昨年末、楠原偕子先生が亡くなられていたことは聞いていたが、どこにも情報が出ていなかった。やっと数日前に新聞に出た。コロナ禍下なので、こうした訃報の扱いも、以前とは違っていることが多く、戸惑ってしまう。
楠原先生は慶応大名誉教授、アメリカ演劇を専攻され、私の在学中からいろいろと気にかけて下さった。講座で私に「優」をくださった。演劇研究会の顧問もされていた。卒業後、シェイクスピア関係の特別講座のさい、呼ばれて、坪内逍遙以来のシェイクスピア翻訳の変遷をリーディングする役目を仰せつかったこともある。ウォーターフロントのマンションだったお宅にも招かれたことがある。私の作品の批評もして下さったし、「三田評論」に私について長い文を書いてくださった。私が「グッドフェローズ」という会社を作ったとき、「なぜ「グッド」(善良)という言葉を使えてしまうのか」みたいなことをテアトロ誌に書かれて、「グッドフェローズ」というのは、「グッド」とはついているけれどもそれはむしろ皮肉で、アメリカでは「ギャングの身内」みたいな使われ方をしているのだとお伝えすると、それは知らなかった、と、調べて、訂正してくださったこともある。戦時中の食糧難についてよく話され、バブルの時代、飽食の世の中を批判するお言葉も、多かった、と、ふと思い出した。
ほんとうに、いろいろとお世話になりました。ありがとうございました。安らかにお眠りください。