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亀戸天神の藤見物

2015-04-25 18:29:18 | 東京散策

天神様と言えば「梅」がつきものだが、亀戸天神は境内に梅の木はあるものの、何故か「藤」が有名になっている。
歌川広重作の名所江戸百景(夏の部)「亀戸天神境内」に描かれている太鼓橋をバックにした藤の花の浮世絵が有名であるが、何時だったか、境内のどの位置から描いたのかTVの放送があった。そんな番組の印象が強く、今回亀戸天神の藤の花見物になった。

この浮世絵について調べていくと、初擦り(上の浮世絵)で摺師がミスをしていたようだ(?)。太鼓橋下の色を見ると池の色で塗っている。ここは空のはずだ。
下の後刷りの浮世絵では太鼓橋の下は空と同様な色となっている。

亀戸天神は菅原道真の末裔であった神官が、天神信仰を広めるため諸国を巡り1661(寛文元)年、江戸の本所亀戸村にたどり着いた。村には元々天神の小祠あり、そこに道真ゆかりの天神像を奉祀したのが始まりとされる。
当時、徳川幕府は明暦の大火による被害から復興を目指しており、四代将軍家綱がここ本所の鎮守神として祀るよう現在の社地を寄進した。そして1662(寛文2年)、太宰府天満宮にならって造営される。
          
大鳥居をくぐると、心字池があり、3つの橋が架けられている。池と橋を人の一生に見たてている。
最初の太鼓橋(男橋)は生きてきた過去を、次の平橋は今が見える現在を、最後の太鼓橋(女橋)は希望の未来を現わしている。



男橋                                       女橋





























幸運を招く鷽(うそ)
普段から知らず知らずのうちに使う「嘘」を、天神さまの「まこと」に替えていただき、正しい幸運を招く意味から初天神の1月24、25日に、家で祀っていた木彫りの「鷽」を新しい「鷽」に取り替える神事が鷽替え神事。現在では、凶事をうそにして幸運に替える開運、除災招福のお守りとして授かっている。
鷽は天神ゆかりの鳥といわれる。
          
塩原太助奉納石灯籠
愛馬「青」との別れで知られる塩原太助が奉納した石灯籠1基、本来は1対であったようだ。1781(天明元)年奉納。
太助は上野国沼田出身で、本所相生町で薪炭問屋を営み成功した人物。
           

TVの報道で見ごろが週末と話していたので急いで予定を組んだのだが、藤の花を観ると満開にはなっていなかった。

訪れた日:4月24日


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