◎ジェイド・タブレット-06-36
◎青春期の垂直の道-36
◎第五身体と両性具有
第五身体=コーザル体は最後の個別性。これより男女の別がないということであるから、両性具有という日常性を完全に逸脱したシンボルが、ここに登場する。
両性具有とは男女の別がないということであり、二元性つまり生と死やあなたと私の違いを超えるということであり、既にある種の悟りと称して差し支えないだろう。かなり決定的なシーンである。
幕末の剣豪山岡鉄舟が行きついた男女の別を超えた境地が、激しかった女郎屋通いをやめた口実くらいにしか考えられていないとすれば不幸なことである。
OSHOバグワンによれば、第五身体に到達した人間は睡眠中でも醒めている。ここにウパニシャッドの有名な課題である「熟睡中の夢も見ない状態」の回答がここにある。無意識的なところがすべてなくなるのだ。24時間常に醒めている。
OSHOバグワンは、この状態において至福があるという。
また彼によれば、コーザル体では無思考だから、第五身体に至った人のその思考なき実存の波動が、同じく思考なき猫などの動物を周辺に招き寄せるとするが、それを見て禅者は犬に仏性ありやなしやなどといじわるクイズをしかけたのではないか。犬は思考のないコーザル体のシンボルだとわかっている人間がその公案を置いたのかもしれない。
(参照:奇跡の探求2/和尚P179-P189)