goo blog サービス終了のお知らせ 

ぱそらぼ (ぱぁと1)

パソコン講座を、まじめに愛するブログです

ネット

2020年11月24日 | 社会派らぼ
平井卓也デジタル改革担当相が、メールでZIPなどパスワード付きファイルを送信し、パスワードは別メールで送信する…といった手法を廃止すると発表しています。メールのセキュリティソフトは、本文に書かれているURLや添付ファイルのスキャンを実行してくれますが、パスワードが付いているファイルは中身を展開して安全を確かめるといった事をしてくれません。つまり、ウイルスなどを忍ばせるにはうってつけという事になります。また再三言われますが、パスワードというものはそんなに信用度の高いものではなく、何度でも試せるとしたら(スマホのパスワードなどは、何度も失敗するとロックがかかってしまうものもあったりします)、手当たり次第に文字を羅列することで、いつかは破れるといった手段でしかありません。代替の方法として、外部ストレージサービスの活用といった事が挙げられています。

そう言えば、近年メールでの連絡は、随分稀有になりました。普段の連絡はラインだったりメッセンジャーだったり、SNSと言われるものを利用するケースが圧倒的に多く、一々メールを開いて、「返信」などとする機会が少なくなりました。ファイルの共有も、直接USBメモリなどを使ってやり取りするケースが、私は(仕事柄)多々ありますが、それでも外部ストレージサービスが当たり前になりつつあります。極端には、我が家の中でデスクトップパソコンから、ノートパソコンにファイルを移すのに、ストレージサービスを使ってやり取りする始末です(笑)。

ですから、今回の発表は理に適っているというべきかもしれません。こうした世界の技術は日進月歩で、残念ながらそれを悪用しようとする輩の技術も日進月歩で目覚ましいものがあります。私は多分、年令の割にはこうした技術の進歩にさとい方かも知れません。が、ネットの世界に「絶対の安全」は存在しないと考えています。どんなに最先端の技術を使ったとしても、それは必ずITの技術で破れるものでないだろうかと。一番安全に秘密を守ろうとするのであれば、人から人に直接(電話やメールでなく)伝達するという一番原始的な方法に回帰するのではないだろうか…とすら思います(笑)。コピーができない…という意味では、手書きの方が安全ですし、毛筆で書いて落款を押した書などは、唯一無二の、お墨付きというやつです。

便利な技術は積極的に利用すべきです。が、そこに絶対の安全が存在する…という幻想は持つべきではないのではないでしょうか。メールアドレスなどは個人情報…です。むやみに他人に吹聴すべきでは無いでしょうけれど、メールアドレスを使って、様々なサービスに加入したり、買い物をしたり、連絡を取り合ったりしているのであれば、それはある意味で既に「公開情報」です。

最近は「顔交換」アプリといった面白いものが、実に手軽に手に入ります。つまり…は、ネット上に写真や動画などを挙げている…という事は、それらの顔を挿げ替える事も、実はとても簡単なのだと気づくべきです。AIの世界…というのは、だから「怖い」「怖い」と何もかもを拒絶するのも違っていると思うし、自分に限って魔の手が伸びて来るはずがないと思うのも多分違っているのだと思います。

混沌

2020年11月16日 | 社会派らぼ
アメリカ大統領選挙は、稀に見るデッドヒートを演じましたが、バイデン氏の勝利で終わったかに見え、他国からは次期大統領のバイデン氏との電話会談が相次いでいるようです。メディアも最終的な得票数を報道し、バイデン氏の勝利を認めていますが、負けたトランプ氏は選挙違反を主張しています。

トランプ大統領の法廷闘争は立て続けに棄却され、弁護団が辞意を表明するなど、不利な状況にありますが、一部FOXニュースなどは大規模な不正が行われていたと報じていたりします。

いずれにしても公明正大なはずの選挙が、今回ほど実態の見えない生き物のように見えたのは初めてかもしれません。トランプ大統領は「郵便投票」の急増で不正が起きる可能性を主張してきましたが、いずれ「ネット投票」などが一般的になって来れば来るほど、シンプルな選挙は姿を消していくかもしれません。

世の中は既にネット時代に突入しています。日本の選挙もインターネットを使った選挙運動ができるようになっています。ホームページやブログ、ツイッターやフェイスブック、動画共有サービスなどを利用した選挙運動は認められています。それは、当然の流れで、今更止めることはできないし、止める必要もない事だとは思っています。が、一方でそうした選挙戦は、一層イメージ戦略を煽るというか、真実か否か分からないような怪情報があっという間に蔓延して、選挙の行方を大いに左右する時代に突入するような予感があります。

デジタルは人類の文化の歴史を変えました。それは「第三の火」と称せられた原子力に匹敵するような大きな社会の変革で、ある意味では「第四の灯」とでも呼ぶべき程の発明?です。ただ、神ほどにもてはやされた「第三の火」が、今では危険な人類を滅ぼすかもしれない力になり果て、その廃棄物はお荷物扱い、武器として蓄える国やそれを持たない国の間では果てしない駆け引きが続いています。「第四の灯」がそうした轍を踏まないためには、デジタルの力を借りない人間としてのありようが大切なのでは無いかと思う次第。

世界中が混沌とし始めています。軍靴の音が聞こえなくもありません。人間はどこに行こうとしているのでしょうか。私たちの日常は、きっと平和ではありません。

民主主義

2020年11月05日 | 社会派らぼ
彼の国のトップを決める選挙が行われていますが、各紙が報道しているように泥試合の展開になっていると言います。両者が拮抗している状況で、未だ決着が着かないというものです。

コロナの蔓延のおかげで「郵便投票」を利用する有権者が激増した事がその理由だとか。郵便投票は配達に時間がかかるため、開票が遅れて決着がついていない州がまだあるというものです。元より「郵便投票」は不正の温床であり認めないと主張しているトランプ氏は既に勝利宣言。対して郵便投票による支持者が多いとされるバイデン氏は結果はまだ出ていないと主張。トランプ氏は最高裁まで争うとしているため、次のトップが定まらないという状況のようです。

残念ながら(笑)私達には彼の国の選挙権がありませんので、どう決着するのか見守るしか術は無いようです。

まず「郵便投票」という仕組みがある事自体、初めて知りました。手続きは面倒だと書いてありましたが、それでも投票所に出向かず選挙権を行使できる事に、大きな意味はあるように思います。

次に「民主主義国家」を自認する彼の国で、選挙がこれほど曖昧なものであった事にも驚かされました。歴史に残るこれまでの大統領選では、敗者が潔く負けを認め、新しい国のリーダーへの協力•忠誠をアピールする事で、国の一体感が保たれて来たというこれまでの背景が、美談のように語られています。両者が負けを認めない今回、行く先が混沌としているのです。

彼の国の大統領選挙は、国民の直接選挙と言いながら、仕組みは日本のそれとは異なります。国民の投票は州の選挙人を選ぶためのもので、過半数を占めた方が州の全選挙人数を獲得するという仕組みで、日本のそれに慣れた私達には何かしらもどかしいものがあります。が、これまでの敗者が勝者を認める事で、選挙結果が成立してきた経緯を知ると、「1票でも得票数が多い方が勝ち」とする、私たちの信じてきた民主主義が、いささか幼いものに見えてきます。

得票数が多い方が勝つという「多数決」の論理は、実は非常に暴力的なもののようにも見えます。本来の民主主義とは得票数の数から鑑みて、一番良い結論を両者が考えて選択するものであったはずだと言うのが、今回の選挙の収穫だったのでしょうか。

さて、彼の国は「great」である事を世界に向けて宣言しようとしています。「great」とは人間的な器の大きさ、理性と知性の偉大さを示すものであって欲しいと願います。

Great

2020年11月04日 | 社会派らぼ
働き方改革…なのか、うさぎなどを飼う小学校が減っていると言います。小動物の飼育は、命の尊さを教える情操教育にはうってつけではありますが、休日でも世話が必要で、土日や長期休暇の際の教職員の負担が大きいのだそうです。基本、飼育係などの子ども達が世話をする建て前にはなっているのでしょうが、陰でサポートしているのは先生方です。まして今年はコロナ…で、教育の現場もひっくり返っていましたから、そうした場合に世話をしなければならない命がある…という事は、かなりの負担になったであろうことも容易に想像できます。

世の中の事…というのは、時代の流れに応じて変わって行かなければなりません。新しい時代の新しいやり方というものがあるのだろうと思います。一方で、それが時代…と言いながら、時代に流されて良いのだろうかと思う事も多々あります。

最近のお葬式事情のような話が話題に上りました。遺影というのは、以前から葬儀屋さんに頼めばそれらしく加工してもらえるのは知っていました。この頃は普段着のままの遺影写真を使われる方も増えましたが、紋付きや礼服の写真をとこだわられるケースもあります。表情のステキな写真を選ぶと、加工して着せ替えてもらえます。最近は、その遺影もフォトフレームのようなものも出現しているようです。

当然、逝去の連絡や葬儀情報などに、メールやLINEが使われているであろうことは、容易に想像できますが、クレジット決済で香典なども送れると聞きます。いわゆる香典袋みたいなものは、これからは無くなって行くのでしょう。それなら、もうお香典などと言ったお付き合いの仕方も要らないのではないだろうかと思います。(個人的には、葬儀や墓といったものにも、あまり執着はありません。)

新しい在り方というものの中に、残さねばならない価値観というものが何であるのか、恐らく吟味ができてい無いのだと思います。分かっているようで、実は漠として掴めないものでしかありません。

折しもアメリカでは大統領選が行われており、劣勢を伝えられていたトランプ氏は、激戦州を制覇するなどして事実上の勝利宣言を行うなど、状況は拮抗しているようです。そのトランプ氏が選挙活動中に被っている赤いキャップには「MAKE AMERICA GREAT AGAIN」と刺しゅうされています。アメリカが高い失業率とインフレなど深刻な経済状況悪化に悩まされていた頃、大統領選でレーガン氏が使用したのが最初と言われています。トランプ氏はこれを商標出願したとかですが、トランプ氏の「偉大な」という言葉に籠っているものは、一体何なのでしょうか。

greatには、大きいとか偉大なといった訳語が充てられると思いますが、本当のgreatには人間的にも精神的にも大きな器を求めたいと思います。覇権主義がどんどん幅を利かせそうな世にあって、私たちが求めるべき「未来」はどうありたいのか、人間としてどうありたいと思うのか、改めて問うことの必要性を感じます。