六冬和生『みずは無間』を読む。
第1回ハヤカワSFコンテスト大賞受賞作ということで、今の若手が書く最新SFってどんなんかいなあと期待して読んだら、これが思った以上に賛否両論分かれそうなインパクトある話であったため、ここに紹介したい。
ネタバレをふくみますので、未読の方は気をつけてください。
まずはあらすじ、
土星探査というミッションを終えた俺は、やがて太陽系を後にした―――
予期せぬ事故に対処するため無人探査機のAIに転写された雨野透の人格は、目的のない旅路に倦み、自らの機体改造と情報知性体の育成で暇を潰していた。
夢とも記憶ともつかぬ透の意識に立ち現われるのは、地球に残してきた恋人みずはの姿だった。
法事で帰省する透を責めるみずは、就活の失敗を正当化しようとするみずは、リバウンドを繰り返すみずは、そしてバイト先で憑かれたようにパンの耳を貪るみずは……。
あまりにも無益であまりにも切実な絶対零度の回想とともに悠久の銀河を彷徨う透が、みずはから逃れるために取った選択とは?
デジタル化した人格というと、
「自我とはなにか」
「コピーされた人格というのはどこまでが『本人』なのか」
といった、なんとなくグレッグ・イーガンっぽい話かなあと思いきや、壮大なスケールの宇宙旅行に、なぜかえらいこと、ちんまい恋愛劇が交差するように語られていく。
この構成の妙が、この小説の大きなキモ。
途中、自分が作り出した生命体とややこしい会話をしたり、別環境で生きた「コピーされた自分」と出会ったり、相互理解不能の知的生命体との大バトルがあったり。
一応こういう起伏のようなものはあるのだが、その実主人公の思索はどこまでも、地球に残してきた恋人みずはへと行きついてしまう。
などと書くと、
「時と距離を超えた悠久のロマンス」
みたいなものを期待される方がおられるかもしれないが、それがとんでもない。
「不治の病」を持っているということで、なんとなく、かよわく可憐な女性を連想させるが(表紙もそんな感じでミスリードしてるしね)、いやいや、なかなか。
なんといっても、このみずはという女の子が、男からすると、すんごい「ウザい」のだ。
あんまり頭が良くなくて、流行りものに弱く、我慢が足らず、自らの実力不足を棚に上げて人生がうまくいかないのを他人のせいにする。
自分大好きで、悲劇のヒロイン願望もあり、とにかく依存度が高く、ひっきりなしに電話やメールを求め、理解してほしいと熱望しながら他者を理解することには興味がない。
主人公の言葉を借りれば、あたえるものが少ないわりに、「飢餓」感だけがすごいわけだ。
まあ、よくいるといえば、いそうな(病気以外は)「めんどくさい」女の子でもあり、そのあたりの生ぐさいリアリティーも読みどころ。
主人公と彼女のやりとりは、もうページをくりながら、
「あー、こんなんが彼女やったら、しんどいよなあ」
うんざりすることしきりだが、この正直言ってヒロインとしての魅力に欠けるガールフレンドこそが、最後に圧倒的な存在感となって押しあらわれる。
以下はネタバレですけど、ついには物語的にも字義的にも「悠久の宇宙」を飲みこんでしまうのだから、読み終えて、「ひえええ!!」となるのだ。
いやいや、まったく油断がならないッス。
結論から言うと、この小説はイーガン的インターフェイスで手に取らせて、その中身は、
「ハードSF+ご近所ロマンス=大宇宙的ホラー」
という方程式であらわされることになる。
タイトルになっているみずはとは、単なるヒロインではなく、
「よくいるウザい女」
↓
「宇宙ですら逃げられないストーカー」
↓
「バルンガ」
と華麗なるクラスチェンジを遂げる化け物なんですね、これが。
恋人と見せかけて、というかまあ恋人なんだけど、同時になんと倒すべき(なのかな?)「ラスボス」でもある。
前半では、なんでこの女の子の名前がタイトルになってるんだろうと不思議だったもの。
こりゃきっとクライマックスに、すごい感動的な大逆転が待っているのだろうと思いきや、思いっきり逆回転の逆転だったから、ビックリすると同時に感心。
なーるほど、そうきたかと。
宇宙ロードムービーに小さな恋をからめるとなると、なんとなく一時期流行った「セカイ系」を思わせるが、そう見せかけての、あのラストですか。
こりゃまた人を、いやいや宇宙を食った話だね、これは。
キーワードのように出てくる「飢餓」や、なぜみずはの病気が「白血病」とかじゃなくアレなのかとか、そういうことですか。
こっちはうかつにも、
「なんや、ヒロインが死ぬ話か。しかも、ふつうに結核とかやと『ありがち』ってつっこまれそうやから、ちょっとハズしてとか、なんちゅうしゃらくさいやっちゃ」
なんて思いながら読んでいたので、もうすんませんと。
そんなあさはかな読者の先読みなんか、完全に想定内。おみそれしました。
バカ話と髪一重で賛否両論わかれそうだけど、ともかくもSF的ハッタリ(もちろんほめ言葉です)は存分に味わえました。
ストレートなハードSFっぽいのを期待する方は、途中からホラーというか、ほとんど「イヤミス」みたいな展開になって、
「思てたのとちゃう……」
となるかもしれないが、私はこの
「スケールがでかいのか、こまいのか、ようわからんわ!」
な、みずはの存在感にシビれました。いやいや、とにかくコワイと同時にズッコケ(ほめ言葉です)ですわ、このラストは。
というわけで、『みずは無間』はハードSFであり、ホラーであり、ワイドショー的でもあり、イヤミスであり、そしておそらくは怪獣モノで、コメディーですらある物語。
「ハヤカワSFコンテスト」という面からも、いろいろ意見があると思いますけど、
「SFのキモはバカとハッタリ」
を旨とする私は賛のほう。
作者は「それ、ちがうよ!」というかもしれませんが、ホントこれ「怪獣コメディー」としても読めちゃって、そこがいいんですよねえ。