将棋 この絶妙手がすごい! 佐藤康光「現代の升田幸三」への大変貌

2019年01月30日 | 将棋・好手 妙手
 
 前回の森内俊之九段に続いて(→こちら)今回は、佐藤康光九段の妙手について。
 
 佐藤康光ほど、将棋が変わった人はいない。
 
 プロ棋士には、それぞれ得意戦法棋風というのがあるが、ときにそれが変化することもある。
 
広瀬章人竜王中村太地七段は、今では居飛車本格派で鳴らしているが、デビュー当時は振り飛車党だった。
 
 逆に振り飛車の代名詞だった藤井猛九段が、突然「藤井矢倉」なる新戦法をひっさげて、タイトル戦に登場したこともある。
 
 
2010年、第58期王座戦五番勝負の第2局。羽生善治王座と藤井猛九段の将棋。
片矢倉(天野矢倉)と脇システムを組み合わせた「藤井矢倉」が大舞台に登場。
普通の金矢倉とくらべて角の打ちこみに強く、自陣の憂いが少ないのが主張点のひとつ。
戦法の優秀性もさることながら、振り飛車党のカリスマであった藤井が居飛車を指したことにもビックリ。
 
 
 
 
 これは時代の流れだったり、対戦相手との相性などもあるのだろうが、中でも佐藤康光九段ほど棋風チェンジの「使用前」「使用後」感が激しい人は、他に思いつかないほどだ。
 
 若手時代の佐藤康光といえば、いかにも優等生といったキャラクターだった。
 
 見た目や言動も秀才っぽく、将棋も「緻密流」と称される本格派に、趣味がバイオリンときては、これはもうまごうことなき「エリート」ではないか。
 
 こないだイベントで、佐藤九段が『天衣無縫 佐藤康光勝局集』という実戦集を出すことにふれたとき、
 
 
 「本格派だった若いころの将棋が多くて、最近のファンの期待を裏切ってしまうかもしれません」
 
 
 と発言し、ニコ生のコメントで
 
 
 「またまたあ」
 
 「前フリにしか見えません」
 
 
 みたいにイジられたけど、実はこれがネタでもなんでもなく本当の話。
 
 矢倉を主とした超本格派で、今なら斎藤慎太郎王座とか、中村太地七段のような、棋風もキャラクターも将棋界の王道を行く感じだった。
 
 
 
 
まだ双方20代のころの佐藤−羽生戦。王道中の王道といえる相矢倉で、平成では山ほど見た形。
若手時代の佐藤康光といえば、こういうイメージで、今とはまったくの別人。 
 
 
 
 
 そんな佐藤康光が、突然の変貌を遂げたのは、2000年代に入ってから。
 
 最初に「ん?」と思わされたのが、2002年に開催された、第51期王将戦第1局
 
 まず、おどろかされたのが戦型の選択。
 
 4手目に△44歩と角道を止め、なんと三間に飛車を振ったのだ。
 
 居飛車本格派だった佐藤が、まさかの振り飛車。
 
 それも、四間飛車やゴキゲン中飛車でもなく、ノーマル三間飛車
 
 今の佐藤なら、別におどろきはしないが、当時は相当話題になった。
 
 いわば「さばきのアーティスト」久保利明王将が、突然に横歩取りや相掛かりを連続採用するような変身ぶりだったのだ。
 
 しかも、ここからの佐藤の指し方も型破りだった。
 
勝率9割(!)を誇る羽生の先手番居飛車穴熊に、△65歩と位を取って△64銀とくり出す「真部流」で対抗。
 
 
 
 
 
 を好位置に配して非常に美しい形。
 
 だがなんと、そこから佐藤はこの理想の陣形を自ら解体し、飛車9筋に回って穴熊にねらいを定めたのだ。
 
 
 
 
 純正振り飛車党なら、悲鳴をあげそうな形。
 
 穴熊に対して金銀バラバラすぎて、とても勝てそうにない。
 
 なんかオレの知ってる真部流とちゃう……。思わずつぶやいてしまう陣形ではないか。
 
 こんなあやうい形をまとめられるのは、今なら山崎隆之八段糸谷哲郎八段くらいだろう。
 
 そもそも、振り飛車党は「美濃囲い命」な人が多いのに、それを自分で破壊するとは……。
 
 だが「天衣無縫」の佐藤康光は、ますます絶好調。
 
 攻めながら着々と自陣もリフォームし(このあたりは大山康晴十五世名人っぽい)、いつの間にか「堅陣」+「スズメ刺し」の攻守とも理想形に。
 
 
 
 
 
 そしてむかえたこの場面。あの有名な形が実現するのである。
 
 そう、私たちも大好きな、あの手をやってくれるのだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
△94香打と端にもう一本並べるのが、「ニュー佐藤康光」完成の図。
 
 このころネット中継があったら、きっとコメント欄が爆発したことだろう。
 
 持駒にもあるから、この端攻めは受からない。
 
 あとは△97の地点で引き金を引けば、次々と桂香が誘爆してドカンだ。
 
 これだけ火力を足されると、さしもの穴熊も、ただの鉄の棺桶である。
 
 シェルターに次々投下される焼夷弾にたまらず、羽生は穴から這い出ようとするが、佐藤の猛爆は止まらない。
 
 
 
 
 あの固い穴熊が、あっという間に崩壊してしまった。
 
 ここで決め手がある。
 
 
 
 
 
 
 
 バサッと飛車切るのが、気持ちよすぎる一手。
 
 以下、先手玉を▲93の地点まで引きずりあげて、トドメを刺した。
 
 古い西部劇ではないが「奴らを高く吊るせ」といったところか。
 
 この快勝で勢いに乗った佐藤は、4勝2敗のスコアで羽生から王将奪取。
 
 続いて棋聖戦郷田真隆も破って、棋聖王将二冠になった。
 
 のちのインタビューなどを読むと、どうもこのころから佐藤将棋に変貌の兆しが見られるようになったよう。
 
 ここからだんだんと、今の我々が知る「自由人・佐藤康光」に近づいていくのだ。
 
 
 (続く→こちら
 

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