梅之芝居日記

歌舞伎俳優の修行をはじめてから15年がたちました。
日々の舞台の記録、お芝居ばなし等、お楽しみ下さい。

梅之博多日記7・『女伊達の立ち回り』

2006年02月04日 | 芝居
『女伊達』の舞台をすませてマンションに帰り、遅い昼食をとったところです。
今日の立ち回り中にびっくりる出来事がありました。得物として、全員が番傘を持って萬屋(時蔵)さんにからんでいるのですが、六人のカラミが横一列に並んで、傘を握ったまま一斉にトンボを返った後、私の隣の人の傘が分解、石突き(先端)部分が外れて、柄がすっぽりと抜けて、勢いのまま舞台後方のお囃子さんのいらっしゃる雛壇のところまで飛んでいってしまったのです!
幸い紙の部分は手に残ったので、それを持って立ち回りを続けたのですが、壊れた原因もわからないし、こんな壊れ方は珍しいということで、みんな驚いておりました。幸いお囃子さんにも怪我はなく、どちらかというと<珍プレー>みたいな感じで、深刻な問題にはならなかったのが救いでした。

さて、こんなアクシデントもあった『女伊達』の立ち回り。この舞踊の立ち回りは、定型、といったものがございませんので、立師さんによって毎回変わりますが、だいたいは傘を得物に使うことが多いようです。
今回の手順をざっとご紹介しますと、まず、上手、下手から五人ずつ出てきた、計十人のカラミが、開いた傘を下段から四個、三個、二個、一個と積み並べ、ピラミッドの形を作るのが最初のキマリ。このピラミッドのことを、歌舞伎では<俵>と申します。
続いて“二人がかり”となり、<後返り(バク転)><三徳>と続け様にトンボを返り、最後は、開いたままの傘を、背後から前面へと、股の間をくぐらせながら飛び越える<傘抜き>を披露。その次が先ほど申しました、“六人がかり”の<総返り>となります。
その六人のうち三人が、一人は開いた傘を二つ持って車輪に、もう一人が<三徳>を返った後、うしろでんぐり返しをして車輪を持った人の背中に乗っかり荷台となり、残りの一人がでんぐり返りした人の足を持って、これで<大八車>の見立てとなり、下座の合い方にあわせて引っ込んでゆきますと、再び“二人がかり”となり、シンをはさんで一人が傘を遠投、それをもう一人がキャッチ、キャッチした人がその傘でからんで、<三徳>を返り、すぐさま頭を床につけたままの逆立ち<三点倒立>をして足をパカッと広げるので、その足の間をもう一人が<返り越し>、最後は二人で両足を天に向けて倒れる<背ギバ>となります。
まだまだ立ち回りは終わりません! 続いて、違う二人が出道具の床几(しょうぎ)を担いでちょっとからみ、その床几を舞台中央に据えますと、別の二人が出てきて向かい合い、跳び箱の要領で、片方がもう一人を飛び越す<イルカ越し>で床几の上に飛び乗ります。さらにはこの床几(幅七十センチほど!)の上で<三徳>を返り、そのまま後ろでんぐり返りで舞台に降り、シンがひっくり返した床几をもったまま<背ギバ>となり、これにて立ち回りの終了となるわけです。
幕切れは、一列になって後ろに並び、柝の頭と同時に開いた傘を、全員でなだらかなVの字型に並べて、「よろずや」と墨書きされた部分をゆっくりと回すのお見せしながら終わりとなります。

< >でくくった言葉が、いわば“立ち回りのワザ用語”なんですが、この数が多いということは、つまりは見所たっぷりというわけです。お客様も大喜びで、さかんに拍手を下さいます。<傘抜き><返り越し><イルカ越し>、そして床几の上での<三徳>、どれも大きな見せ場ですが、それだけに危険も伴います。勤めている先輩、後輩、どうか千穐楽まで無事に乗り切って下さいね。私は“六人がかり”のところと、床几を持ってゆくところです。
<俵>や幕切れの形では、傘を開いたときに、かならず「よろずや」の「よ」の字が上になるように持たなくてはなりません。
あらかじめどこが「よ」の字かわかるよう、柄に目印を付けることもありますが、閉じた時の模様に、ちょうどいい目印があらわれるので、それをアテにしております。
何度も申しますが、個人プレーに走らず、お互いのイキを合わせ、まとまった動きや形を作るよう、気をつけております。その上で、役名通りの<若い者>らしく見えるよう、元気と勢いを大切に演じてゆきたいです。

そうこうしてゆくうちに、楽屋へ戻る時間がやってまいりました。次は『大津絵道成寺』の話など…。