バレンタインデーに反対! と言いたいところだが……

2014年02月13日 | モテ活
明日、2月14日はバレンタインデーである。

 こう書き出すと、ふだんからここをお読みの酔狂な読者諸兄は、


 「どうせモテないオマエのことだ、ここでひとくさりバレンタインの悪口でも書くのだろう」


 などと推測されるかもしれないが、これが案外とそんなこともない

 意外かもしれないが、実のところ私はバレンタイン賛成派なのである。

 常日ごろ硬派な日本男児を自認し、クリスマスハロウィンにもほとんど興味がないのだが、


 「好きな子にチョコを送って愛を告白する」


 というこの日だけは、少しばかり寛容なのである。

 その理由は高校生のころの思い出というかトラウマというか。

 当時高1だった私は同じクラブのコトコちゃんという女の子に恋をした。

 話せば長くなるのでかいつまんで言うと、2年生のときに彼女に告白したら、「」の返事をもらったわけだ。


 「今さら、そんなこと言われても困るよ」


 そうだよなあ。これまではいい友達だったのに、この先は気まずくなっちゃうよなあ。でも、自分の気持ちに嘘はつけんしなあ。

 これだけなら、よくあるフラレ虫の哀歌だが、続けて彼女の口から飛び出した言葉には、文字通り腰が抜けたのを覚えている。

 


 「あたしは1年生のとき、ずっとキミのことが好きだったのに」



 彼女は続けて、



 「でも、なにも言ってくれなかったじゃない。どうして今になって、あきらめて、整理もできた後に、そういうこというわけ?」



 これを聞いたときの私の心境は、察していただけるだろうか。

 そう、私は1年生のころからコトコちゃんのことが好きだったが、同じころ彼女もまた私のことを想ってくれていた

 その時期はハッキリと、二人はこれ両想いだったのだ。

 でも、双方


 「けど、なんにも言わないってことは、脈がないんだろうな」


 そう勝手に思いこんでいた。

 で、1年後、もう人生ののステップに進んでいるところに、思わぬところからの告白

 そら、「なんで今さら」だろうけど、それはこっちだって同じだ。

 今そんなこと言われても、どないしたらいいのよ

 それからも、またいろいろとややこしいところはあったんですが、それも長くなるので割愛するとして、こういった経験があるためか私は恋に関しては、


 「好きなら、結果をおそれず告白しろ」


 そう頑強に主張する人間になったのである。

 好きなら言え。じゃないと、想いは伝わらない。

 伝わらないと、お互いが想い合っていても、いつまでたっても気づかない

 私とコトコちゃんみたいに。

 だから私は、だれかが日本人的なの感覚で、


 「そんなの、言わなくてもわかるだろ」


 ってため息をついたり、女性が鈍感な男子に、


  「黙ってても、こっちの気持ちくらい察してよ」


 なんて言いがちなのを、あまり認める気になれない。

 だって、それはきっと、わからないから。

 世の中には、私とコトコちゃんのように、好きで、お互いのことを求め合っていても、言葉が足りないというその一点だけで、こんなにもすれ違う。

 愛し合っていても、その手をつなぐことができない。 

 だから、だれかを好きになったら、かならずその気持ちは伝えるべきなのだ。

 言葉にしないと、それはわからない。


 「目と目で通じ合う」

 「言わなくてもわかってくれる」


 というのは幻想だ。

 少なくとも、もし本当に伝えたい、わかってほしいなら、そんな独りよがりのようなものに頼ってはいけない。

 もちろん、自分が好きだからといって、相手も同じように愛してくれるとは限らない

 いや、むしろシビアなこの世の中では、そうでないことのほうが多いかもしれない。

 じゃあ、どうしたらいいか。

 それでも私は、「行きなさい」と言うことにしている。たとえ結果がどうあれ。

 そこは私の友人や後輩は、いわゆる「リア充」的なタイプは少ないので、「行ってこい」とアドバイスすると各所から、


 「サカイ君、クラスメートのミチコちゃんにフラれ轟沈!」

 「ミサキ君、職場の先輩を誘って壮絶な戦死をとげました!」

 「キシワダ君、後輩に告白し、その後の消息不明。各隊、心当たりの場所を捜索してください!」


 などといった、ミッドウェーのごとく「連合艦隊壊滅」な悲報が次々届くことになる。

 気分はすっかり「特攻隊」であり、望みもないのに告白するのは、どうかという意見もあることもわかる。

 けど、それにしたってやっぱり、好きだったら言うべきだと思うんだよなあ。

 こればっかりは、若きころに背負った「」としかいいようがないので、私に恋愛相談するときは注意してほしい。

 勝算あろうがなかろうが「行け」としか言わないんで。

 もう腹は決まっていて、最後後押しがほしい人だけにしたほうが無難だ。

 そんなわけで、ともかくも愛を成就する、そのきっかけを与えてくれるかもしれないバレンタインという行事を、私はそんなに嫌いにはなれないのだ。

 もっとも、好きでもなんでもない男子に告白されて、いちいちフラなければならない女子のストレスもなかなからしいですが。

 


コメント
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