ぱそらぼ (ぱぁと1)

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議論

2009年12月21日 | 社会派らぼ
多分、昔と比べると、世の中の価値観が多様化しています。様々な考え方が存在することは悪いことではありませんが、その分皆の合意ができにくくなりました。コペンハーゲンで行われたCOP15の会議が期待外れに終わったことでも良く分かります。世界中が不況の中、先進国や途上国、そしてそれぞれの国の思惑が異なり、それぞれがそれぞれの主張を繰り返すばかりでは、話し合いはまとまるはずがありません。

では意見が出なければ良いのかというと、そうでは決してありません。然るべき話し合いの場で、充分な議論が尽くされ、異なる意見の立場も互いに充分理解した上で、歩み寄るべきところは歩み寄って結論に至るというのが理想なのでしょうが、どうも世の中はそうは回っていません。

世の中、ある場面では「声の大きい」意見がまかり通ります。少々歪んだ意見であるにも関わらず「言ったもん勝ち」みたいな場面が少なくありません。それは多分、意見を出さない者のせいだったりするのですが、どうも日本人は自分の意見をキチンと言うことが下手です。井戸端会議のように、個々に話す話題の場合は、何かと言葉が飛び交うのに、イザとなると「別に…いいし」などと発言したがりません。せいぜいが小声で文句を言う程度であり、従って周りを封じ込めるかのような言い方をする言動を封じ込めることはできません。行き過ぎると「パワハラ」とでも呼ばれるのでしょうが、何せそのような威圧的な言葉には他を黙り込ませる凄みがあったりするものです。

そのような人を豪腕と呼ぶのかも知れませんが、それでは人心をまとめることはできません。議論は「勝った」「負けた」を競うものではなく、正論を正論として認める潔さが必要です。そしてどんな場面にでも、必ず正論をハッキリと唱える人が必要です。筋の通ったことをキチンと話す人が居て、皆がそうした意見にキチンと耳を傾けて、初めて議論は成立すると思います。


ズームスライダが消えた!
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