連・断・続の部屋  

捨てる過去など何もなく、日々の社会との繫がり、自己の活性化、整理のためにつぶやく。

セカンドオピニオン

2006-03-14 23:39:00 | 健康・病気

仙台血液疾患センター3月14日の院長宇塚善郎先生の話を紹介します。

セカンドオピニオンに関する2人の患者を昨日経験しました。

1例は、症状も無く、理学的診察も無く、画像(CT)診断だけで手術を勧められた患者をライフワークとしている親しい医師に紹介され、手術は無用で、放置しても数年先に麻痺で動けなることはないという典型的なセカンドオピニオン。

2例目は、余命を規定され、希望を失い、しかし活路を見出したいと、セカンドオピニオンのために多くの施設を受診している例です。いわゆる検証のために行われるセカンドオピニオンとは異なり、数年間の闘病の末、一縷の望みをもって受診されたようでした。現在の悪性腫瘍治療の常識からすれば、患者さんが医師から得た説明の通りで、見解の誤りは無いわけで、当院としても訂正する要件は無いと説明しましたが、”一縷の望みをかけて”てという点については、紹介もとの主治医と連絡をとり、患者の希望に沿うことにしたのは、大変困難な患者を受け入れたと思うだろうが、”窮鳥懐に入れば猟師も殺さず”の例えもあるように、無碍にすることは出来なかった。

セカンドオピニオンを求める患者の背景はさまざまで、それに応えるとは、いったいどういうことなのか、4月の保健請求に盛り込まれたことでは解決されない、人が人に求める医療は、治療の標準化、マニュアル整備では解決されない。 といいう趣旨と理解しました。

昨日は、ほかに80歳近い高齢者、3名の患者さんが新患で、複数の医療機関を経て、直接の紹介元は、当日に紹介されてきました。非常に重篤であったということです。症状の出始めは、いわゆる高齢特有の疾患と判断され、血液検査なども受けずに診断をされたようで、先の診断から”解放”されるために、繰り返し症状をしつこく訊いてしまいました。

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