梅之芝居日記

歌舞伎俳優の修行をはじめてから15年がたちました。
日々の舞台の記録、お芝居ばなし等、お楽しみ下さい。

お知らせです

2008年07月12日 | 芝居
第14回『稚魚の会 歌舞伎会 合同公演』、および第10回『音の会』の一部配役が変更になりましたので、お知らせいたします。


<合同公演>

A班『菅原伝授手習鑑 車引』

梅王丸 →中村 富彦
藤原時平→坂東 功一


<音の会>

『弁慶上使』

侍従太郎→市川 升一


以上


あしからずご了承下さい。

梅之旅日記’08 昨日今日の日記

2008年07月11日 | 芝居
昨日10日は東京での<休演日>ではございましたが、こういう時間こそ『稚魚の会 歌舞伎会 合同公演』のために大切に使わなくてはなりません。午前11時から松濤の藤間の御宗家のお稽古場に伺いまして、『勢獅子』のお稽古。<芸者おひろ>の振り渡しから、すでにふた月たっております。改めましてご指導いただき、なまっていた体を目覚めさせました。
『勢獅子』はあくまで鳶頭お二人の演し物ですが、二人の芸者にもそれぞれ<シヌキ>、ソロパートがございますし、幕開き早々には両人揃っての花道でのひとくさりもございます。ご祭礼ものの華やかさを少しでも出せるよう、これからも<自習>を重ねなくてはなりません。
そのあとは国立劇場へ行き、大詰めとなった事務作業を。先月も今月も東京にいないので、たまりにたまった仕事を目の前に呆然…。結局この日のうちには片付かず。

明けて本日も午前中から国立劇場にゆき仕事。昼過ぎになんとか完了。それから新幹線で越後湯沢、<はくたか>で直江津入り。
ついたころは夕食時でした。先輩後輩と合流してお邪魔しましたのが駅前のホテル近くの<魚苑 にんじん>。地元の漁師さんがやっている居酒屋ですが、これがドンピシャの大当たり! 大将自ら獲った魚は、お造りも焼き物も新鮮そのもの、まさに<生き物>の味。名物の釜飯や汁物もびっくりするくらいの美味しさ、そして大将の気前のいいサービスにお腹いっぱいどころかはち切れそうになりました。
単にオイシイなんて言葉ではすまされません。有難い、という気持ちになります。直江津という土地には初めて伺いましたが、いきなりこんな嬉しい体験ができて、本当に幸せでした。

デスクワークで終わった東京での疲れが、一気に癒されました。明日からも頑張れそうです!

梅之旅日記’08 ご縁あって参拝

2008年07月09日 | 芝居
昼過ぎから郡山へ移動という日程でしたので、榴ヶ岡(つつじがおか)にある《政岡の墓》へお参りに行ってきました。
伊達藩3代目綱宗の側室にして後の4代藩主綱村となる亀千代の生母、三沢初子の墓所が現存しているのです。
史実は実母、歌舞伎では乳母という違いはございますが、いわゆる<伊達騒動>の渦中にあり、幼君を守り抜いた立派な母として、その名は今に伝わっております。昨年の国立劇場歌舞伎鑑賞教室での「歌舞伎のみかた」で、ほんのサワリとは申せ<御殿>の政岡を勉強させて頂いた身にとりましては、どうしてもお邪魔せずにはおれませんでした。
仙石線榴ヶ岡駅すぐのそばの公園の敷地内にあり、普段は施錠されているご廟所ですが、お向かいの案内所にお願いいたしましたら快く敷地内へご案内下さり、貴重なご説明もしてくださいました。伺いますと今年で323回忌とか。明治の廃仏毀釈で、鞘堂が壊され墓石が神式に変わったとはいえ、立派なご墓所でございました。

その後、初子の念持仏であった伽羅木の釈迦像を安置している孝勝寺にも参拝し、仙台駅へ戻り、お昼ご飯は日本の<冷やし中華>発祥の店、錦町公園そばの<北京料理 龍亭>で、元祖冷やし中華「涼拌麺」を堪能。香り、酸味が実に爽やかな醤油ダレ、クラゲ、ハム、錦糸卵、焼豚細切り、キュウリの具が別皿で供されるのもなんとも贅沢な気分。1300円でも絶対安いと思えるウレしい一皿…。

お腹を満足させてから、<やまびこ>で郡山、それから貸し切りバスで福島県須賀川【須賀川市文化センター 大ホール】へ。
今日は久しぶりの1回公演。荷物を開けたと思ったらもう撤収。「なんだかもったいない」という声は必ずおこるものでして…。
終演後はせき立てられるように貸し切りバスに飛び乗り再び郡山駅へ。9時半過ぎの<やまびこ>で帰京。
明日は東京でお休みです。が、お休みだけれどお休みでない私の1日は、明日またご報告させて頂きます。

梅之旅日記’08 ジメジメ…

2008年07月08日 | 芝居
仙台【東京エレクトロンホール宮城】での2回公演。
宮城にあるのに東京。東京といっているのに宮城。不思議な名前、しかも聞き慣れない会館。旅に出る前は「行ったことないトコロだよね?」なんて会話もあったくらいですが、なんのことはない、昔の県民会館が名前替えしただけで、外観も内装も全く変わっていないお馴染みの劇場でした。C.C.レモンホールとかクリネックススタジアムとか、そのテのたぐいなのでしょうか。
こちらの劇場は大変間口が広く、花道も片側が壁にくっついているかたちとはいえ長さは十分。3日間も狭い狭い康楽館に出ていた一同、うってかわった広さに少々面食らっておりました。
客席も3階席までありましたが、昼夜ともにいっぱいのお客様、そしてお芝居への反応がとっても良くて有難かったです 先の地震により、いろいろと大変なことご苦労なこともおありかとは存じますが、劇場でのひとときを楽しんで頂けましたなら、幸いでございます。

あいにく朝からの雨でした。一昨日、康楽館の千穐楽にボテに詰めたまんまの浴衣や肌着や着肉などを、至急乾かさなくてはならなかったのに…! 巡業ではホントお天気が肝心です。幸い今回は持ち運びできる乾燥器を積んできたので、すぐにフックラスッキリいたしまして一安心でしたが。
乾燥器がない時は、扇風機でひたすら風を送るわけでございます。

夜も仙台泊まりでしたので、後輩、小道具さんと牛タンを食べに<利久>さんへ。タン刺し、タンユッケ、タンシチューとまさにタン尽くしでお腹いっぱい。後輩がいうには「牛とチューしてるようなもんですね」って…。



梅之旅日記’08 塩竈散歩

2008年07月07日 | 芝居
今日は<移動日>。お昼過ぎに仙台にはいりました。
体の調子もよかったので(2日酔いにもならなかったし…)、神社めぐりとオイシイお魚を訪ねて塩竈へ行ってきました。
仙台駅からJR仙石線で約30分、本塩釜駅で下車。駅前の観光案内所でガイドマップを頂いてから、まずは奥州一之宮<鹽竃神社>へ。約200段の石段をヒイヒイいいながら上ると(やはり運動不足がたたっている)、しっとりと落ち着いた趣きの本殿が目の前に広がります。

うまい言葉がみつからないのですが、どこか<やわらかい>雰囲気のお社。雨風に自ずと色褪せた欄干や柱の朱、瓦の青緑、玉砂利の乳白色。どっしりとした偉容というのではなく、静かな風格とでもいったらいいのでしょうか…。社紋が桜なのも、なにかそういう雰囲気を醸し出しているように思ったりも。
境内にある、伊達家寄進の銅鉄合製の灯籠には、お馴染みの<竹に雀>の紋所が。


爽やかな風が吹き過ぎ、静かな時が流れ行く境内でボーッとしておりましたら、ホトトギスが鳴き出しました。初めて生で聞いた、どこか寂しいその声に、なるほど徳川慶喜公も感慨を抱くはずだなぁと思いました。(『将軍江戸を去る』)

続いて同じ山内に鎮座する<志波彦神社>にも詣でてから下山、すぐ近くの<御釜神社>へ。
名前で笑っちゃァいけませんよ。古来より伝わる<藻塩焼神事>で知られ、変異あるときはその水の色が変わるとも、どんな日照りでも枯れることがないとかどんな雨降りでもあふれることがないとか、数百年来の伝説に包まれ、そもそもこの<塩竈>の地名の由来にもなっている、四つの神釜が祀られているのです!
伝説ウォッチャーの私が、これを見過ごせるはずもなく、ドキドキしながら伺ったわけですが、意外とこじんまりした境内に驚き。しかし、社務所のおばあちゃまに、普段は閉ざしている扉を開けて頂き(初穂料をお納めすれば、いつでも開けて下さるとのこと)神釜を目の当たりにいたしますと、なんとも奇妙な形状(直径はそれぞれ1メートル近くはあるのですが、水をたたえる部分はものすごく薄く、釜というより大皿といった感じ)に唸るばかり。
おばあちゃまがとっても親切な方で、藻塩焼の神事のあらましや、境内の他の史跡のご講釈、この神社の辺りまでが古来浜辺であったことなどお教え下さり、勉強になりました。つい先日行われたというその藻塩焼神事で作られたお塩まで頂きまして、これで初穂料が100円となっているのが申し訳ないくらい(最初看板の文字が達筆すぎて、初穂料<百萬圓>と読んでしまい、さすが伝説の釜…! と納得しかけたのですが)。
神釜の写真は、畏れ多くて撮れませんでした。

有難い気持ちでいっぱいとなったところでお腹がすいてきて、まだ夕方でしたが駅近くのお寿司屋さんへ。いや~どのネタも新鮮で美味しいこと! 口にした瞬間、爽やかな磯の香が鼻へ抜けるホヤの酢の物、プリップリの赤貝、塩で頂くマコガレイは旨味たっぷり、金華ガツオの脂ののり具合、<目抜け>というお魚は初めていただきましたが、歯ごたえと、噛むほどに出る風味は今まで味わったことのないもの。これらを地元の酒<浦霞 禅>の冷やでやる幸せのひととき。最後がこの浦霞の酒粕を使ったムースで〆めるんですから、大満足でございます。

ホテルに帰ってからも、立ち寄った市場で買っておいたマグロ中落ちとアジ刺で一杯(もちろん浦霞で)。ありがとう塩竈! 

梅之旅日記’08 さよなら小坂町

2008年07月06日 | 芝居
秋田康楽館での3日間の公演が終わりました。
初日が雨、2日目が降ったり止んだり。今日が快晴という空模様。お天気が良くなるにつれて気温室温もうなぎのぼり、最終日の舞台はなんともやりきれない蒸し暑さでございました。
『神田祭』の短い時間、後見としてほんの少し舞台に控えているだけで汗がにじむのですもの! 主演の皆様は如何ばかりでございましたでしょうか…?

そんな不快指数を少しでも下げようと、衣裳方の皆さんが企画してくれたのが<かき氷パーティー>でございまして、量販店で買ったというかき氷器が昼夜の公演の合間中フル稼働で、私たちに涼をもたらしてくれました。
自分たちで作って、好きなシロップやフルーツソースをかけて食べるかき氷のおいしさといったら! 私は調子にのって3杯も食べてしまいました。よくお腹を壊さなかったなぁ…。
いつも重たい道具を運んでいらっしゃる大道具さんも一緒に楽しいひと時。こんなのも旅公演らしいイベントですよね。

夜の部終演後は久しぶりの撤収作業、慌ただしく貸し切りバスに乗り込み、盛岡へと旅立ちましたが、康楽館を発つおりには、案内係や販売員、楽屋内での用事を何くれとなく勤めてくだすった地元のボランティアの方々が、皆様手を振ってお見送り下さり、有難い気持ちでいっぱいでした。自分たちの町の芝居小屋を盛り上げようと一生懸命働いて下さった皆さんに、私どもの方こそがもてなされていたのだなと、改めて感じました。何度お邪魔してもその都度感動がある町、それがここ小坂町なのですね。

盛岡に入りましてからは、ちょうど今日が誕生日だった弟弟子の梅秋のお祝いに、駅前の焼肉屋<盛楼閣>へ。芝居関係者にとってはお馴染みのお店なのですが、私たちが入ったときも、すでに幹部俳優さんや音楽さんでいっぱいでして…。こちらは一皿一皿のボリュームが申し分なく、名物の冷麺までたっぷり堪能できるので、チョクチョクお邪魔しております。

さて明日は仙台への<移動日>ですが、明日中に現地入りすればよいというわけで、いわば休日同様です。美味しいものを食べまくるか、それとも歴史の足跡を訪ねるか…。
マッコリを飲み過ぎたこの体が、何時に目覚めるかで行動を決めたいと思っています。

梅之旅日記’08 康楽館へようこそ

2008年07月05日 | 芝居
お邪魔するたびに楽しい思い出が生まれる康楽館。趣きいっぱいの<芝居小屋>の内外を、ちょっとご紹介させて頂きますね。

康楽館は明治43年8月に開場したそうで、今年98歳! 建造当時から移築もされず立て直しもされず、ほぼそのままの形で現在も興行ができる劇場という意味で、<日本最古の芝居小屋>という表現もされています。
外観は洋風のモダーンな作りですが、一歩中へ入りますと…。

本花道をそなえた舞台、平土間席と桟敷席からなる客席、純和風の作りとなっておりまして、このギャップがまた魅力の一つですね。客席は2階席もあります。舞台から客席をのぞみますと…。

定員は約600名。ここが連日大入り満員、人々の熱気に満ちあふれるというわけです。
舞台中央から真っすぐ伸びている細い通路は<歩み>と呼ばれるお客様の移動用のもの。

さて、間口も歌舞伎座の半分以下の小さな舞台ですので、付随する設備もごくごくミニサイズ。大劇場での仕事に慣れている私どもにはびっくりするくらいですが、たとえば舞台下手の<黒御簾部屋>、お囃子さんのブースもこんなに狭く…。


人力による<回り舞台>もございますが、この中におさまるように道具を飾ってしまいますと、現行の演出では対処できなくなることも多く、現在の歌舞伎公演ではほぼ使われおりませんのが、致し方ないこととは申せ、残念でもございます。


では舞台裏へまわりましょう。舞台面との間に何の仕切りもなく、装置のすぐ裏に楽屋がしつらえられております。とういうわけで開演中はおしゃべり厳禁。私は何度注意されたことでしょう。


1階に2部屋、2階に5部屋。どの部屋も畳敷き、化粧道具を並べるための机が作り付けで備えられています。



この階段にしても、100年近い年月をかけて自ずと磨かれてきた光沢がとても美しいのです。ちなみに10年くらい前の巡業で、この階段から“転落”して大騒ぎになった付き人さんがいたそうですが、現在も現役バリバリです。

楽屋の壁の落書きは、それこそ開場当初のものとおぼしきものもあり、貴重な資料ともいえますが、書かれた当時の時局をよく表しているものもあり、歌舞伎役者の端くれとしましては見逃せない大大先達の記録もあり…。


平成14年には、晴れて国の重要文化財に指定された貴重な建造物。そんな<宝物>の中で芝居ができる、観ることができるということは、考えてみるとすごいことですよね。皆様も、是非是非一度はお越し下さいませ!

梅之旅日記’08 帰ってきた、という気持ち

2008年07月04日 | 芝居
康楽館での初日が開きました。
大入満員の熱気あふれる舞台、大いに盛り上がりました。
こちらの劇場は本花道がありますので、どの演目もほぼ大劇場と同様の演出で上演できました。『橋弁慶』では、加賀屋(松江)さん演じる弁慶が、飛六方での引っ込みをなさいました。
なんと申しましても昔の小屋でございますので、間口や奥行きの寸法がだいぶ変わりまして、不便を感じるところもございましたが、この劇場でしか味わえない独特の雰囲気、お客様からの熱い声援には大いに助けられました。

…こちらの劇場は、舞台も味がありますが、楽屋も大変趣がございます。部屋の壁に書かれた過去の出演者のサインの数々は、すでにご承知の方もおいででしょうが、今回こんなお方のご署名を見つけましたので、ご紹介いたします。

梅之旅日記’08 移動日

2008年07月03日 | 芝居
11時56分東京発<はやて7号>で盛岡、それから貸切バスで秋田県鹿角郡は小坂町【康楽館】へ。約4時間の道中です。
今日は<移動日>ですので芝居はお休みですが、明日から三日間の滞在となりますので、余裕をもって仕事できるよう、今日のうちに楽屋作りをすませました。

あいにくの曇天ですが、明日からはどうなりますやら。
趣ある芝居小屋での公演が楽しみです!

梅之旅日記’08 東京近郊が済み…

2008年07月02日 | 芝居
JR王子駅のすぐそばの【北とぴあ さくらホール】での2回公演でした。
ずいぶん前に行ったきりの会館で、駅を降りるまでは、どんなところだったかな~と思いましたが、建物をみて「アァこれこれ」、楽屋口から中へ入って「ソゥここ、ここ」、部屋に備え付けの椅子に「ウヮ~あったあった!」
記憶が蘇るとは正にこのことでございました。

…劇場の雰囲気がだんだんと<旅>らしくなってまいりました。裏口に作られた物干し場に揺れる着物やバスタオル、掲示板に貼り出された翌日の行程表やホテルの部屋割り、荷開けと撤収に汗をかくバイトさん(会場ごとに招集しています)の姿…。

いよいよ明日から東京を離れます。

梅之旅日記’08 仕事量「1と2分の1」!?

2008年07月01日 | 芝居
今日は横浜市青葉区の<桐蔭学園>内にある【鵜川メモリアルホール(旧 桐蔭メモリアルホール)】での2回公演でした。
昼の部は通常のプログラムでしたが、夜の部は学園の生徒さんのための貸し切り公演で、『歌舞伎のみかた』『毛谷村』『橋弁慶』という狂言立て。『口上』と『神田祭』は上演されませんので。なんと師匠は昼の部でお仕事終わり…。
当然、私の着付後見も夜の部では出番はございませんで、なんとも寂しい思いでしたが、『毛谷村』『橋弁慶』で、裏方としてシッカリ働かせて頂きました。
本日限りの『歌舞伎のみかた』は萬屋(梅枝)さんが進行をお勤めになり、浅葱色の麻の紋付も爽やかに、ツケや見得、黒衣の仕事などをご紹介してから、『毛谷村』『橋弁慶』のストーリーをご説明なさいました。

子役の弥三松が花道から出ると、客席の女生徒の皆様から歓声が。このあたり、国立劇場での<鑑賞教室>と同じような反応です。