海外でたまに、ゲイの人と出会うことがある。
私は同性愛をふくめ、一般に特殊でマイナーとされる愛や性の形に対してはすべて
「別に、いんじゃね」
と思っているが、たまにそういう人と接する機会があると、それなりのカルチャーショックを受けることもある。
たとえばフランスを旅行した際、パリでゲイの人にナンパされたことがある。
日本にいても逆ナンされたことなどない地味な私だが、海外ではこういうこともあるのだ。モテモテである。
ただ誤算だったのは、勝手なイメージで、ヨーロッパのゲイといえばイギリス秘密情報部のバンコラン少佐とか『風と木の詩』のジルベールみたいな美少年を想像していたのだが、実際は
「フランス版の出川哲朗さん」
としかいいようない、妙に愛嬌のあるオジサンだったこと。現実というのは、かくもシビアである。
まあ、これは私が知らずにセーヌ川沿いの「ハッテン場」に足を踏み入れてしまったのが悪かったんだけど、バスチーユのユースホステルで出会ったキタバタケさんにこの話をすると彼は笑いながら、
「アハハ、オレも同じようなポカをやったことがあるなあ」
ユースに宿をとる旅行者といえば、たいていが学生か金のない(あっても長期滞在のためあまり使いたくない)バックパッカーというのが相場だが、キタバタケさんはそんなビンボー旅行者の中でも、さらに強者といってもいい存在。
なんといっても、宿は基本野宿、移動はヒッチハイクで食事は1本80円のバゲットのみという、ほとんどタダでヨーロッパを渡り歩く猛者だったのだ。
疲れがたまったときだけ、ユースなど安宿に泊まることもあるが、今どきこれだけの根性でもって世界をへめぐる、どこか昭和のにおいがする、パワフルなバックパッカーなのだった。
そんなワイルドな旅人であるキタバタケさんは、その日も野宿をすべく、寝袋をかついでパリ郊外へと出向いて行ったが、その姿勢が事件につながることとなる。
場所はブローニュの森。
テニスファンなら、フレンチ・オープンが開催されるスタッド・ローラン・ギャロスがあることでおなじみだが、実はこの森、それ以外にも大きな特徴があった。
そんなことも知らずに、能天気に寝袋にくるまっていたキタバタケさん、夜も更けてくるころになると、少しばかりおかしな様子になっていることに気づいた。
目論見では、森の中なら人もおらず静かに寝られるだろうと思いきや、暗くなるにつれて、どんどん人が増えてくるのだ。
しかもそれが男ばかり。
さらには、具体的にどうということまでわからないが、なんだか違和感があるのだ。
そこにある若い男性が、キタバタケさんを発見した。
その男性はむくつけき、芸能人でいえば髭男爵の山田ルイ53世さんによく似た、熊のごとき大男。
そのラグビー部のごとき体形と空気感からして、いかにもそれっぽい。
そこでキタバタケさんはようやっと理解した。
そうかー、ブローニュの森ってそっちのハッテン場だったのか!
そんなところにウカウカと、素人が迷いこんでしまうとは不覚であった。
状況を理解したキタバタケさんはあせった。むこうはいかにも力がありそうな体なのにくらべて、こちらは寝袋に入ったまま。
しかも、両手両足をずっぽりつつんでしまう「蓑虫」タイプのものだ。いざとなったとき、反撃も逃走も不可能。
やばい! 貞操の危機を感じたキタバタケさんだが、困惑していたのはフランス山田氏の方も同じだったらしく、むこうはむこうで
「迷いこんだ、なにもわかってない素人」
といった存在は、迷惑なりに、なれていると思うけど、ただそれにしたってそんなところで「寝ている」という行為は、かなりまぎらわしい。
おそらくフランス山田氏も、同じように感じたのであろう。
スカタンなバックパッカーとは思うけど、もしかしたら寝具にくるまっているというのは「ものすごく気の早い人」という解釈もできないこともないし……。
かなり迷った末にフランス山田氏は一言二言声をかけてきたが、フランス語の理解できないキタバタケさんは、あいまいな笑みを浮かべるのみ。
結局、そのままフランス山田氏立ち去り、キタバタケさんの純潔は守られたのであった。
「いやあ、こっちもバカだったけど、なんだか冷やかしみたいになって、悪いことしちゃったなあ」
苦笑いするキタバタケさんだが、まあ変な誤解も生まれずよかった。
ちなみに、
「もし、そのマッチョガイに、マジでせまられてたらどうします?」
とたずねたところ、キタバタケさんは、
「まあ、オレは女好きだけど、ちょっと好奇心はないこともないかな……」
興味あるんかい! さすがワイルド系バックパッカーだ。なにごとも経験、話のタネだと。
「もしかしたら、すごくいいかもしれないし」
能天気に笑うキタバタケさんだが、考えてみれば「どっちもいける」というのは、それはそれで人生が単純計算で2倍楽しくなり、付帯効果で同性愛への不寛容なども解消されそうでもある(このあたり、バイの人の意見求む)。
なら人類としてはむしろ、積極的に「どっちも」の方向へ舵を切るのが正解かもしれず、キタバタケさんの呑気な好奇心は、案外と未来への希望を示すものなのかもしれない、などと感じたりしたものだった。
(続く→こちら)