気の向くままに

山、花、人生を讃える

トチノキ

2014年05月05日 | 

コールデンウイーク中は「トチノキ」が花を咲かせる時期で、久し振りにその花を見たくなって、昨日、地元の文化会館の敷地に植わっているのを見に行ったが、残念ながら、どういう訳か花は一つも咲いてなかった。見れないと思うと、余計見たくなるのが人情だが、かといって、この近辺でどこにあるのかまったく知らない。

トチノキとはどんな花を咲かせるのか、関心のない人はあまり見たことがないと思うのだが、一度見られてはと思う。

以下の文章は、昔、宇治の掲示板E-voiseに投稿したもので、懐かしくなって読み返し、せっかくだからとこのブログに転載させてもらったもの。自分にとっては、この7年ほどの前のことがありありと思いだされて、懐かしいかぎり。花のアップの写真もたくさんあったが、残念ながら、パソコンを壊して台無しにしてしまって、ここにお見せできないのが残念。しかし、わたしとトチノキのはじめての出会い、読んでいただければうれしいし、読まれた人は、きっとトチノキの花を見たくなり、見れば、きっと、幸せな気分に浸れることでしょう。

 

≪ああ、トチノキ≫

今月の始め、職場近くの公園の一角にホオノキに似た掌状複葉の葉が目に付き、そのふさふさした大きな若葉を惚れ惚れと見上げていました。その時、葉が風に揺れた拍子に花らしきものが目に入り、持っていた双眼鏡で覗きこみました。距離は5メートルほどでしたが、焦点が合った瞬間、思わずギクリとし、見てはいけないものを見てしまったように胸が高鳴ってきました。それはクリスマスツリーを思わせる高さ10cmは超えそうな円錐形(小さな花が集まって)の花で、枝から直立したように咲いている様は、自分の樹の花のイメージからすると予想外のものでした。それを10倍の双眼鏡で細部まで見えるほどのアップで覗いてしまったせいか、こんなふうに花に驚かされるとは思いもしませんでした。

仕事の時間が迫っていたのでしばらく見入ってから帰途に着いたのですが、いったい何と言う名前の木か知りたくてたまらなくなりました。家に帰れば図鑑はあるのですが、まだ何日かあとになり、1日も早く知りたいばかりで次の日が来るのも待ち遠しく、翌日、仕事の合間を縫って本屋に行き図鑑を買い、さっそく調べました。

調べた結果、西洋トチノキ(マロニエ)と知りました。名前だけは知っていたので、「ああ、これがトチノキだったのか」と思いました。写真で見ると日本固有のトチノキとほとんど同じですが、違いは、白っぽい中にも点々と見えた赤い部分が、日本のトチノキでは黄色になっていました。
それからその名前を元に、別の本のトチノキのところを読むと、パリではこの花が咲くころ、日本で言う「花見」のようなことをするとも書いてありました。
しかし、自分が見たのは、大きな葉に隠れて人にも気づかれず秘仏のように咲いていたので、それを花見とはどうもおかしいなと思いましたが、「あれはまだ花の先駆けで、これからいっぱい咲いてくるのかもしれない」と思い、それで、そんな花がいっぱいに咲きそろったらどんな感じになるだろうかと、とても楽しみになってきました。

ゴールデンウイーク後、平常に戻った公園に行くと、トチノキはつんつくと空に向かっていっぱいの花を咲かせていました。それはまるで、仏たちが樹上で座禅をしているように見えました。西洋人なら白い衣をまとったたくさんのイエス・キリストにも見えそうな風情でもありました。
そして、眺めているその時から、また来年の再会が楽しみになってきました。(終り)

 

≪満開のトチノキ≫ 

上の写真は、以前にも小さなサイズで掲載させてもらったものだが、木が大きくて、また花の数も多いので、小さな仏たちが樹上で座禅しているとか、イエスキリストに見えたりすることもないが、山下公園で見た時のトチノキは近くで下から見たとき、本当にそんなふうに見えたものでした。ともかく花がつんと立っているから、樹上に妖精のような小人たちがいるようにも見えるのです。

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