・ギトン氏が、ラッツィンガー枢機卿のもとに介入し、枢機卿視察官はただ現地調査の為だけに行き、聖ピオ十世会に対し如何なる権限も持たないことを要求した。
オッディ枢機卿はこの要求を支持し、さらにラッツィンガーは同意を示した。このことは、エリック・ドゥ・サヴァンタン氏を通してルフェーブル大司教宛の手紙によって伝えられた。
運命の天秤を傾けるのは、たいした重みもないような出来事だ 。10月3日、大司教は皆の前で方向転換を行った。4千人の信徒達がエコンに集まり、大司教の司教聖別40周年を彼と共に感謝した。そこには、エコンやツァイツコーフェン、そしてフラヴィニーの全神学生たちが出席し、さらに多くの司祭と、友人の修道士たち---その中にドン・ジェラールも含む---がいた。大司教はこの大衆に向かい、幾つかの特別に思える解決策が提示された”事を伝えた。
「かすかな希望の光です。」と慎重に彼は言った。しかし、
「もしローマが、私たちに真の自律を与えるのを望むなら、私たちが今持っているそれ、ただしそれに服従を加えての自律を希望します。‐私たちは教皇聖下に服従をすることを望みますし、それを常に希望していました‐(…)そしてもしローマが聖伝の実験を私たちに許してくれるなら、もはや問題は存在しないでしょう。 」
メディアがこの「突発事件」を報じ、「対話の再開」というニュースを拡散した一方で、聖伝主義界は激しい感情に揺れ動いた。多くの者は“言語に絶する喜びに満たされ”、大半の者は“安堵”で胸を撫で下ろし、またある者は“用心深い希望”を抱いた。その合間、シュミットバーガー神父は “一切の偽りの解決策から我々が守られるように”童貞聖マリアへの祈りを要請した。
最終的に、11月11日、家庭評議会議長エドゥアール・ガニョン枢機卿がエコンに到着した。微笑みを絶やさず、親切で、忍耐深く控えめな彼は理想的な視察官だった。大司教の事業に対する好感を彼は決して隠す事はなかったし、聖スルピス会の司祭として、司祭養成に深い関心を抱いていた。大抵の場合は闇の実力者であるルクサンブルグ人のモンシニョール・カミーユ・ペルル(Camille Perl)に付き添われて、彼はフランス、スイス、ドイツ各国の聖ピオ十世会の主要な施設とその他の友好的修道会の修道院、つまり支部修道院や学校、さらに神学校や青年団体及び修練院などの施設を視察訪問した。
彼は行く先々で満足していた。それだからこそ、満足したという報告のみではなく、解決策の計画も含めてローマへ持ち帰えろうと努めていた。彼は、面会した司祭たちに尋ねた。「どのような解決策をお考えですか?」彼らの常なる誠実な回答は、“聖ピオ十世会司祭が司教に聖別されるべき“というものだった。その時、彼の顔つきは暗んだ。
この視察訪問は12月8日にエコンで終了し、その日、この枢機卿は聖職停止処分を受けた大司教司式の司教ミサに公然と与り、廃止されている聖ピオ十世会で、若き神学生たちが立てる誓約式に立ち会った。神学校来訪者の帳簿に彼はこう記入した。
「この場所ですばらしく達成されている司祭養成の事業が、広くカトリック教会の生命の為にもその影響力を広げるために、我々が捧げる熱烈な祈りを、汚れなき童貞聖マリアが聴きいれて下さいますように。」
【聖ピオ十世司祭兄弟会 (FSSPX) 創立者 ルフェーブル大司教 伝記 目次】
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しかしもちろん、ルフェーブル大司教は頑固で融通が利かない人ではない。彼は、7月28日にローマが出した提案についてあらたに検討に検討を重ねた。
「私にはもう声明を発表するよう要求されていません。彼らはミサなり、司教なり、比較的自律的な教会法に基づいた構造なり を私に与えると言っています。視察官派遣を提案しています。ローマが私たちの事を良く知る為に、私はこの視察官を送って欲しいと昔から長い間働きかけてきました。」
さらに8月、マルセル・ルフェーブルに好感を抱いていたアカデミー・フランセ会員ジャン・ギトン氏が、ラッツィンガー枢機卿のもとに介入し、枢機卿視察官はただ現地調査の為だけに行き、聖ピオ十世会に対し如何なる権限も持たないことを要求した。
オッディ枢機卿はこの要求を支持し、さらにラッツィンガーは同意を示した。このことは、エリック・ドゥ・サヴァンタン氏を通してルフェーブル大司教宛の手紙によって伝えられた。
運命の天秤を傾けるのは、たいした重みもないような出来事だ 。10月3日、大司教は皆の前で方向転換を行った。4千人の信徒達がエコンに集まり、大司教の司教聖別40周年を彼と共に感謝した。そこには、エコンやツァイツコーフェン、そしてフラヴィニーの全神学生たちが出席し、さらに多くの司祭と、友人の修道士たち---その中にドン・ジェラールも含む---がいた。大司教はこの大衆に向かい、幾つかの特別に思える解決策が提示された”事を伝えた。
「かすかな希望の光です。」と慎重に彼は言った。しかし、
「もしローマが、私たちに真の自律を与えるのを望むなら、私たちが今持っているそれ、ただしそれに服従を加えての自律を希望します。‐私たちは教皇聖下に服従をすることを望みますし、それを常に希望していました‐(…)そしてもしローマが聖伝の実験を私たちに許してくれるなら、もはや問題は存在しないでしょう。 」
メディアがこの「突発事件」を報じ、「対話の再開」というニュースを拡散した一方で、聖伝主義界は激しい感情に揺れ動いた。多くの者は“言語に絶する喜びに満たされ”、大半の者は“安堵”で胸を撫で下ろし、またある者は“用心深い希望”を抱いた。その合間、シュミットバーガー神父は “一切の偽りの解決策から我々が守られるように”童貞聖マリアへの祈りを要請した。
最終的に、11月11日、家庭評議会議長エドゥアール・ガニョン枢機卿がエコンに到着した。微笑みを絶やさず、親切で、忍耐深く控えめな彼は理想的な視察官だった。大司教の事業に対する好感を彼は決して隠す事はなかったし、聖スルピス会の司祭として、司祭養成に深い関心を抱いていた。大抵の場合は闇の実力者であるルクサンブルグ人のモンシニョール・カミーユ・ペルル(Camille Perl)に付き添われて、彼はフランス、スイス、ドイツ各国の聖ピオ十世会の主要な施設とその他の友好的修道会の修道院、つまり支部修道院や学校、さらに神学校や青年団体及び修練院などの施設を視察訪問した。
彼は行く先々で満足していた。それだからこそ、満足したという報告のみではなく、解決策の計画も含めてローマへ持ち帰えろうと努めていた。彼は、面会した司祭たちに尋ねた。「どのような解決策をお考えですか?」彼らの常なる誠実な回答は、“聖ピオ十世会司祭が司教に聖別されるべき“というものだった。その時、彼の顔つきは暗んだ。
この視察訪問は12月8日にエコンで終了し、その日、この枢機卿は聖職停止処分を受けた大司教司式の司教ミサに公然と与り、廃止されている聖ピオ十世会で、若き神学生たちが立てる誓約式に立ち会った。神学校来訪者の帳簿に彼はこう記入した。
「この場所ですばらしく達成されている司祭養成の事業が、広くカトリック教会の生命の為にもその影響力を広げるために、我々が捧げる熱烈な祈りを、汚れなき童貞聖マリアが聴きいれて下さいますように。」
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