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東北2,500kmかけ足6日間の旅 その1

2015-08-30 17:51:10 | 観光
昨年に引き続き東北の旅に友人と出掛ける。
早朝、我が家を出発、東名から都内を経由、東北自動道を古川ICで降りる。
昨年は東北自動車道から太平洋側を北上したが、今回は、古川から鳴子経由で奥の細道湯けむりラインを通って、日本海側を北上する7日間の旅を計画した。


小町堂   湯沢市小野
小町の霊を祭るために建立された御堂は、深草少将が小野小町に贈った芍薬を植えた芍薬塚の跡に建つ。
 

「道の駅」おがち小町の里   湯沢市小野字橋本90
建物も小町の旅姿である「市女笠(いちめがさ)」をモチーフにデザインされている。
 

増田の内蔵群   横手市増田町増田字本町
「中・七日町商店街」の約400m通りは、豪華な蔵が現在も50軒以上残っている(国登録有形文化財4軒19棟)。うち15軒が公開。


平鹿町八幡神社   横手市平鹿町醍醐字宮西118
当地の彫師・中島重栄さんの見事な彫刻(1892(明治25)年の作)が本殿あると云うので訪れる。
802(延暦21)年、坂上田村麻呂が伊豆三島大社神を勧請した。
 

旧日新館   横手市城南町7-1
1902(明治35)年、英語教師の住居。明治期の洋風建築の特色をよく残している素木造りの簡潔な住宅。
 

>「道の駅」雁の里せんなん    仙北郡美郷町金沢字下舘124
日本最大級の横手盆地日本最大級の横手盆地の中心にある。
「後三年の役(西暦1083年)」合戦の地でもあり、源義家は、清原軍30余騎を討ち取ったという「雁行の乱れ」の逸話からとる。愛称を雁太郎。
 

払田(ほった)柵跡   大仙市払田字仲谷地96
平安時代の城柵遺跡で、国の史跡に指定。文献資料にその名がないため、「幻の柵」とも呼ばれる。
軍事施設と行政施設の役割を果たしたと考えられる。外棚、南門、東門、一部の建物が復元されている。
 

-----1泊目は横手で泊まる-----


角館武家屋敷通り   角館町表町上丁~東勝楽
往時の武士の町であり、600mの武家屋敷通りには昔のままの薬医門、黒板塀など武家屋敷が続く。6軒が残り、一帯が国重要伝統的建造物群保存地区。
 

旧奈良屋住宅   秋田市金足大字小泉字上前8
茅葺き屋根や板塀が目を引く江戸中期の豪農の家。
 

秋田市民俗芸能伝承館(ねぶり流し館)   秋田市大町1-3-30
竿燈、土崎神明社曳き山行事、梵天など民俗行事や伝統芸能を紹介。
 

秋田市立赤れんが郷土館   秋田市大町3-3-21
旧秋田銀行本店本館として明治末期に建築された華麗な洋風建築。吹き抜けのホール。国重要文化財。
 

赤神神社五社堂   男鹿市船川港本山門前字祓川35
なまはげが一夜で築いたという伝説の999段の石段。江戸時代の中頃の五棟の社殿。向拝、屋根、柱、組み物などに珍しい工夫が見られる。
吉永小百合さんのCMに登場。
   
入道崎   男鹿市北浦真山字水喰
男鹿半島北西端に位置し、日本海に突出する岬で、日本海の荒波の波食によって築かれ、落差30mもある荒々しい海岸を見せる。地上には穏やかな草原が広がり対称的。北緯40度線上にある。
 

真山(しんざん)神社   男鹿市北浦真山字水喰97
 

なまはげ館   男鹿市北浦真山字水喰
100以上のなまはげを堪能できる。
 

男鹿真山伝承館   男鹿市北浦真山字水喰沢97
男鹿地方の典型的な曲屋民家。なまはげにまつわる風俗、農具類など民俗資料の展示もある。30分毎に「なまはげ習俗学習講座」が開かれ、男鹿真山地区で大晦日に行われるなまはげ行事についての解説や再現がある。なお、当地のなまはげは真山神社の関係から角がない。
 

お殿水(「道の駅」はちもり)  山本郡八峰町八森乙の水72-4
津軽の殿様も絶賛した白神山地から湧き出る名水。日本海の水平線を見渡す展望台。背後にはそびえる白神山地。
 

日本海へ沈む夕日   西津軽郡深浦町大字黒崎字宮崎
深浦は、夕日の撮影スポットとされ、海に沈む真っ赤(オレンジ)な夕陽はとても綺麗で、水平線に触れる時に「ジュッ」と音がするなどと当地では形容されている。
 

白神岳   西津軽郡深浦町大字黒崎字宮崎
世界自然遺産・白神山地の中心的な山。15年前の夏、7人で海抜0mから1,250mに登る。山頂にはトイレと避難小屋があり、白神山地核心地域の雄大な景色が望める。今も山頂の小屋は変わらないという。
 
   神の恵みの 賜物でしょう  北に息づく ブナの原生林(もり)よ
     谷の湧き水 アオモリマンテマ  世界中の人に 届けたい
     白神山地 秘めて豊かに  美しい 宝物
 
【白神山地の詩 唐土久美子さん(世界自然遺産登録記念)】


白神岳登山口駅   西津軽郡深浦町大字黒崎字宮崎
五能線の観光路線化に伴い陸奥黒崎駅から改称。駅舎なく待合所のみ。
 

ふかうら文学館   西津軽郡深浦町大字深浦字浜町134
太宰治の宿、小説「津軽」の旧秋田屋旅館。
 

-----2泊目は深浦で泊まる-----


千畳敷海岸 西津軽郡深浦町北金ケ沢字榊原
JR千畳敷駅下車すぐ、「日本の夕陽百選」。その昔、殿様が千畳の畳を敷き酒宴を催した岩棚。
 

岩木山
青森県の最高峰。日本百名山。津軽富士とも呼ばれる。津軽岩城スカイラインで8合目。
15年前、白神岳、森吉山、3山目に岩木山に登る。その時、一眼レフを忘れていった苦い思い出がこの駐車場にはある。帰宅後最寄りの駐在所に届を出したが出てこなかった。
 

岩木山神社 弘前市百沢字寺沢27
杉木立と建物の調和が美しい。重要文化財。安寿姫と厨子王の霊も祀られる
  

高照神社 弘前市高岡字神馬野87
津軽を統一した藩祖、津軽為信と4代を祭る。国重要文化財建物。
 

最勝院五重塔   弘前市銅屋町63
津軽統一の際に戦死した敵味方の将士らを供養する目的で建立。その近くには、平和の鐘、一突き鳴らすと旧市街中に聞こえるという。
   

弘前城   弘前市下白銀町
天守は石垣工事のためジャッキアップが一週間前に開始された。今月末から10月にかけて70m離れた本丸まで曳家される。100年ぶりの大工事が始まっている。
 

石場家住宅   弘前市亀甲町88
江戸時代後期の商家で、重要文化財に指定。雪国特有のこみせの味わいがある。たまたま見つけた弘前大学のポスター、このポストの脇で撮っている。
 

大円寺   南津軽郡大鰐町蔵館村岡12
「大鰐の大日様」として篤い信仰を集める。仏像が多く並ぶ本堂の中央一番奥に国指定重要文化財「大日様(阿弥陀如来)」
 

盛美館   平川市猿賀石林1
庭園を眺めるために建てた和洋折衷洋式の建物。和洋と洋風、判然と異なった様式が上下に重なる建物は珍しく、我が国では他に例がない。
日本建築をシリーズで紹介するTV番組で放送され、これを見て是非にと思ったところだ。
 

田舎館村田んぼのアート   南津軽郡田舎館村大字田舎舘字中辻123-1
1993年、村おこしのひとつとして役場裏手の田んぼで始められた。
 

黒石市のこみせ通り 黒石市中町
伝統的建造物とアーケードが藩政時代から残る。全国的にも類例がない。国指定重要文化財の「高橋家住宅」や 造り酒屋などが並んで風情がある。右、中村亀吉酒造の建物はは大河ドラマのロケ地。
 

楠美(くすみ)家住宅   五所川原市大字持子沢字隠川695-4
江戸時代は藩と関係があったといわれ、製材業を営んでいた楠美家、主屋は明治25年頃に建てられた茅葺寄棟屋根の大型民家。閉館時間となって内部は見られなかった。(狼野長根公園内)
     

旧平山家住宅   五所川原市湊字千鳥144-1
国指定重要文化財。1766(明和3)年再建、寄棟造(玄関部切妻造)茅葺の住宅で、土間部も含めて十七間あり、規模が大きい。津軽地方の上層農民が生活した18世紀後半の規模をほぼ原形の儘伝えている県内の数少ない建造物。残念ながら休館日。
 

斜陽館と町並み   五所川原市金木町朝日山412-1
新田開発で富を得た津島家が建てた建物で、小説家太宰治の生家である「斜陽館」。この辺りに豪農・豪商が競って建てた豪邸の名残が点在するという。右は津軽三味線会館
 

立佞武多(たちねぷた)の館   五所川原市大町21-1
4階まで吹き抜けの展示室で、高さ23mの巨大な立佞武多を展示。スクリーンで祭りの映像も。
 

-----3泊目は五所川原で泊まる-----


 
《東北2,500kmかけ足6日間の旅 その2》へ続く




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