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a trip to Mozu Ancient Tumulus Clusters 3

2015-11-18 | trip
堺観光ガイドブック(無料リーフレット)内の古墳map
訪ねたのは仁徳天皇陵と○で囲った古墳と案内所、博物館。
黄色で塗った道が竹内街道

 履中天皇陵まで自転車で大仙公園を抜けて行こうとしたら、途中方角が解らなくなってしまいました。園内地図看板で確認して履中陵の方角を目指しましたが、間違えて手前で道を曲がってしまったようで、たどり着けず。レンタサイクルの返却時間が4時半に迫る中、諦めていたすけ古墳へ向かいました。
JR阪和線の向こう側に古墳が見え、歴史観光のグループがいたのですぐわかりました。タヌキが現れるという地点へ行ってみましたが、ゴイサギと亀しかいませんでした。狸はエサがもらえる夕方頃姿を見せるというのですが、私が写真など撮っているうちに歴史ファンのグループが大勢周りにやってきて、ワイワイガヤガヤしていたら、コンクリートの向こうに何か動くものを発見しました。双眼鏡で確認すると、まさしく狸です。3匹くらいがこちらの様子を伺っている様子。他の人にも教えたら、みなさん「ほんとだ、ほんとだ」と眺めていました。どうやら、狸は、人がたくさん来たのでエサでももらえると思ったようです。ちらっとでしたが、見られてラッキーでした。
 この狸、人間が古墳に持って行ったのかと思っていましたが、仁徳天皇陵のガイドさんの話を聞いた限り、古墳に住み着いている(いた)狸や鹿は野生で、周濠を泳いで行き来している(いた)ということです。普段人間が立ち入られない古墳は、里に暮らす野生動物の格好の住処だと。それだけでも、古墳は現代にも役立つものだと思いました。
観光の目玉にもなっていますし。
  
 人気のいたすけ古墳ですが、今こうして私がのんびり狸なんかを見て喜んでいられるのも、60年くらい前に取り壊される危機を阻止した市民の保存運動があったからこそです。堺市博物館には、中心となった考古学者・森浩一氏の手書きの資料が展示してありました。いたすけ古墳から出土した冑型埴輪は、堺市のシンボルになっています。
 さて、時間を気にしながら御廟山古墳へ向かいました。全長約203mで、百舌鳥古墳群の中で4番目に大きい前方後円墳ですが、天皇陵(大王の墓)と言われていません。反正天皇陵は7番目の大きさなのに、です。造られたのは、仁徳天皇陵より少し早い5世紀前半。周濠に沿って遊歩道が整備してあり、とても美しい景観でした。
 
 レンタサイクルを返却し、夕陽を見るために再び市役所展望ロビーに上りました。あまり知られていないのか、ちらほらと人がいるだけだったので、撮り放題でした。たまたま居た人を写りこませたら、影絵のようになりました。画像右は、夕日を撮る人を撮ってみました。
コメント
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