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ネイビーブルーに恋をして

バーキン片手に靖國神社

夜の艦橋~日向灘・掃海隊訓練

2015-12-05 | 自衛隊

最近、ブログ編集をするのに大変なストレスを感じております。
前にも一度書きましたが、文字を打ち込んで反映されるのに大変時間がかかり、
ひどい時にはだだだだっと打ち込んでじーっと画面を見つめていると、
20秒くらい経ってからずらずらずらっと文字が現れてくる始末。

これはいかなる現象なのかと首を傾げていたのですが、
文字数が一定の量を越したところからこの現象が始まることに気づきました。 

つまり、当ブログの一つのエントリの文字数が多すぎるのかもしれないということです。

2万字を超えても普通に投稿はできるので、相関関係は明らかではありませんが、
gooブログもこんなに毎日毎日1万5千文字平均のエントリを投稿するというような
ブロガーを想定してプログラムしておらず、画面不具合が起きるのかもしれません。

初っ端からなにを愚痴っているのかと思われたかもしれませんが、
しばらく実験的にエントリの文字数を抑えて内容を短くしてみることにしますので、
ご了承ください、というお断りでした。


さて、CICドアの (-_-)/~~~ピシーピシー!になごんだ後、
(今これをコピペするために検索したら、”ピシーピシー”ってどういう意味ですか、

という質問が多数上がっていたので一応ここでも説明すると、鞭をふるっている人。
つまり、『ドア閉めないとお仕置きよ』という意味ですので念のため)
わたしたちはラッタルを登って艦橋に上がりました。
(ちなみに当掃海母艦のラッタルには、いちいち「三点保持」の札がありました)

上に上がってまず驚いたのは、操舵室が広いこと!

「艦橋が広いでしょう。掃海母艦ならではです」

と心なし誇らしげに副長がおっしゃいます。
観艦式でイージス艦の艦橋をたっぷり見学したばかりなのでよくわかります。
ちなみにこの掃海母艦は先日の観艦式にも受閲艦艇として参加したのですが、
この艦橋には最初からロープを張って前面には入れないようにしていたそうです。

艦橋の天井上部にバーがありますが、その時の見学者も
ここにぶら下がるようにしてフネの揺れに耐えていたのでしょうか。

それにしても・・・・。

わたしはこの光景に猛烈に感動していました。
窓の外が真っ黒い夜の艦橋。
岸壁に停泊しているので動きがなく、誰もいない艦橋なんて、
そうそう一般人が誰でも見られるものではありません。

前回の話ではないですが、乗員がこのような写真をSNSをつかって
外に発信するということはまずありえないので、
従ってこの写真も大変貴重なものではないかと思うわけです。



操舵を行うために立つ床には、ここだけ何か敷いてあり、折りたたみ式のイスも
明らかにショックアブゾーバーを搭載しているように見えます。

次の日に乗った掃海艇の艦橋の椅子はどれもこの機構が組み込まれ、
つまり機雷処理をする時の爆発の影響を受けないようになっていました。

本艦は母艦ですから掃海艇よりも離れたところに待機するはずですし、
艦体も掃海艇と違って大きく安定しているのですが、やはり操舵には
影響を与えることがあってはいけないということなのでしょう。 



誰もいない艦橋・・・、といいながら人影が見えますが、
右側は案内して下さった副長、左は・・・艦橋にいた人だったかな?
全体に広いので、スペースに余裕があり、
双眼鏡置場などがイージス艦とは全く違う場所にあります。

後部に覆いをかけたボードがありますが、毎日作業が終了したらこうするのか、
それとも外部から見学者(わたしたちのこと)が来るので、何か見られたらマズいものを隠したのか。

 

艦橋脇にもこれだけのスペースがあるのが掃海母艦。
これだけ広ければ、観艦式の時にはさぞたくさんの人が艦橋で見学できたでしょう。

艦長はほとんどの自衛艦と同じく2佐ですので、
艦長席のカバーは赤と青の二色となります。

他の艦橋内の写真では、左舷側の椅子は1佐用の赤です。

広いので、ヘルメットや戦闘訓練のときに装着するベストも、部屋の隅に置いておけます。
このスタイルはやっぱり「戦闘服装」と称するようです。 

今観ている「ジパング」では、これをつけて銃を構えた「みらい」乗員を見て、
帝国海軍の皆さんが、

「おい、ドイツ軍みたいな鉄兜を被っているぞ」

「なんだあの見たことのない銃は」

とざわざわするシーンがありました。
多分銃は89式小銃なので、当然1943年の海軍軍人には全く見たことがないはず。
「ドイツ軍みたいな鉄兜」は88式鉄帽と言われるものでしょう。

臨検の時などにかぶるヘルメットはABS樹脂(レゴと同じ素材)で、防弾能力はないので、
戦闘服装の時には「テッパチ」と称するこちらを被ることになっています。
帝国海軍の艦隊勤務でも戦闘の時、砲座ではテッパチを被っていましたが、
当時の人間がもしこの88式鉄帽を見たら、縁が真っ直ぐでないこちらのヘルメット
(耳が隠れる)は、確かにドイツ軍の鉄兜に見えるかもしれません。

ちなみに戦闘服装とは

作業服に作業帽を着用する(絶対にあご紐をかける)

右臀部のズボンポケットに軍手を入れる。

ズボンベルト後ろ側にフェイスタオルか手ぬぐいをかけ、左臀部のズボンポケットに入れておく。

両足の靴下の中にズボンの裾を入れるか、専用ゴムバンドを使用し裾を絞っておく。

靴は通常の短靴1型を着用する。

ふーむ、ポケットの右は軍手、左は手ぬぐい。
そんなことがきっちり決められてその通りにしなければいけないというのが軍隊式。
この次の日、掃海艇の上では乗員が皆その格好で作業をしていたわけですが、
本当に手ぬぐいと軍手がちゃんと入っていたのか見たかったな。

しかし、これによると靴は「短靴1型」と決まっているということですが、
艦橋で皆さんの履いている靴を見るともなく見ていて、

「やっぱり靴くらいは自分で好きなのを選んで履けるんだなあ」

と思った覚えがあります。
一応黒ではあったけど、皆形が違いましたし、靴下にズボンを入れている人よりも
少し長めの飛行ブーツっぽい靴を履いている人が多いように思われました。

あまりこのあたりは厳密に守らなくてもいいように見えました。



前回もアップした機関室の写真。
私の記憶に間違いがなければ、この掃海母艦の機関室は
艦橋の後ろの、同じ階にありました。
わたしが

「普通機関室って食堂の隣とかにないですか? 艦内神社が横にあったりして」

というと、 副長もそうだと答えたような気がします。
では、なぜ掃海母艦に限り機関室が他の自衛艦や軍艦と違って上にあるのだと思いますか?

これは、理由を聞くとけっこう戦慄したのですが、

「機雷の爆発が海中で起こった時、機関室だけはダメージを受けないように」

ということでした。

「ここが破壊されてしまったら船が動かなくなるので」

もちろんいかなる軍艦も戦闘や戦争を想定してつくられているわけですが、
実は掃海隊というのは、現在の戦争をしていない日本の自衛隊のなかで、 
掃海艇・掃海艦とともにもっとも、

「日ごろから現実的な危険にさらされている部隊である」

ということが、この言葉で
改めて実感された次第です。

続く。


(やっぱり最後の頃には打ち込みにくくなりました。
予想は当たっていたみたいです) 


 



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12 Comments(10/1 コメント投稿終了予定)

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面白いです! (雷蔵)
2015-12-05 07:02:33
掃海母艦の艦橋は初めて見ましたが、護衛艦とちょっと違いますね。

護衛艦なら訓練でしょっちゅうカポック(救命胴衣)と鉄ッパチ(鉄帽)を使うので、キチンとラックを作ってあります。

写真は取って付けたような置き方なので、普段はしまってあるのかなと思います。

操縦室が艦橋と同じレベルにあるのは、実際上、あまり意味はない気がします。

操縦室は機械を遠隔操作しているだけで、触雷して水中爆発を食らって機械が壊れたら、操縦室が生けていても、走れません。操縦室が壊れても、機械が生きていれば、機側で制御出来ます。

そういう任務の船なんだという精神的、象徴的な意味合いなのかなと思いました。

小銃は、陸上自衛隊は89式に改変していますが、海上自衛隊と航空自衛隊は相変わらず64式です。

89式は5.56ミリですが、64式は7.62ミリで互換性がありません。
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何度もすみません (雷蔵)
2015-12-05 07:10:23
ブーツのような靴は、爪先の上に鉄板が入った安全靴です。

掃海艇は作業中に重量物を扱いますが、短靴だと、足の上に誤って落ちると足が潰れます。安全靴だと、鉄板があり、大丈夫です。

甲板作業に携わる運用科は、ほとんど安全靴だと思います。
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フリッツヘルメット (佳太郎)
2015-12-05 10:16:33
ナチスドイツの使っていたヘルメットの形に似たヘルメットをのちに米軍も採用したあたり結構優秀だったのかもしれませんね。
余談ですが、東ドイツのヘルメットはかつてナチスドイツが開発していたヘルメットの形を参考にしたようです。

艦橋はイージス艦とは違って広々として見えますね。あたごを見学した時はものすごく窮屈に感じました。ここで双眼鏡を手にして機雷を探して、破壊の指示をだすのでしょうかね。
そして危険な任務につくだけあって生存性はかなり重視されているのですね。
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雷蔵さん (エリス中尉)
2015-12-05 12:26:19
>とってつけたような置き方
やっぱりそうですか。これ、どう見ても専門のラックじゃなくて踏み台ですよね。
自衛隊ともあろう組織が平常からこんなことをしているとは思えないので、
専門のラックは別のところにあるけど、今は訓練中なので頻繁に着用することから
艦橋用のカポック(ってうのか・・)
だけここにまとめてあるみたいですね。
それも、艦橋が広いからできるってことで。

掃海母艦の危険は普通の軍艦と違って「下から」くるということの表れですね。
船の設計思想はこういうところに表れているということで、興味深いです。
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フリッツ (佳太郎さん)
2015-12-05 12:37:38
今調べたらいわゆる典型的なドイツ軍のヘルメットは「シュタールヘルム」
が有名で、これがイコール「ドイツ軍のヘルメット」という固有名詞になっているとか。

「フリッツ」というのはアメリカ側から見た「典型的なドイツ名」であることから、
ドイツ軍を意味するスラングで、
アメリカ軍の「ドイツ軍のそれに似たヘルメット」のことだそうです。

掃海母艦の機雷処理現場における役割はもっと統括的なものだと思います。
「機雷を探し破壊の指示を出す」ことは掃海艇も行います。
掃海母艦はヘローキャスティングという水中処分員を乗せたヘリを発艦させ、
その揚収を行うということをしていました。
今回の見学ではそんなことも見てきたので、追ってご報告します。
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(-_-)/~~~ピシーピシー! (昭南島太郎)
2015-12-05 15:39:02
そうですか。。。あれは鞭のお仕置の意味だったのですね。。。
かつて教鞭に立った豪国の私立男子寄宿学校で一番生徒から怖がられていたのが公開鞭打ちでした。
何て野蛮な、と思っていたのですが、英国パブリックスクールの一部でもそうだったようですね。結婚して昭南島に来ると一般家庭でも子供の教育に鞭が使われます。我が子に鞭を振るう親を想像できませんでしたが、10年ほど前の嫁がまさにそれで。。。さすがにティーネイジャーになった今の我が子に使うことはありませんが、あれはあれで効果はあったようです。今では我が子とも懐かしい記憶で語ってます。
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お仕置き (エリス中尉)
2015-12-06 21:58:52
ヨーロッパの小説などを読んでいると「先生に鞭で叩かれ」というシーン、見ますね。
しかし、あの鞭は痛いけど怪我はしないようにうまくできているんじゃないですか。
それに手で叩くと叩いた方も痛いし()

昭南島では教育は基本イギリス流だったということなんでしょうか。
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戦闘服装 (アーサー)
2015-12-07 12:36:53
 >ズボンベルト後ろ側にフェイスタオルか手ぬぐいをかけ、左臀部のズボンポケットに入れておく

 なぜ、こんな規定があるのか知りませんが、もしかしたら止血帯の代用なのでしょうか?
 帝國海軍では、戦争中に戦訓で、乗員が止血帯としてゴムバンドを着用するという艦船もあったようです。

 いまの止血法は、圧迫止血が基本なのでタオルなのでしょうか?
 なんとなく軍手も滑りやすそうな気がします。手袋でいいのに。。
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アーサーさん (エリス中尉)
2015-12-07 17:51:51
てぬぐいはわかりませんが、軍手はしょっちゅう使ってますね。
何しろ、自衛艦の作業は「索を引っ張る」ことが多いので、
作業中は必ず皆さん軍手をはめてます。
観艦式のときに、ちゃんとした?制服を着ている幹部や海曹は、
あの白い手袋でもやいを引いていましたが。
掃海作業で皆がどんな手袋をしていたか、これから写真で確かめてみることにします。
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身近にあるものを使っただけ? (雷蔵)
2015-12-07 20:27:45
軍手も手拭いも、恐らく、身近にあるものを使っただけだと思います。

手拭いは、アイロンの当て布にも使えます。火災はそうそうないですが、アイロンは日常茶飯事です(笑)
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