触れると自分の中にある記憶を呼び覚ます、そんな風景や香り、音楽等が誰にでもあるはずだ。
たとえば道端に咲いている草花であったり、雑踏の中からふと聞こえてくる音楽であったり。
五感が覚えているものたち。
会社の隣家の庭に、毎年見事な花を咲かせる大きな大きな木蓮の木があった。
窓から見えるその木の蕾が膨らんでいくのを眺めては、春の気配を感じ、いつも花が咲くのを心待ちにしていた。
一眼レフを初めて手に入れた時、一番にシャッターを切ったのも満開に咲くこの花であった。
「木蓮の写真を撮らせて頂けませんか。大好きな花なんです。」
庭仕事に精を出しているおばあさんに声をかけて、撮らせてもらったのだ。
「立派な木ですね」
と話しかけると、
「切らずに放っておいたから、こんなに大きくなってしもうた。剪定をしてやっとったらこんなに伸びんよ。夏には葉が繁っていい木陰ができるからなぁ、蘭の鉢を太い枝に吊るしておくんよ。風もよく通るしな」
と教えてくれた。
この冬、その木蓮が太い幹と少しの枝だけを残しバッサリと切られてしまった。
「今度の春は咲かないな。いつかはまた咲くのだろうか。」
あの日の、満開に咲き誇った姿を思い出してみる。
澄み渡る空に伸びゆく木蓮のきみ想い出すやわらかな白
今は亡き優しかったおばあさんに思いを込めて。
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