ネイビーブルーに恋をして

バーキン片手に靖國神社

映画「大空のサムライ」

2010-12-19 | 映画
大空のサムライに興味を持ったとたん、この映画の存在についても知っていたわけですが、何故か今まで見たことはありませんでした。
巷で見る映画評があまり芳しくなかったのと、この配役を見ただけで
「それは、ちょっと・・・・」
と観るのをためらってしまったからです。

それを言っちゃあ話が進まないのですが、坂井三郎が藤岡弘、って?
笹井中尉が志垣太郎、って?

いや、別に実物に似ている必要はないんですよ。
所詮娯楽映画ですから。
しかし、本日画像は、

「参謀の暴言に反発し、飛び出してきた坂井先任と揉み合う笹井中尉の図」

なんですが、
右が坂井、左が笹井。
人物のサイズが全く逆になっている・・・・。
二人が二人とも出てくるだけで暑苦しいくらい濃い顔の俳優、というのは個人的には暑苦しい顔嫌いのエリス中尉的にはいただけないとはいえ、時代の流行りだったということを考慮すればまあ許せるとしても、このサイズ差は・・・・。

おまけにこのシーンで
「まて、話そう、坂井!」
と追いすがる笹井中尉の手を坂井先任、払いのけるんですよ~。
ありえねー。

まあ、この程度のヘンなことは、映画ですから言いだしたらきりがありません。
そのへんはさらりとスルーしつつ、二回に分けてこの映画の感想をお話しします。

なぜかDVDがとても高額なので、「購入派」のエリス中尉としては若干のためらいがあり、今に至るまで観ることが無かったわけですが、先日Uターン禁止で捕まったあの日、「医龍」と一緒に借りてきました。

「初心者」の頃に観なくてよかった、というのが最初の感想。
ある程度ラバウルと台南空のことについて知識を得て、さらに
「大空のサムライ」
のフィクション度とか、信憑性とかについてある程度のことが分かってきた今観るからこそ余裕を持ってそのフィクション性を楽しむことが出来たのかもしれません。

 
この映画は1976年公開。
冒頭実物の坂井三郎氏が被弾した飛行帽とゴーグルを手に
「サムライとは私のことでなく、散っていった戦友であり、戦った敵搭乗員」
と語るところから映画は始まります。

本人がこのように出演し、映画の予告にも「実話」としっかり明記されているので、何の知識もなく観た人は、かなりの勘違いをしてしまうでしょう。

そもそも、真実からかなり逸脱しているらしい大空のサムライをさらに加工修正しているのですから、これは全く別の戦争映画として観た方がずっとすっきりするのになあと思って観ました。
というのは、事実を全く切り離して純粋に映画として観た場合、ストーリーは十分見ごたえがあるのですが、それゆえに原作の「サムライ」からすら乖離してしまっているからです。


まず、坂井三郎、笹井中尉、斎藤司令以外の台南空隊員は、本田兵曹と半田飛曹長を除いてそれに関係していそうな人物さえ出てきません。
それは、全く別のエピソードを展開させるために実在の人物では都合が悪いためでしょう。
この長大なストーリーの中から映画に使うエピソードにどれが採用されるのかが興味のあるところだったのですが、おそらく多くの「サムライ」ファンが
「編隊宙返り」
はなく、その代わり
「一空事件」
が挿入されていることに驚くのではないでしょうか。
以前「我自爆す天候晴れ」というテーマでこの事件について伝わっていることを書いたことがあります。

生きて捕虜になってしまったせいでラバウルで死に場所を与えるために鴨番機として出撃させられ最後は自爆したという陸攻隊の話です。
(ちなみにこの陸攻隊隊長は地井武男。イケメンです)

実はその筋の方によると信憑性にかなり疑問のある話なのだそうです。

しかしこの映画では、この逸話がかなりの比重を持って語られます。
そして、この陸攻隊の最後と、坂井氏が見たという
「最後に宙返りをして自爆した陸攻機」
との最後をこの搭乗員たちの最後ということにして描いています。

陸攻機での宙返り直前に
「我自爆す 天候晴れ」
の打電をし、さらに長符を打つ、という設定です。

つまり、痛快な編隊宙返りと、この陸攻機の悲壮な最期の宙返りが
「被る」
ゆえ、前者を切り捨てたのだと思います。
そんなにしてまでなぜこのエピソードが使われたかについては後で述べます。

その他扱われるエピソードとしては本田兵曹の戦死なのですが、全体的にやはり悲劇的なエピソードの間になぜか空戦についての坂井氏の理論へのこだわりのシーンが何度かはさまれ、もしかしたらこちらは坂井氏自身の希望でもあったのかなあと思わされます。
このことは次回の稿に回します。


さてその本田兵曹(この俳優は実物に瓜二つって感じでそっくり)になぜかラバウルの病院に勤務している姉がいて、これが大谷直子。
エリス中尉はこの手の
「戦争映画に華を添える意味で出てくる女優との絡み」
が何より嫌いなのですが、そのときの「流行りの」女優を使ったりする配慮が見えるとさらにげんなりします。
このころ大谷直子は二六歳の人気絶頂期。
この直後伝説の名作鈴木清順監督の「ツィゴイネルワイゼン」に出演します。

しかしさすがに実在の人物であり、映画にいろいろ指導をしていた坂井三郎とのラブシーンはご法度ですから、大谷直子は無理やり?本田兵曹の戦友と突発的に絡まされます。

この展開が実にうざい。

なぜか坂井先任が
「先輩を自分のミスで死なせてしまい落ち込んでいるこいつを慰めてやって欲しい」
と頼み、大谷直子扮する本田の姉は
「看護婦として死んでいく患者を抱いて慰めた」
という話をしているうちにいきなり盛り上がり?発作的に抱き合ってしまうのですが、
この流れがよくわからない。

思わず見ていて
「なぜにっ?!」
と叫んでしまいました。

明日死んでしまうかもしれない搭乗員がつかの間の慰めを近くにいた女性に求めてしまうという、実際にはいくらでもありそうな話ですが、ただでさえストイックに書かれた(著作者談)「大空のサムライ」にとっては全く蛇足の感を免れません。

おまけに特典映像で見た予告編には、わざわざこの衝動キスシーンに

「生死をかけた最前線でひたむきに生きる男と女!」

って、被せているんですが、時代とはいえ、ダサい。
ダサい上にピントがずれている。


文句はともかく、何と言っても一番のクライマックスはガダル決戦の時に負傷し帰ってくる様子なのですが、これが意外とリアルでよかった。
この映画はカラーなので、坂井さんの顔は当然真っ赤な血でまみれています。
先日画像に描いた「帰還してきたときの写真」では白黒なので、血の色がわからないんですよね。
おまけに坂井さんは瞬間とはいえ自分で歩いていますから(すごい精神力です)怪我の悲惨さがそれほど伝わってこないのです。

帝国海軍の映像でカラーのものを観たことがありますが、カラーであるというだけでモノクロ映像で全て再生していた目には物凄く真実味を持って映るのです。

坂井さんの血の色も、白黒写真と文章だけでは感じえない生々しさを(意外なことに)あらためて伝えていました。



さて、このように単なるドラマとしては面白く、しかし実際にあったこととしてはいかがなものかと思わずにはいられない脚本ですが、この脚本は須崎勝弥氏といい、かつて海軍予備飛行兵であった方の手によるものです。
氏は学徒動員によって海軍に入隊しました。
須崎氏は「二階級特進の周辺」という特殊潜航艇についてのルポを上梓しており、これについてはいずれ書く日もあるかと思いますが、海軍組織の「上層部」「軍部」というものの体質を一貫して強く非難する立場の方です。

原作にたくさんのドラマチックなエピソードがあるのにもかかわらず、無理解で搭乗員の死に対して鈍感な上層部という原作にないエピソードをあらたに作ったり、坂井氏の兵学校出身者批判を入れたり、何と言っても信憑性に疑問のある一空事件をあえて大きく取り上げたのは、この方の意向が大きいのではないかと睨んでいます。

実際はどうだったかはわかりませんが・・・。




それにしても、暑苦しい男前が何より苦手なエリス中尉ですが、この
「キング・オブ・ザ・暑苦しい顔」
の藤岡弘氏には、何故か好感を覚えております。

アップは何ですが、離れて観たときの体のバランスが頭抜けてよく、何と言っても役者としてどう、というよりキャラクターとして実に目に楽しい人物であるからです。
昔NHKの連続ドラマ「あすか」に出てた時もよかったな。

海保職員映像流出事件で、ブログで熱く職員の行為を肯定し、政府批判をしたというニュースを観たのですが、どうやら熱いのは顔だけではないのかも・・・。


俳優としても「本気の熱さ」を持っていたのかも、とこの暑苦しい坂井三郎を見て思っています。