詰むや詰まざるや 伊藤看寿「図巧 第一番」 米長邦雄『逆転のテクニック』より その2

2021年09月26日 | 将棋・シリーズもの 中編 長編

 前回(→こちら)に続いて、「将棋図巧 第一番」の解き方。

 若き日の米長邦雄少年が、思わず固まってしまったのが、この局面。

 

 

 

 一週間におよぶ苦悶の末、ついにたどり着いたのは、▲15飛と打つ筋であった。

 

 

 といわれたところで、こちらには1ミリも理解できないわけだが、ここから伊藤看寿必殺の大江戸大サーカスがはじまる。

 飛車の王手に、△84玉と逃げるのは、▲95馬から簡単に詰み

 また、△75歩のような合駒は、▲95馬△76玉に、▲16飛を取って詰む。

 ▲15飛に、△75香移動合するのが、この際の手筋だが(△74玉と逃げる空間を作っている)、これも▲95馬から、ちょっと長いが、さほどむずかしくない手順で詰むのだ。

 なるほどー、▲15飛かあ、ええ手があるもんやなあ。

 なんて、おさまっている場合ではない。

 話はここで終わりではなく、なんとここで、後手にしのぎがあるのだ。

 それが、△25飛と打つ手。

 

 

 なんともトリッキーな手だが、これに対して、平凡に▲95馬とすると、△76玉▲16飛△26歩と合駒。

 さらには、▲77馬△85玉▲76角△84玉となって、「詰んだ!」とばかりの▲95馬通らない

 

 見事に詰んだと思いきや、△25に飛車がいてギャフン!

 

 なんとここで、△25飛横利きがスーッと通ってきて、△95同飛と取られてしまう。

 後手の△25飛は、ここまで見据えての合駒だったのだ!

 なんちゅう、あざやかな手順なのか。まさに、空中アクロバット

 そしてここへ来て、とうとう米長少年は、△16にいた意味を理解した。

 この駒こそが、この図式のテーマである、

 

 「打ち歩詰め回避」

 

 この主役となるべき存在だったのだ!

 と言われたところで、どこまでいっても、こちらにはチンプンカンプンだが、もう少し様子を見て見よう。

 △25飛には、まずは素直に▲同飛と取っておく。

 後手は△同角

 

 

 そこで一回▲95馬と飛び出して、△76玉▲26飛
 
 後手はそこで、△36飛(!)と、またしても軽業

 

 

 この合駒の意図は、先手が▲77馬、△85玉、▲25飛、△35歩、▲76角、△同香、▲95馬、△74玉、▲96馬、△85香と進んだとき、

 「▲66桂で詰み!」

 歓声をあげたところ、「やーい、やーい、早とちり」と△同飛と取ってしまうためだ。

 

 △36に飛車以外の合駒だと、これを△同飛と取れず詰み。

 


 なので、ここも、すなおに▲36同飛と取る。

 △同角▲77馬△85玉▲35飛

 後手は先の△25飛と同じ意味で、▲95馬を消すべく、△45飛と合駒。

 

 

 ▲同飛△同角▲95馬△76玉▲46飛

 これまた先の△36飛と同じ意味で、▲66桂を消して、△56飛の合駒。

 

 

 ▲同飛、△同角、▲77馬、△85玉

 と手順を踏んで、

 「これ、さっきからなにやってんの?」

 私と同じく、いぶかしんだかたも、多いのではあるまいか。

 

 

 先手は▲15飛からずっと、「▲77馬▲95馬」のループと、飛車王手を続けているだけ。

 たしかに、後手の飛車合はドラマチックだけど、同じようなことのくりかえしで、正直飽きるんですけどー。

 なんてボヤきたくもなるが、そこは一度飲みこんで、盤面を見ていただきたい。

 同じような手をくり返しているようでいて、先ほどとは明らかに違う配置の駒がある。

 そう、後手のだ。

 何度も執拗に、飛車の王手をくり返していたのは、そうしながら、△16に置いてあった角を、静かに誘導していく意図があったのだ。

 そしてそれが、約束の地である△56に来たところから、一気に蒙が開ける。

 手の見える方は「あ!」と、なったかもしれない。

 不思議な手順で△56に移動させたのは、この駒が「ある地点」に利くようになるからなのだ。

 照準にとらえた瞬間、すべての歯車が一気に回り出す。

 すかさず▲84飛と「ファイヤー!」。

 

 

 △同玉、▲95馬、△83玉、▲82金、△同歩。

 と並べてみると、おいおい、それはさっきの「打ち歩詰め」の手順と同じではないかと怒られそうだが、よく見てほしい。

 

 角を動かさずに▲84飛として、△同玉、▲95馬、△83玉、▲82金、△同歩、▲84歩、△92玉、▲81銀、△91玉、▲82と、△同玉、▲72金、△91玉に、▲92歩まで「打ち歩詰め」の図。

 もしこの図で、角が△56の地点にあるとすると……。

 

 

 そう、最後▲92歩で、まだ後手玉は詰んでいない

 遠く△56が利いていて、後手は△92同角と取れる。

 いや、「取らされる」のだ。

 とはいえ、このままだと、まだ△74香車がジャマで、▲92歩は打ち歩のままだが、そこで▲75桂の跳躍が、うまい活用。

 

 

 この桂馬は、先手が▲95角成とするときの、土台の役割をする駒だと思っていたが、ここで2度目活躍するとは、なんともではないか。

 ため息が出るような、さわやかな手であり、△同銀▲73馬だから、△同香しかないが、これで見事に航路が開通。

 あとは収束に向かうのみ。

 さっきと同じく、▲84歩△92玉▲81銀△91玉▲82と△同玉▲72金△91玉▲92歩

 

 

 この瞬間のための、▲15飛からの一連の手順だったのだ。

 △同角と取るしかないが、ここからは、もはやむずかしいところもない。

 ▲同銀成△同玉▲74角△91玉▲82金△同玉▲83歩成△71玉▲62馬△同玉▲63銀成△61玉▲72と△51玉▲52成銀まで、69手詰

 

 

 

 米長邦雄や内藤國雄をはじめ、多くの棋士やファン、詰将棋作家が、この図式を見て感動したわけだが、その気持ちを共感できた。

 なんという、すばらしい作品なのか。

 米長は、単に解けたというよろこびだけでなく、

 

 「詰将棋に抱いていたイメージ」

 

 これが根本的に塗り替わったそうだが、これもまた、私の棋力ではクッキーのカケラ程度ではあろうが、それでも多少理解はできた。

 そう、この詰将棋にはハッキリと「テーマ」がある。

 そして、「作家性」「芸術性」というものも。

 私もまた、これら江戸時代の古典に触れることによって、詰将棋とは文学音楽に匹敵する「芸術」であることが、痛いほど伝わってきた。

 と同時に、増田康宏六段の有名なセリフである、

 

 「詰将棋は意味ない」

 

 の本当に伝えたいことも。

 たしかに、まっすーの言う通り、手順がマニアックすぎて、実戦で役に立つかはむずかしいところですわ(苦笑)。

 あと、これは余談だが、詰将棋の美を理解できたことによって、逆算的に、文型人間にはなかなか理解しがたかった、数学における、

 

 「数式や定理の美しさ」

 

 これもまた、ゴマ粒程度のものであろうが、感じ取れるようになった気がした。

 詰将棋の「論理で組み立てた」に感動できるなら、論理的に考えれば、数学のそれも同じのはず。

 私が理系の本を読むようになったのは、まちがいなく伊藤兄弟の影響である。

 こうして思いもかけないところで、知識や思考がつながっていくのは、おもしろいものであるなあ。

 

 (伊藤宗看「将棋無双」編に続く→こちら

 (宮田敦司七段の解説する「図巧 第八番」の解説は→こちら

 

 


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