悩める小僧どもはこれを読め! 北方謙三『試みの地平線』 

2018年04月02日 | 

悩み相談というのはむずかしい。

 という出だしから、前回(→こちら)大学受験を

 「モテるモテないか」

 という基準だけで語る田中康夫の『大学受験講座』などなど、実にファンキーでフリーダムな悩み相談コーナーについてお話しした。

 そんな個性的な相談コーナーの中で、私がもっとも愛してやまないものが、もうひとつある。

 大げさにいえば、人生のバイブルであると言い切ってもいいかもしれない。

 それが、北方謙三試みの地平線』だ。

 あのバブル時代のまっただ中、世界一脳みそがチャラいといわれた妄想恋愛マニュアル誌『ホットドッグ・プレス』で連載されていた、悩み相談のコーナーである。

 HDPといえば、



「アルマーニを着て、シルビアに乗って、ボッタクリ店でメシ食って、ワンレンボディコンの女子大生ナンパせえ! それができんモテへん貧乏人は最低カーストにも入れん不可触民、魚のエサほどの価値もないクズや!」



 という、現代日本から見たら、



「よういうたな、オマエ」



 とでもいいたくなるような、イカした雑誌であった。

 私のような地味な若者には無縁であったが、



「ジーパンに白Tシャツの女は明らかに男を誘ってる!」



 とか、もう『月刊ムー』なみに電波が飛びかうところは実に興味深く、散髪の待ち時間などに読んで楽しんでいたものだ。

 そんなHDPの記事の中でも、異彩を放っていたのが『試みの地平線』。 

 こんな広告代理店の奴隷養成雑誌で、アッシーだメッシーだミツグ君などという国賊的流行に眉をひそめるハードボイルドの大家が、ヤングの悩みにお答えする。

 その回答もぶっ飛んでいて、

 

「自分に自信がない」

 「恋と受験、どっちを優先すべきか」

 「転職すべきかどうか」

 

 といった、若者たちの定番の悩みを、すべて

 「ソープへ行け!

 でかたをつける。

 ソープといっても今のヤングにはなんのこっちゃかもしれないが、昭和には「ソープランド」と呼ばれる施設がありまして、要するに「風俗営業店」のこと。

 北方流では、世の男子の悩みの大半が、を知らないことからの肉体的精神的劣等感からくるという。

 ならば、答えはひとつしかない。

 

 「グダグダ言わずに抱いてみろ!」


 ということであって、この姿勢は終始ブレない。

 そして、もうひとつの特徴が二人称

 普通の悩み相談では、読者に語りかける二人称といえば「あなた」とか「」だが、北方先生はそんなぬるい言い方ではない。

 ハードボイルドな先生の呼びかけは

 

 「小僧ども!」

 

 これである。

 私はこれまで、人類最強の二人称といえば、ジャニーさんの「ユー」だと思っていたが、それに対抗できるのがこの「小僧ども!」であろう。



 「ユー来ちゃいなよ」

 「小僧ども、ソープへ行け!」



 優劣はにわかにはつけがたい。それくらいのインパクトである。

 そんな北方先生なので、一般にはどのページも「女を抱け」ですましているようなイメージもあるのだが、これが実際に読んでみると、案外そうでもない。

 せいぜいが3回1回くらいで(それでも充分だけど)、それ以外にもちゃんとしたアドバイスや、はげましの言葉を贈っている。

 失礼ながら、イメージ以上に真摯な返答なのだ。

 そんな頼れる北方先生であるが、やはりそこは普通に使える話だけでは終わらない。

 一見ちゃんと答えると見せかけて、そこにはかならず北方流のキラーフレーズを放りこんでくる。

 たとえば、東京から地方に転勤になり「さみしくて仕方がない」という男性には、開口一番



「女を作れ!」



 まずは、地元松山のを作れ、と。その方法に関しては、


 「自分で考えろ」


 まさかの相談放棄である。

 まあ、そこで話は「それができないなら」と、きちんとした回答へと流れていくわけだが、締めはといえば、やはりそれも北方流。

 先生は「一人で生きていることの孤独感」にふれ、「孤独を癒す拠りどころ」を見つけることを奨励し、「下宿でもしたらどうだ」というのである。

 そして、締めの言葉が



 「もちろんその場合は、未亡人宿にするんだぜ」



 くわあ、シブい。

 やはりこの本に心酔する大槻ケンヂさんのごとく、思わず語尾に(ニヤリ)とつけたくなるようなナイスな落とし方。

 もうその男っぷりに、感動爆笑は必至である。

 とりあえず、こんな連載をのせていたということは、当時の編集部の人たちが、

 

 「自分たちの作っていた雑誌のことを信じていなかった」

 

 のだろうということはよくわかる。

 きっとこの連載で、こんな電波雑誌を作らされているフラストレーションを晴らしていたのであろう。

編集者の悩みまで吹き飛ばすとは、さすがは北方先生である。

 やはり人生のバイブルであると、いわざるを得ないではないか。


 (続く→こちら



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