某年金生活者のぼやき

まだまだお迎えが来そうに無い

天変地異は神のなせる業-Act of God- か

2010-04-22 21:15:59 | ぼやき
 アイスランドでの大噴火でヨーロッパ各地の空港が使用不能になり、そのせいで大変な混乱がおこっている。ABC Newsも連日いろいろな角度から報道している。「これはテロリストの攻撃ではない」とすぐ9.11がでてきて、「また言ってる」と少し鼻白んだりもするが、驚いたのは、The cause of all this caos was an act of God.これらすべての混乱の原因は神のみ業である、と言ったことだ。神様も迷惑だよなあ「俺やってねーよ」くらい言いたくなるだろう。
 英語では、不可抗力な天災など天変地異のことを Act of God と言う。それは誰でも知っているが、実際におこった大噴火とその影響についてこういわれると、キリスト教徒ではないこちらはギョットする。神様もお気の毒に、と同情したくなる。
 アイルランド(アイスランドではなく)では1845~1852にジャガイモの大飢餓が発生し、200万人以上が島から消えた。これの原因をたずねて、Visitation of God?(神の訪れ)かと問われたことがある。ジャガイモの大不作は不順な天候に大きな原因があったのではないか(胴枯れ病菌の繁殖しやすい雨の多い天気に)という議論。ここでも神様が一番の悪者になっている。
 全能というのは辛いものですね。
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戦時中の娯楽

2010-04-20 23:34:58 | ぼやき
 今朝の朝日新聞。投書欄に、第二次大戦中(昭和18年頃)香港では現地の女性たちが好みの髪型をし、水着でダンスを楽しんでいた、とあった。日本では「パーマネントは雀の巣」などと言われて好きな髪型もできず、社交ダンス場は閉鎖、ダンスなどという卑猥なものはもってのほか、前線の兵隊さんに申し訳ないと思え、と憲兵や迎合的なおじさん・おばさんたちが声高にわめいていた頃だ。香港でダンスを楽しんでいたのはイギリス人だろうか。
 ロンドンのコヴェント・ガーデンにあるロイヤル・オペラ・ハウスは第二次大戦中椅子が全部取り外されてダンス・ホールになっていた。男に代わって激しい労働に従事する女性たち、つかの間の休暇を楽しむ兵隊たちで毎夜にぎわったという。戦う活力は人間的な生き方ができて初めて生まれるというのだろう。ちなみに、戦後このオペラ・ハウスを修理・再開した立役者の一人は経済学者ケインズだ。
 ダンス駄目、落語駄目、流行歌駄目、恋愛映画駄目、と大衆娯楽一切を、米英かぶれで軟弱で非国民的として禁じ、ゆがんだ「修身の教科書」的生活を強要した「禁欲強制的」な日本とは大違いだ。そのくせ高級将校たちは軍の金で毎晩芸者を揚げて遊んでいた。芸者は「日本の伝統文化」だからいいのか。
 近頃また、あの迎合的なおじさん・おばさんが増えてきて、わめきだしているようだ。「沖縄だけに負担を押し付けてはいけない。日本人全部が日本の安全について責任ある考え方をしなければいけない」などと言うやからが増えているのもそのひとつだ。その真意は「政府にいわれたら、沖縄に代わって基地を引き受けなさい」ということでしかない。「お金もたんとついてきますよ、断ると補助金を減らされますよ」と飴と鞭も忘れない。そして、また、みんな騙されるのだろうな、結局。
 
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ヘンリ・ムーアの戸惑い。

2010-04-18 10:23:58 | ぼやき
 ヘンリ・ムーア展をテイト・ギャラリーでゆっくり見れたのは、今回の旅行の大収穫だった。孫は立体造形科の学生だから広い会場を行きつ戻りつ感嘆していた。お客さんはかなりいたが邪魔になるほどではない。ムーアの書いたものの一部が壁に掲げられていた。ムーア研究の本が出て、寄贈されたので読みかけたが、あまりにも解釈しすぎていて、自分とは関係ないので読むのをやめた、と。説明や解釈のしすぎは見る人の想像力を枯渇させてしまう。
 これは作品を見る上で大事なことだと思う。詳しく説明され、解釈を押し付けられては、作品を自由に見ることができなくなる。作品は見る人の自由な想像力と理解によって命を吹き込まれる。見る人も一緒になって作品を完成させる。しかし、ある「専門家」「事情通」によって見方を誘導されてしまうと、そうした相互作用は働かなくなる。
 それでも、みんなガイドさんの説明を聞きたがるんだよね。もっと自分の目を信じたらいいのに。
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イギリスの鉄道は大丈夫か? 

2010-04-17 16:57:53 | ぼやき
 一回だけの個人的経験で断定はできないが、イギリスの鉄道は少しやばい。
 ロンドンのパンクラスという大きなターミナルに切符を買いに行った。ノッティンガムまで大人二人当日往復で約100ポンド。しかし、座席指定だと70ポンドだという。喜んでそれを頼んだ。これがことの始まり。
 往路は座席が取れたが、復路がコンピュータに出ないという。いろいろやってくれたがだめ。このコンピュータのせいだということになって、1時間後に来てくれという。「あきらめないでね」といわれた。どっちが?といいたくなった。とにかく、土曜日なのですぐ近くのカムデンタウンに行って若者の雑踏を見て、引き返した。係りのおばさんは大喜びでまたコンピュータを操作し始めた。だめ。結局帰りは一等車の指定席。それでも90ポンドだから、普通に切符だけ買うより安い。変なシステムだなと思ったが、翌日朝その列車に乗ろうとした。座席は車両Eの53と54.なんと車両が無い!Dで終わり!仕方なしに適当に空いている座席に座った。発車してしばらくすると(これも遅すぎるが)アナウンスがあった。「E車両はないから、座れるところ(available seat)にすわれ」と。availableてのはこんな使い方をするのか、と変な感想をもった。車掌は、しかし、一言も謝らなかった。
 帰りの列車は一等車。期待していったら、また座席が無い。窓に一等車と書いてある車両に乗り込んで、もうわかったから、勝手に座った。早い者勝ちだ。周りの乗客はどう見ても一等車の客とは思えないロー・ティーンばかり。駅に入るときから、ロンドンで駅を出るまで、一度も切符を見せなかった。車中の検札もなかった。度胸さえあれば、ただ乗りができる。
 帰国してからいただいたノッティンガムからのメールには「一分早く発車したので、別の列車にお乗せしたかと心配しました」とあった。危ない!と思うのは日本人だけだろう。発車の遅れるのが普通のイギリスでは、前の列車が遅れて発車したと思うのが常識なのだろう。
 あの国に新幹線を走らせるのはやめたほうがいい。歴史的大事故が起こる。
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ルーブルの危機-モナリザはレプリカかー

2010-04-13 10:06:57 | ぼやき
 ルーブルは昔と同じように混んでいた。以前と違うのは団体さんの私語や引率者の解説が全部中国語だったことと、モナリザでもドラクロアの七月革命でも、ピカピカ、ピカピカ絶え間なくフラッシュをあびていたこと。写真をとるな、おしゃべりするな、とあちこちにイラストの注意書きがある。部屋ごとに係員がいる。けれど誰も注意しない。
 昔は日本人団体客が顰蹙を買った。今は中国人。
 しかし、それでは絵画が皆褪色してだめになる。モナリザなど真っ先にやられるだろう。守るにはレプリカしかない。そうおもってみると、名画がみなレプリカに見えてきた。
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