鈴木大介六段が藤井猛竜王におみまいした「珍しい」手 1999年 第12期竜王戦

2019年04月02日 | 将棋・好手 妙手

 鈴木大介の逆転術は見ごたえ満載である。

 前回(→こちら)は久保利明九段の妙手を紹介したが、今回は「振り飛車御三家」つながりで鈴木大介九段

 妙手というのは、もちろんのこと「いい手」なのだが、ときにそれだけとは限らないこともある。

 一見、悪手や変な手に見えても、それが相手のミスを誘発したりすことによって「好手」にクラスチェンジすることもあり、それもまた妙手の仲間ともいえる。

 羽生善治九段が得意とする、1手パスのような手渡しなどがその例だし、先日の中田宏樹八段に見せた藤井聡太七段の「△62銀」なんかもその仲間だろう。

 

 

2019年の第32期竜王戦4組予選。中田宏樹八段と藤井聡太七段の一戦。
先手が勝ちの局面で、▲54步に△62銀と引いたのが、藤井が見せたアヤシくも渾身の勝負手。
ここでは▲24金とせまれば先手勝ちだったが、時間に追われた中田は読み切れず、▲同竜と取り、△68竜、▲同玉、△67香からトン死してしまう。
ただ強いだけでなく、秒読みの中、相手の意表をつく手(好手か悪手かすらわからない!)をひねりだせるセンスも持ち合わせた、藤井七段のポテンシャルには、ため息しかない。

 

 

 また、こういう勝負手の中には、

 「いい手か悪い手かはわからないが、絶対に相手が読んでないことは間違いない」

 という妙手ならぬ「妙な手」が勝利に結びつくこともあり、むしろ逆転勝ちを得意にする人にとっては、これこそが必須の才能であったりもするのだ。

 


 1999年の第12期竜王戦は、藤井猛竜王鈴木大介六段が挑戦したシリーズとなった。

 振り飛車党同士の決戦ということで戦型が注目されたが、相振りは鈴木の土俵と見て、藤井は居飛車で戦うことを選択。

 「ゴキゲン中飛車超急戦」を誘発する「▲58金右」の新手(藤井はこれをなぜ「藤井新手」と呼んでくれないのだろうとボヤいていた)を披露するなど、得意の序盤戦術でシリーズを有利に展開する。

 

 

第2局のオープニング。
▲76歩、△34歩、▲26歩、△54歩、▲25歩、△52飛の「ゴキゲン中飛車」に▲58金右が「藤井新手」。
△55歩、▲24歩、△同歩、▲同飛、△56歩、▲同歩、△88角成、▲同銀、△33角からの超急戦にそなえ、また本譜の△32金にも、玉を囲うのにマイナスの手にならないのが工夫。

 



 初のタイトル戦に固くなったか、鈴木が力をなかなか発揮できないこともあいまって、藤井が一気に3連勝。

 「居飛車もうまい振り飛車党」藤井の指しまわしが絶品であった。

 むかえた第4局の終盤。

 居飛車穴熊に組んでからの仕掛けが機敏で、中盤は藤井自身も

 


 「将棋は終わった、竜王防衛」


 

 というほどに差がついていたが、負ければお終いの鈴木も必死に食いついて、一瞬のスキを突いて勝負手を放ち、形勢は混沌としてくる。






 それがこの局面。

 後手の切り札は△24角からのさばきだが、すぐに決行するのは▲35桂の犠打で無効化される。

 なにか一工夫が必要な場面だが、ここで鈴木大介はまさかの地点に手をやった。








 △37桂打とここに放りこむのが、見たこともない筋の、すごい勝負手。

 次△28に飛車を成られるので、▲27桂と打って止めるが、そうやって駒を使わせるのが後手のねらい。

 すぐさま△24角とぶつけて、勝負勝負とせまる。今度は▲35に打ってを封じるための持駒がない。

 以下、先手も一回▲85歩と打って、△同香に、▲24角と取り、△同飛に▲73角と打ちこむ。

 いかにもガジガジ流の強烈なパンチで、△同金左、▲同桂成、△同金に▲63金と進む。






 

 この金打ちに代わって▲63歩成は△同金、▲84歩▲63同竜△72金でハジかれる)、△72銀引▲83金△81玉でむずかしい。

 ▲63金は確実な攻め筋だが、やや重いともいえる。

 ならば形は△84金とかわして、先手の攻め駒を渋滞させたいところ。

 それでも先手が勝ちだが、手順は超難解。

 ギリギリの勝負かと思われたが、ここで後手が選んだのが、まさかの一手だった。

 ▲63金を、なんと△同金と取ったのだ。これが、すごい勝負手の第2弾

 △84金とかわすのにくらべると、これでは相手に金を渡す上に、▲63にと金もできて一見先手がありがたそうに見えるが、▲同歩成に、△84銀(!)と立つのが、いかにも「逆転のテクニック」といった応酬。






 とんでもなく危なく見える後手玉だが、これで

 

 「寄せてみろ!」

 

 とせまる、鈴木大介の実戦的な指しまわしにシビれる。

 まったく予想外の手に1分将棋の藤井はパニックにおちいり、▲64と、とするが、これが詰めろではなく敗着に。

 平凡に▲73金で残していたようだが、秒に追われて読みきれなかったようだ。

 シリーズは第5局を藤井が勝って防衛となったが、この第4局の内容がいかにも鈴木大介の将棋という感じで、私としては大いに印象に残っている。

 

 「こうやって勝つのが、振り飛車の終盤戦でしょ」

 

 とでも言いたげではないか。

 あと、これはまったくの余談だが、あの局面を見てのの予想手が「△37桂打」で、ダイチ君(鈴木の仲間内での呼び名)がそれを指したときは

 「オレもプロレベルか。玄人は玄人を知るっちゅうこっちゃな」

 なんて悦に入ったものだが、その後、『将棋世界』でこの将棋が取り上げられたとき、

 


 「歴史的大珍手」




 というキャプションがつけられていて、

 「オレの第一感は珍やったんかい!」

 なんてコケそうになったものだった。

 

 (藤井猛九段の終盤編に続く→こちら

 

 

コメント
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