ぱそらぼ (ぱぁと1)

パソコン講座を、まじめに愛するブログです

AI

2019年04月25日 | 社会派らぼ
AIは「幻滅期」に入っている…という、少し気になるメッセージを見かけました。ガートナーという会社は、コネチカット州に本社を置く、IT分野の調査・助言を行う企業ですが、そのガートナージャパンが、自社が提唱している「ハイプ・サイクル」というグラフ曲線?を使って、AIが流行期から幻滅期へさしかかっている…という見解を発表したものです。ハイプサイクルというのは、特定の技術の成熟度や社会への適用度を表すもので、黎明期、流行期、幻滅期、回復期、安定期の5つの段階を想定しており、人々の関心を集めたテクノロジーは、必ずこのサイクルで推移する…という理論です。

ですから「幻滅期」に入っている…と目にすると、なんだかこれから衰退の一途をたどりそうな印象がありますが、そうではないようです。もてはやされ、意味も良く分からず、最先端とばかりに飛びついた時期…がようやく落ち着いて、冷静に過剰な期待を見直そうという事でしょうか。そして、本当に必要な分野に効果的に利用するよう見直され、これから円熟期を迎えようとする、言わば未成年の時代が終わって、これから大人の時代に入るといった意味合いかも知れません。

AIというとそれだけで便利で万能だと信じ切った時代は終わりました。別の言葉を使うなら、人間がAIに振り回される時代が終わりました。この技術は、上手に育てさえすれば「人類の救い」になるのでしょうが、育て方を間違えると「人類が滅ぼされる」といった方向に進まないとも限りません。

AIが可能な事と、AIには不可能な事を良く考えることで、人間の人間自身のありようを知ることができるのかも知れません。人間とAIが競って、人間の代わりをAIにさせることが、AIの理想の未来ではありません。AIにはできないことが、人間の本来の持ち味なのだと知ることこそが大切なのかも知れません。

昨夏の甲子園は、秋田の公立高校金足農業高校の活躍に沸きました。実はこの甲子園で、AIに戦評記事を作成させるという試みが朝日新聞で始められていました。スコアブックのデータを読み込ませ、試合経過や勝敗を「オートリィ」と名付けられたAIが文章化するという実験です。事実を淡々と書くことについては実用レベルのようですが、ジリジリと照り付ける真夏の太陽や、ヒートアップする応援席の温度、一瞬のためらいや迷い…はAIには文にできません。つまり、ただ「正しい」事を口にするだけの人間なら「AI」が取って代わることはいくらでもできるけれど、相手の気持ちに配慮しながら誰もが納得するような話の進め方は、人間にしかできないという事でしょうか。人がAI化する社会にはなって欲しくありません。

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NHK

2019年04月23日 | 社会派らぼ
2019年統一地方選挙が行われましたが、13年に立ち上げられた政治団体「NHKから国民を守る党」が勢力拡大を遂げたそうです。首都圏、関西のベッドタウンを中心に立候補者を立て、26人が当選したため、現職議員と合わせると39人。国会に議席を持つ政党を除くと、最多の地方議員を抱えた党なのだそうです。

その名の通り、NHKの受信料制度について反対を表明しており「反NHK」のワンイシュー政党です。東京や大阪のベッドタウンで、NHKの集金に困っている一人暮らしの学生や社会人が多そうな地域の浮動票を目当てに、候補者を擁立する傾向があるようです。が情報によれば、党代表が「区の助成金で購入した自転車を転売してお金を稼ぐ」といった指南をしていたりする…とかで、手厳しく「議員としての資質に欠ける」「議員になってはいけない人間」などと主張する声も大きいようです。党の資質や実態をあれこれ言うほど、この党についての情報を知りませんので、今回はそれは横に置いておきます。

党の設立者本人がNHKに、個人的な恨みを持っているのかも知れませんが、注目すべきなのは、この党の名称に多くの有権者が反応した…と言うところでしょうか。NHKは放送法を根拠に「受信設備を設置した者には、受信契約を結ぶ義務がある」としており、これが多くの人たちの反発を買っています。つまり「NHKの放送を受信する者」に支払いの義務があるのではなく、「テレビを据えた者」に支払いの義務があると、取り立てを進めている部分です。

NHKは「日本放送協会」、総務省が所管する外郭団体です。元は郵政省の管理下にありました。郵政省…と来れば、「郵政民営化」を思い出します。従来、国営で行われてきた郵政事業の民営化は、サービスの低下につながるなどとして、激しい反対論がありましたが、当時の小泉首相が「郵政解散」を強行し、民営化を実現しました。その昔には、国鉄分割民営化も大きな話題になった時がありました。いずれも大きな反対がありながらも、本来は別に存在したかも知れない理由等々があって、民営化は強行されました。なぜNHKの民営化論が大きな声にならないのかは不思議です。

NHKはテレビ番組をネットで配信するサービスを本格的に始める意向を示しています。現在の放送は「受信設備」を備えた時点で受信料支払いの義務が発生しますから、ネット配信が始まれば「ネット環境」が確立された時点で受信料を払わなければならないだろうかと思っていましたら、パスワードなどを設けて受信料が支払われない限り視聴できないようにするのだそうです。(・_・D フムフム。それなら、現行の放送も、支払わない限り視聴できないような仕組みを考えていただけたら、多くの人が納得できるのですけれど。

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早くよくなられますように

2019年04月22日 | 命の生き方
シンガーソングライターの岡村孝子さんが、急性白血病で治療に専念すると公表されました。競泳の池江璃花子選手が白血病を公表したのが2月。以前は病名を隠すことが多かったように思いますが、最近は著名な方も公表を迷わなくなったようです。それもこれも、マスコミが追いかけて、事実とは異なる報道に悩ませられる事態を避けるためでしょうか。発表したらしたで、離婚された前のご主人のコメントをもらいに行っていたマスコミは、論外と言わざるを得ません。

一方、35歳で亡くなったあるカナダ人女性のメッセージが、SNSで拡散しています。彼女が不運にも、「平滑筋肉腫」と診断された時には、放射線療法ではどうすることもできず、余命2年という宣告を受けることになります。彼女は医師に勧められた化学療法を断り、残された人生を悔いなく生きる…という選択をしました。13か国を旅し、コンサートにも足を運び、最期は、愛する人々へのメッセージを綴って自らの死亡広告を出したというもの。

死亡広告には、化学療法を断って残りの人生を全うする…という決断を見守った両親への感謝、友だちや恋人にも傍にいて助けてくれたことへの感謝が綴られていました。彼女は「小さな事にこだわらないで。人生をもっと楽しんで」とメッセージを送っています。

様々な薬や治療法が研究された現在でも、がんは未だ不治の病…として、人々の一縷の希望さえをも、根こそぎ奪っていきます。人の命の長さなど測れるものではない…と思いながらも、結局は医学の確率論に振り回されてしまいます。現状では、最期の最後まで立ち向かうことこそが正解とされてはいますが、カナダの女性の生き方はそれはそれで人々の心に実に多くを語りかけてきます。

人は自らの生き方を決める権利を持ってはいますが、実は本人以外の切なる願いを切り捨てる権利は持っているのでしょうか。

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互換モードの文字を消したい

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イースター・バニー

2019年04月21日 | 社会派らぼ
日本人は、他国の文化を取り入れて、自分たちのものにしてしまう事に、不思議な能力があります。アンパン然り。明太子パスタ然り。(笑) クリスマスもバレンタインもハロウィンも…元々他国の習慣だったものが、楽しいものは楽しまなくちゃ損!とばかりに、日本の津々浦々の家庭のイベントの中にまで入り込んでしまいました。

今日は「イースター」。十字架にかけられたイエス・キリストが三日目に復活した事を祝う日です。日本では、まだ認知度が低いようですが、いずれ他のイベント並みに祝うようになるのかも知れません。

そのイースターでは、イースター・エッグが有名です。きれいに彩色された卵は、動かない卵から新しい生命が生まれ出ることから、死と復活を象徴していると言われます。また特に赤く塗られることが多く、十字架上で流したキリストの血の色、復活の喜びを表す色とされています。卵ほど有名では無いかも知れませんが、イースターのシンボルにはもう一つ「ウサギ」が使われます。多産な種であるウサギが繁栄の象徴に使われたのでしょうか。

ですから、イースターには生きたウサギを購入したり、プレゼントしたりする習慣があるのだそうです。ウサギは見るからにおとなしくて愛らしい小動物ですから、贈り物にはうってつけなのかも知れません。…が、カリフォルニア州では1月に「商業目的で繁殖された犬や猫、ウサギをペットショップが販売する事を禁止する」法律が発効しています。ウサギは思いのほか飼育が大変で、イースター後に自治体に保護されたり遺棄・安楽死などが問題になるのだそうです。ウサギだけでなく、犬も猫もその対象になっており、商売のために大量に繁殖される事を禁じ、ペットとしては保護された動物の里親になることを推奨するものだそうです。

人間は、犬や猫などをペットとして可愛がり、言わば家族の一員、信頼し合える相棒として、生活の中に動物たちを受け入れて来ました。時に、そこには人間同士以上の愛が育ち、人間が彼らの愛に助けられるようなことが起こり、深い感動を呼ぶことは事実です。ですが、考えてみると、ひと昔前のように捨て犬、捨て猫を保護するケースより、ペットショップで高価な売り買いを経る場合が圧倒的に多い事を考えると、人間の都合のために繁殖させている…現実をもう一度考え直す必要があるかも知れません。

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パワーポイントに挿入した画像の変形を修正したい

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焼失

2019年04月19日 | 社会派らぼ
パリにあるノートルダム大聖堂の教会の尖塔が、火の粉と煙の中で崩れ落ちようとしている、大変ショッキングな写真が報道されました。パリには世界中の人が憧れる多くの観光名所がありますが、ノートルダム大聖堂はその中でも屈指のスポット。荘厳で優美なたたずまいはため息が出そうです。そんな「パリの象徴」が焼け落ちるさまに、遠巻きにした人々からは絶望や涙が漏れ、パリの人は元より、多分世界中が悪夢を嘆きました。

幸い、最も貴重な宗教的な品は避難できた…とされています。行われていた修復工事中の失火の可能性が大きいと報じられています。日本人は嫌でも金閣寺放火事件を思い出すようです。金閣寺は焼失から5年後に、国や京都府、更に地元経済界からの寄付などによって、創建当時の姿に再建されました。大聖堂についても、既に多くの寄付が集まっていると言われており、夏季五輪が予定されている2024年までの再建を、フランス大統領が約束しています。

一方で、寄付をしようとする人を狙った詐欺行為が横行していると、フランス遺産基金が注意を呼びかけています。既に16億円以上が集まっているとされていますが、同時に多数の詐欺事件が発生しているようです。こうした報道を見聞きしても特別驚きもなく、そりゃああちこちで詐欺まがいの集金が行われるよね…と感じてしまう世相が寂しい限りです。

クラウドファンディングという資金調達の仕方があります。ネットが普及したからこそ生まれて来た方法、ネットを通じて、多くの人からの出資を募るやり方です。クラウドファンディングサービスを実施しているサイトは複数あるようですが、そうしたサイトを少し覗いてみると、100万円を超すような支援金が、いくつも「達成!」と出ていたりします。そうした事にワクワクする方もたくさんいらっしゃるのだろうと想像しながら、いつかたどり着く社会には「お金」という価値観が無くなっているのではないだろうか…と妄想をかきたててみたりします。お金がいつしか魔物になっているような気がしなくもないからです。並んでいる事業の中に、無節操に他人の懐を当てにする事業が、混じっていなくは無いかも知れないと思ってしまうのは、◯◯根性でしょうか。

ノートルダム大聖堂は多くの善意のおかげで、5年後優美な姿を取り戻す事だろうと思います。炎によって燃えたものが戻るわけではありません。新しい大聖堂が創建されるわけです。12世紀に建てられた建造物が灰になって、歴史的価値は一旦失われることになりますが、もっともっと遠い先には21世紀に再建された歴史的建造物として、燦然と輝いていて欲しいと思います。くれぐれも、大聖堂再建を騙る悪だくみに騙されないようにしましょう。人の善意と悪意を見分ける事のできる人間力が必要です。

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プレゼンテーション中にずっと音楽を鳴らしたい

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失言

2019年04月18日 | 社会派らぼ
筋萎縮性側索硬化症患者が、訪問介護の時間数を増やして欲しいと市に要望。障害の程度の確認に自宅を訪れた市職員が、文字盤を見る目の動きで回答しようとする本人に向かって「時間稼ぎなのか」「できないように見せているのではないか」などと発言をしたことが、問題になっているようです。市側は、患者本人ではなく同席した代理人弁護士に対する発言だったと弁明しているようです。

問題の埼玉県吉川市には、非難の声が集中しているようですが、襲撃予告のメールまで届いていると言います。メールは政策室宛に届いており、障がい福祉課との関連性は不明、文面も「襲撃に向かいます」とだけで理由も述べられていません。タイミング的にはそうとしか思えません。市の対応に問題があるのは明らかですが、対する抗議の仕方にも問題があります。

このところ政治家の失言問題も絶えませんし、最近は言葉が非常に軽薄です。多分、公的な発言というのは、筋道を立てて、明確に頭の中で発言を組み立てながら、口にすべきなのだろうと思います。言わばしゃべっている口と、考えている脳の間に、ワンテンポのズレが必要かもしれません。それには集中力と余裕が不可欠です。思ったまま、口だけでしゃべってしまうべきではありません。

「あるがまま」「自分に正直に」といった事が教育の中心に据えられています。自我の開放は、確かに新しい時代には必要な事ですが、同時に自らは「どうあるべきか」という「目指すべき自己」を求める作業が、社会から消えて久しいのではないでしょうか。「英語」より「プログラミング」より大切な事だと思います。

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スライドショーをクリックで動かせない

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春ぅ♪

2019年04月16日 | 雑談
今年も、入園・入学の季節を待っていたかのように、豪華絢爛に咲き誇った桜ですが、早葉桜になりつつあります。ツイこの間まで、「寒い、寒い」と言っていたのに、季節はいつの間にか「春」に突入しています。庭に雑草が目立って来ました。この時期に必ず我が家の庭に咲く花があります。およそ、手入れといった事もしない、雑然とした庭ですが、春には雑草に混じって必ず「菫」が花をつけます。冬の間は枯れて、葉も茎も何も見当たらないのに、ある日ふと紫の花が目に入ります。

自然はスゴイと思います。データとして分析するなら、気温が◯℃以上になったら…、◯℃以上の日が◯日続くようになったら…、等々開花の条件は定まっているのだと思います。私たちは毎日「暑い」の「寒い」の言いながら…も、結局はカレンダーで、何月何日なのかを把握しています。今日は何日だっけ…と、新聞の日付を見たり、スマホの待ち受けを見たりするザマです。菫はカレンダーも見ず、温度計も見ず、ただ本能で咲く時期を知るわけです。

生体認証といった研究が進められています。パスワードで管理されているIT社会ですが、結局のところどんなに安全性の高いパスワードを設定しようと、破られるときには破られてしまいます。そこで、指紋認証に始まり、静脈認証、顔認証など、「その人」を証明する情報を「その人」でなければ提供できない情報を求めているわけです。コンビニに入店するだけで、顔認証され決済も済ませるといった研究が進められているようです。

但し、どんなにコンピュータを進化させても、言い換えるならどんなにデータを積み上げても、結局人間の一瞬の洞察力にかなわなのではないかと想像します。顔をどんなに分析しても、もしかすると機械は双子を見破れないかも知れませんし、どんなにその人の顔を分析しても「やましい事がある」「何か悪だくみをしている」などといった事を見破ることは機械にはできないかも知れないと思うのです。人間は、瞬時にそうした心の内まで見透かす力を備えています。言わば、人間の本能かも知れません。

それでも、カメラで顔の情報を拾い集めて、コンピュータに本人確認をさせて行けば、いつか人間はその「本能」をどこかに置き忘れてしまいそうな予感がします。春の訪れを全身で感じて花を開かせる菫にも、人間は勝てないかも知れません。

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コントロールパネルの開き方

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感性

2019年04月14日 | 雑談
2017年、実業家として成功していたドナルド・トランプ氏が、第45代アメリカ大統領に就任しました。以来、世界に極右ポピュリズムとでも呼ばれるような流れが増して来たかに見受けられます。「〇〇のトランプ」などというネーミングの政治家が、あちこちに見受けられるようになりました。EU離脱や、反移民を主張する排外主義が大きな現象になっています。人道的な見地からは、多くの移民や避難民が希望する土地に受け入れられるべきなのでしょうが、社会の中に他の民族を受け入れる側はその限界を唱え、拒否する姿勢を明確にし始めました。

言わば、移民を敵視する政策が、国内的には喝さいを浴びる…といった状況です。これをして「理性」よりも「感情」が優先される時代になった、現代は「デモクラシー」の時代から「エモクラシー」の時代に入った…との論(ニーアル・ファーガソン氏)が聞かれたりもします。根幹にあるのは「自分が良ければそれで良い」的な、まず自分たちの「衣食が足りる」ことが大切だとする考え方で、国という大きな規模の話にとどまらず、日々の個人的な営みにもそうした傾向が顕著なような気がします。

「理性」は「感情」にた易く負けるもので、だからこそ「理性」に従うべきなのだと自らを律してきたものの、正直な「感情」に身をゆだねても良いのではないだろうか…というのが、現在なのかも知れません。

「理性」と「感情」が相反するのだとしたら、人間の本質は「感情」を優先してしまうのかも知れませんが、重んじられるべきは「感情」ではなく「感性」ではないかと考えます。「感情」と「感性」は多分異なります。「思い」と「想い」が異なるのと同様に。生の「感情」は、「感性」を磨くことによって、「理性」と反しないものに導くことができたりはしないでしょうか。

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大炎上

2019年04月13日 | 社会派らぼ
今月8日に開設されたウェブサイト「あつまれ!げんしりょくむら」の閉鎖が決まりました。1週間も持たなかった…ということになります。

「あつまれ!げんしりょくむら」は、原子力産業協会が開設したもので、原子力を推進するための広報サイトでした。若者向け…ということで、江戸時代の町並みをコミカルに描いたトップページに加えて、メニューも「kurofune」や「六波羅短大」といった言葉になっていたようです。タイトルにもなった「げんしりょくむら」は、原子力発電業界の産・官・学の関係者で構成される組織の閉鎖的体質や利益関係を「ムラ」と揶揄したもので、批判的に使われている言葉です。その「むら」を自ら名乗ったサイトには、「ふざけすぎ」「居直り」「馬鹿にするにもほどがある」など批判の声が次々上がり、Twitterは大炎上しました。事態を受け、「不適切な表現があったため」として削除されました。

原子力とは、核分裂や核融合によって放出される膨大な「核エネルギー」を利用するもので、軍事は元より発電など商業にも広く利用されています。が、爆発事故や放射能漏れなど、安全面の不安から、反対の声が高まり、世界の流れは原子力から撤退を始めています。原子力の未来は、完全撤退をするか、更なる安全性の追求が進むか…の二択でしかなく、賛成派も反対派も基本は同じスタンスなのではないかと思います。

原子力の可否は別の議論として…、ネットの大炎上、そしてそれによるサイトの閉鎖といった事態が、私たちの日常の風景になりつつあることに「闇」を感じます。原子力反対という意見は、堂々と述べるべきもので、関係者がこぼすように、数多くの雑言は礼儀も手段もわきまえずにひたすらバッシングの嵐が止みませんでした。そうした無礼な言いっぱなしに対しては、どんなに真面目な説明をしても無駄で、それが今回の「ふざけた」サイト開設に結び付いたものと想像します。

ネットの文化は、社会に対してある程度の立場や力を持たない人間にも「発言の場」を与えました。誰もが「世界」に向かってモノを言う手段を手に入れたことは、非常に大きい事でした。が、同時に無数のつぶやきの中で存在感を発揮するのに、間違ったインパクトが必要になってしまったような気がします。どれだけ品の無い言葉で相手を傷つけるか…に、存在感を求めてしまったのかも知れません。

意見は意見として、きちんと述べる事。反対意見にも、一定の敬意が必要です。

自然体

2019年04月12日 | 雑談
東京都の福生病院で、腎臓病患者の女性が人工透析治療の中止を選択して亡くなったのは、昨年の8月でした。女性に対し、医師が「透析治療をしない」という選択肢も含めて提示しており、女性は治療の中止を選択しました。その後、一度治療再開を求めたものの、その際にも「苦痛を取るだけの治療」を選択したようです。

患者に対し治療中止の選択肢を示した病院側については、マスコミは元より世間からも批判の目が向けられました。この病院では、女性のほかにも透析治療を選択せずに亡くなった患者さんがおられたようです。東京都では立ち入り検査を実施、「意思確認に関する記録を残さなかった」など、診療記録に不備があるといった改善指導が行われました。患者に対する説明については「検査の対象外」としています。同時に、日本透析医学会が調査委員会を立ち上げ、病院を訪問、こちらは4月中に倫理委員会で結論を出し、5月中に理事会ステートメントを公表予定…という事です。

福生病院を擁護する意見も多く聞かれます。当方はコメントするレベルにはありません。

人間は必ずその一生を終えなければなりません。医学が未発達の時代、人類はトテモ悔しい生の終わり方を甘受してきました。その当時の常識は、現代から考えると、はなはだ稚拙なものでしかありません。医学が発達した現代にあって尚、私たちは病魔に苦しめられています。多くの病気を征服しては来ましたが、まだまだ私たちには手の届かない世界が多く存在しています。

現代にあっては、「病気」は「悪」です。病気に立ち向かうことこそが「正義」であって、病を前に逃げ出すことは「負け」とされています。有名人が次々、病気を発表し「戦う」ことを公言することが続いています。世の中の多くの同病者に戦う勇気を与える…のは確かなのでしょうが、何かしら「重い」のも本音です。自然体で居続けるにはどうすれば良いのでしょうか。

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連続データが作成できない

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