山本弘はもっと評価されていい。
というのは、もう高校生くらいのころから、ずっと思っていたことである。
山本先生は先日、自身のことについて不穏なツイートをされ、周囲の人やわれわれファンをあわてさせた。
はっきり言えば「自殺を考えて」いたそうなのだが、幸いなことに最悪の結果は避けられたようで、これにはホッとした。
ただ私自身、「自死」というものを語るには、まだ思考の整理ができてないし、否定はされるべきというのが「正しい答え」だとは思うが、
「死ぬほど苦しんでいる人」
に対して「生きて」とはげますのが、「ベストの選択」かどうかも、よくわからない。
だから、ここでは哀しみやはげましの言葉は抜きで、山本先生が書く小説についての、楽しい思い出を書いていきたい。
本を読んだり映画を観たり、テニスや将棋を観戦していると時折、
「あ、こりゃ、すごい人が出てきたぞ!」
胸を躍らせることがある。
たとえば、予備知識がない状態で、なんとなく手に取った北村薫先生の『空飛ぶ馬』とか。
初野晴さんとか、桜庭一樹さんとか、杉元怜一さんとか、先崎学九段とか、フェルディナント・フォン・シーラッハとか、その他まだまだ、たくさん。
最初の10ページ目くらいから、
「すごいな。この人、絶対に売れるわ。メチャメチャおもしろいやーん!」
目をハートにしながら、そう確信させるほどの作家というのはいるもので、そういった人が実際にブレイクしたり、玄人筋の読者や評論家が絶賛してたりすると、
「まあな、あの○○も今はがんばってるみたいやけど、オレが育てたようなもんや」
もう尻馬に乗って鼻高々なのである。
そういった「才能とのファーストコンタクト」のひとりに、SF作家の山本弘がいた。
山本先生といえば、「トンデモ本の世界」シリーズが爆売れしたため、一時は「と学会会長」(今ではいろいろあって、やめてしまわれた)として知られていたが本職は小説家。
私の世代だとSFでは『時の果てのフェブラリー』を手に取るケースが多いだろうが、それよりも当時はファンタジー小説のイメージが強かった。
1990年代の一時、日本の一部でRPGの大ブームが起きていた。
ここでいうRPGとはドラクエやFFといったコンピューターゲームではなく、テーブルトークと呼ばれるもの。
『ダンジョンズ&ドラゴンズ』や『クトゥルフの呼び声』などで知られる、我々自身がプレーヤーになって遊ぶそれ。
山本先生はその中にあった『ソード・ワールドRPG』を作ったグループSNEのメンバーとして、ノベライズやリプレイ集などを作成していたのだ。
『ソード・ワールド』短編の多くはSNEメンバーによる共作という形になっていたが、個人的には山本作品が一番おもしろく、読み返すことも多かった。
『ジェライラの鎧』『ナイトウィンドの影』といった短編から、長編の『サーラの冒険』などなど、
小説がおもしろいのは当然として、それと同時に才能への感嘆というか、
「書ける人って、こういう人のことを言うんやなあ」
妙に納得したものだった。
また、山本先生のすごさを感じた出来事が、同じ時期にもうひとつあった。
高校生のころ、タマガワ君という友人が「おもろい読みもんあるねん」と教えてくれた雑誌があったのだ。
それは『アニメック』という、その名の通りのアニメ誌。
私はアニメにそれほどくわしくないので、当時はよく知らなかったけど、『アニメック』はずいぶんと横紙破りというか、同人誌的無法地帯というか。
そういう「深夜ラジオ」的なハチャメチャさがあったものだった。
特に読者投稿欄がすごくて、たとえば
「『機動戦士ガンダム』はSFかどうか」
「ニュータイプとはなにか」
みたいなことで誌上討論が勃発したりすると(タマガワ君がもってきたのはずいぶん古いバックナンバーだった)、もう大炎上で大盛り上がり。
そのノリは今のSNSのようというか、頭のいい人もいれば、バカ、ボケ、クズといった低レベルな罵倒も飛び交う、よく言えば活気のある、悪く言えば玉石混交のデタラメなもの。
大人は眉をしかめそうだが、10代の若者にはすこぶるおもしろいものだったのだ。
そんな中、ある人の書いたガンダム論が目を引いた。
その投稿は文章もしっかりしてるし、論の組み立てもすばらしく、とても素人レベルの内容ではない。
ふーん、在野にもしっかりしたもん書ける人がおるんやなあ、と感心しながら名前を見ると、そこにはこうあったのだ。
「京都府 山本弘」
山本弘かい!
そら、うまいはずですわ。後のプロですもん。しかも、「オレが見つけた」。
このとき、つくづく感じましたね。
栴檀は双葉より芳し。才能ある人は、売れてないときからでも輝きが違いますわ、と。
もちろん、山本弘のすごさを「発見」していた人は数多く、乙一さんも影響を受けた作品に『サーラの冒険』をあげておられた。
これには思わず「やろうな」と、うなずいてしまったもの。
乙一さんの文体って、ちょっと山本弘っぽいものね。
岡田斗司夫さんなども、
「SFというジャンルにこだわらなければ、村上春樹クラスの評価を受けていい作家」
「頭がいいけど、そのせいで文章が長くて回りくどい橘玲は、理路整然とした山本弘の闘病日記を筆写しろ!」
これにも当然「やろうな」ですわ。
ノーベル賞候補にだって、ウチの五十六……じゃなかった弘は負けてないで!
その後、山本先生はホラーブームに乗っかって、『審判の日』『まだ見ぬ冬の悲しみも』といったSF短編集を「ホラー」の棚に置くというワザを披露。
これによって「SFは売れない」という偏見の壁をすり抜け名前を売り、その後大作『神は沈黙せず』でブレイクを果たした。
それからも怪獣小説ブームの立役者『MM9』や、星雲賞受賞のお遊び満載『去年はいい年になるだろう』。
本好きなら「俺もまぜろ」の声がおさえられない『BISビブリオバトル部』など順調に活動しておられたが、脳梗塞によって闘病生活に入ることを余儀なくされ、今に至る。
幸い命に別状はなく、ある程度は回復もされたようだが、頭の働きなどに副作用が出ているらしく、
「書くとしてもSFは無理」
ともおっしゃっていたそうだから、当分新作は読めそうにない。
なのでここでは私的オススメ山本弘を紹介して、本日の幕としたい。
まずヤング諸君の入りはファンタジーがいいかな。
さっきも言った『ジェライラの鎧』『ナイトウィンドの影』ね。
ナイトウィンドは「スチャラカ冒険隊」のリプレイを読んでおくと、より楽しめるよ。そっから『サーラの冒険』。
SF短編で震えるようなのが読みたければ、『闇が落ちる前に、もう一度』『まだ見ぬ冬の悲しみも』。
ポップで楽しく、また哀しくもある『シュレディンガーのチョコパフェ』。
『アイの物語』はハズレなしだけど、あえて選ぶなら『ブラックホール・ダイバー』。
『地球から来た男』は『ジェライラ』と並んで、私の人生観にも影響(あるいは再確認)をあたえてくれた。
長編は『神は沈黙せず』はマストだけど、特撮ファンは『MM9』『地球移動作戦』もハズせない。
一般受けなら『詩羽のいる街』で、人にすすめるならこれが入りやすいかも。
あと『夏葉と宇宙へ3週間』のラストがドキドキするんだ、これが。
小松左京先生の影響バリバリだけど、今の作家なら小川一水さんのファンは絶対楽しめると思う。
他にもね、一杯あるねんで、もっと聞いてくれる? それからね、それから……。