魔人の鉞

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「戦陣訓の呪縛」 は必読の書

2014-04-27 18:15:26 | 第2次大戦

「戦陣訓の呪縛-捕虜たちの太平洋戦争」 ウルリック・ストラウス著、吹浦忠正監訳、
中央公論新社 2005年。

戦陣訓の有名な一節、「生きて虜囚の辱を受けず、死して罪禍の汚名を残すこと勿れ。」 
について、それがどれほど日本軍の行動を呪縛していたか、多くの日本兵捕虜たちの
証言や回想録に基づいて解説しています。

ほとんどの者が、捕虜となったことを許されない汚辱と感じ、もはや祖国から見捨てられ
た、親兄弟郷友に顔向けできないと深く悩み苦しんだそうです。

「自分が捕虜になれば家族に直接的に深刻な影響が及ぶと日本兵たちは信じていた。
自分の恥辱のために家族や近親者が村八分にされる。それは集団志向の社会において
最悪の運命である。」(81p)  そして
「すぐに捕えられるというわけでもないのに、集団ヒステリーによって自決する日本兵も」
(81p) 少なくなかった。
「大半の日本人捕虜にとって、捕虜となった事実は、家族に知られたくないことの最たる
ものであった。中には、自分が捕虜の身分であることを家族に知らせないと約束すること
を条件に、尋問官の問いに何でも進んで答える者さえいた。」 (168-169p) 

戦陣訓は法令でも勅語でもなかったのですが、軍隊にとっては重要な意味を持っていま
した。司馬遼太郎は、『戦陣訓』 が自分の部隊では一顧だにされなかったと個人的体験
を述べ、マスコミが煽っていただけであると主張したそうですが、ストラウス氏は丹念な
取材により、戦陣訓の言葉がいかに日本兵の思考と行動を束縛していたかを明らかに
しました。

日本が捕虜に関するジュネーブ条約に調印しながら批准しなかった最大の理由は、日本兵
は投降しないが欧米の兵は捕虜となるので、捕虜を丁重に扱うことは日本にとって一方的
な負担になる、損であるということでした。(45p) 
戦陣訓で捕虜となることをこの上ない恥辱として許さず、捕虜となった場合の権利や振舞い
方も教えず、足手まといの負傷兵は捕虜とならないよう自決させ、敵に被害を与えること
すらできない集団自決やバンザイ突撃が当然視され多発する結果となりました。人倫の
限度を超えた特攻や全員玉砕はその究極の形に過ぎないのでした。
また敵方の捕虜を虐待し侮蔑的に扱ったことは、それと表裏の関係になるわけです。

不運にも捕虜になった兵の詳細情報を、ジュネーブ条約を守る連合軍から通知されていた
のに、大日本帝国は家族に知らせることなくこれを無視し、一方で靖国神社には除外して
お祀りしませんでした。真珠湾に突入した特殊潜航艇の乗組員10名のうち9名だけが軍神と
讃えられたのは、1名が太平洋戦争の第1号の捕虜になったことを通知されたからでしょう。
(実際にはその9名がどう戦ったかについても、今でも全く分かっていないのですが)。

こうした日本のやり方は、司馬氏のように個人として戦陣訓を知っているかどうかではなく、
大日本帝国が国策として捕虜となることを禁じ、捕虜蔑視を推進したということを意味し
ます。そのことによって兵隊の人命を軽視し、赤紙で招集した人命を消耗品のように扱った
ということこそが問題なのです。

戦後70年を来年に控える今日にあって、戦陣訓を再評価し、戦陣訓は良いことを言って
いる、というような文言の解釈や、東條氏を有罪にするために戦陣訓に関する東條個人
の役割を過大評価している、といった東條擁護のための論陣を張る人たちは、ストラウス
氏の著作に学んでほしい。氏は、戦陣訓は 「国家主義が高揚する当時の風潮にぴたりと
合い、その内容は確実に受け入れられた。国民に国家への限りない奉仕と、美化された
死を要求した」。(346p) と結論します。

制作過程は確かに東條陸軍大臣個人の創作・強制ではありませんでしたが、戦陣訓
は日本人の古くからの観念に明確な形を与え、日本軍の行動を呪縛したのです。国に
命を捧げた兵士たちのために靖国神社にお詣りすると主張する人たちは、こうした
歴史的経緯を知りたくない、目をつぶっていたいと思っているのではないでしょうか。
愚劣な戦争指導を行った者たちを根底から批判し神々の座から追放しなければ、兵隊
さんは安心して眠れないと私は思います。

また天皇陛下との関係性についても、日本兵で絶命の際に 『天皇陛下万歳』 と叫ぶ
というのは 『1万人に一人』、あるいは 『2万人に一人でも多すぎる』 と複数の捕虜
が供述したとあります。(80p)
「数十年を経て戦争や捕虜の体験を語る際に、元日本兵たちは、当時もっぱら考えて
いたのは自分の住んでいた場所や肉親、特に母親のことだったと回想している。」
そうです。
 
戦争の実態を知る上で、教えられることの多い、貴重な書物です。
       (わが家で  2014年4月27日)

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