梅之芝居日記

歌舞伎俳優の修行をはじめてから15年がたちました。
日々の舞台の記録、お芝居ばなし等、お楽しみ下さい。

梅之博多日記11・『肉を着る』

2006年02月08日 | 芝居
今日はいいテンポで『女伊達』の立ち回りを勤めることができまして、気持ちがよかったです! とはいえ全員のイキを合わせる、周りを見る、という点では反省も残りました。自分だけ頑張ってもしょうがないわけで、これからは冷静に状況を見ることを課題にしてまいります。

さて、今月私が勤めております「若い者」と「槍奴」。かたや浴衣の尻端折り、かたや綿入り着付けの<捻(ねじ)切り>という端折り方で、双方ともに足が大分露出しているのですが、「若い者」では、ナマ足、といったら可笑しいでしょうか、素肌を見せて(剃毛までして!)いるわけですが、「槍奴」では、肌色の<着肉(きにく)>をはいた状態でございます。
<着肉>、あるいは単に<肉>とも呼んでおりますが、足にはく、あるいは上半身に着ることで、白粉を塗ったように見せる、あるいは演目によっては、入れ墨を描いたようにも見せる、伸縮性の布で作られたものでございます。形状は、足用ならばスットキングと同型、上半身ならば二の腕や背中、場合によっては胸や腹までを覆うように作られますが、あくまで基本的な場合でございまして、その形状は演目や役によって、様々に変化いたします。中には、二の腕だけにつける筒状の物や、半ズボン状のものもございます。
色も役によって変わります。白色から赤銅色まで、肌色、と一言でいっても歌舞伎の場合は様々ですからね。妖怪変化や鬼などの時は青や赤になることもございます。それから相撲取りなどのガタイの大きい役のときには、綿を入れて厚みを出し、立派に見せることもいたしますし、わざわざすね毛や胸毛を描いたものもあるんですよ。
それから十八番物などでの荒事のお芝居での、隈取りをとった役の時では、やはり隈を描いた<着肉>をはいたり、着たりいたしますことは、皆様もよくご存知でございましょう。

我々名題下俳優がよくお世話になるのが、俗に<肉パン>と呼んでいる、男性のトランクス状の<着肉>です。これはごく普通の肌色になっておりまして、多くは褌をはく役で使います。自分自身の下着の上に衣裳の褌をしては、自分の下着が見えてしまいますので、まず下着の上に<肉パン>をはき、その上に、衣裳の褌をするわけです。今月の「若い者」も、浅葱色の褌(サガリ、と申すことが多いですが)をしますので、<肉パン>をはいております。

<着肉>は、それ専門に作製、管理する職業がございまして、私たちは<着肉さん>と申しておりますが、実は長年の大ベテランの職人さんが、なかなか後継者に恵まれていらっしゃらないそうで、現在では、部分的に衣裳会社と分担するようになっております。手足の五本指を作ったり、約束事に沿っていい色で隈を描きこんだり、身体にしっくり合うように縫い上げるのは相当の技術と経験を必要とするものだそうで、歌舞伎にとって絶やしてはならない貴重な職分なのでございます。ご高齢ながら毎月々の舞台のために作業して下さることに心から感謝しつつ、一日も早い、多くの後継者の誕生を願って止みません。

写真は<着肉>がわかるようなものを選んでみました。手前で衣裳をいている最中なのは私です。奥で一休み中の奴さん、たしかに足にはいているでしょう?