ソフトと升田幸三賞 渡辺明vs郷田真隆 2015年 第64期王将戦 第1局

2024年03月24日 | 将棋・好手 妙手

 「新手」が登場したときは、見ていて興奮するものである。

 将棋のおもしろさには、中盤の押し引きや終盤の競り合いもあるが、序中盤で見せる新手や新戦法もはずせない。

 特に昨今はAIの発展によって、人なら盲点になるような筋から新しい展開が発見されたりと、より可能性が広がった印象。

 ということで、今回はちょっといわくつきな、おどろいた将棋を。

 


 2015年の第64期王将戦七番勝負。

 渡辺明王将棋王郷田真隆九段のシリーズは、第1局から注目を集めることとなった。

 話題になったのが、この局面。

 

 

 


 角換わり腰掛け銀の中盤戦だが、なにやらすでに、先手が苦しげである。△65歩と打たれて、の処置がむずかしい。

 この局面自体は前例があって、▲65同銀直と取るのだが、△同銀▲同銀△55角

 これで不利というわけでもないが、先手番なのに受け一方になり、つまらない展開ではある。

 となると不思議なのが、先手の渡辺明が自分からこの局面に誘導したこと。

 他にも分岐点はあったのに、あえてここにしか到達しない手を選んで進めていたのだ。

 観戦者たちは、かたずを飲んで見守っていた。西尾明六段によると、これと同じ局面を指し、

 


 「先手を持って自信がなかった」


 

 と感じたそうだが、なんとここで逆に、先手が優勢になる順が研究会で発見されたというのだ。

 果たして、渡辺明はその手を指した。

 中座真七段高野秀行六段をはじめ、並みいるプロが「驚きの声を上げた」という一着は……。

 

 

 

 

 


 ▲55銀左△同銀▲47銀で先手優勢。

 当たりになっているを捨て、逆モーションでもう1枚の銀を引く。この組み合わせで、見事に難局をクリアしている。

 このまま▲46銀を取られてはいけないが、逃げる場所も少なく、△13角には▲15歩で攻めが続く。

 郷田はこれを見て2時間25分の大長考に沈み、そのまま封じ手に突入するが、結局打開策はなく△37角成から特攻するも、冷静に受け切られてしまった。

 見事な切り返しだったが、となると気になるのは、渡辺がどこで新手の存在を知ったか。

 大川慎太郎さんの取材によると、渡辺は仲のいい村山慈明七段から聞き、村山は森下卓九段から教えてもらったという。

 そして森下によれば、

 

 


 「実はソフトに指されたんですよ」


 

 人間の検討では「先手苦しい」で一致していたところ、ソフトの新手により新しい可能性が開ける。

 今ならよくあるだろうか、当時はまだ新鮮だった。

 ちなみに渡辺は

 


 「ソフト発の新手なのに升田幸三賞にノミネート(自分が)されると困る」


 

 と思ったから、素直に研究内容を話したそう。

 たしかに、そういう誤解は問題だが、新手というのはいつも、出どころがハッキリするとは限らないのが悩みどころでもある。

 よくあるのは、新手の出どころは奨励会だけど発案者はまだ無名なうえに、研究が転がっているうちにだれが創始者かわからなくなる。

 そのうち、それを公式戦で採用したプロの名前で、その戦法がクローズアップされたりして、


 ◯◯新手ってあるけど、別に◯◯さんが考えた手なわけじゃないよね……」


 なんかな感じになったりとか。

 またおもしろいのは、なんと対戦相手の郷田はこの手を「潜在的に考えていた」ことがあったとコメントしている。

 対局中はそのことを忘れてしまっており、対策には生かせなかったが、こういう相乗効果で話が進むことだってある。

 さらに「へえ」だったのが、▲47銀と引いた局面で、もしかしたら△13角と逃げる手が、最善のねばりだったかもしれないということ。

 


 「駒に勢いがない。とても指す気がしなかった」


 

 と当初は否定的だった郷田だが、後に「引くべきだったかもしれない」と意見を変えている。

 気持ちはわかる。相手の画期的新手を喰らって苦しいときに、さらに屈服するような手ではとても勝ちは望めない。

 強い人ほど、△13角のような手は排除するはずなのだ。

 だが、ここでもやはり先入観の先に光があった。
 
 △13角▲15歩△31玉▲14歩△22角で一目屈辱的だが、決めるとなると先手もハッキリしないのだ。

 

 


 これは広瀬章人八段も同じ感想を抱いている。

  なるほどという手順だが、それにしても△13角△31玉△22角は指せない。

 ずーっと言いなりになってるだけだもんなあ。しかも歩切れだし。

 進歩というのは、こういった「できない」「ありえない」というものを、試行錯誤の末に突破したときにこそ生まれるもの。

 その意味ではソフトと人とが切磋琢磨して影響をあたえ合えば、これからもどんどんおもしろい将棋が見られるはずで、これからの展開も大いに期待したいものだ。

 


(人間だって負けてないぞ! 平成の棋界を震撼させた「中座飛車」)

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