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信頼を失う不合理な規制

2010-08-26 13:10:04 | Weblog
 1年ほど前の話ですが、女高生が踏み切りで電車の通過した直後、遮断機をくぐり抜けて線路内に入ったところ、反対側から来た電車にはねられ死亡するという痛ましい事故がありました。むろん過失は当人にあって、よくある事故として片付けられたことと思います。

 しかし彼女の過失以外に別の問題があったのではないかと思います。彼女が降りたままの遮断機をくぐり抜けたのは、遮断機が動作は遅いので上っていなくても大丈夫だという判断があったものと推定できます。

 遮断機は電車が通過する数十秒前に降り、通過後、数秒後に上ります。通過後の時間は一定ではないと思いますが、近所の踏切では4~5秒間あります。電車が通過した後、すぐに開けるのが合理的だと思うのですが、この通過後の遮断時間の理由は理解できません。電車に乗り遅れそうになったとき4~5秒間あれば数十メートル走ることができますから、この時間は貴重です。

 おそらく彼女は電車通過後の遮断時間は意味がないと考えていたのでしょう(私もそう思っています)。そして踏切の遮断方法に不合理さを感じ、信頼していなかったと推定できます。つまり踏切に対する不信が生んだ不幸な事故だと言えるでしょう。

 踏み切りは道路交通を一定時間遮断するものであり、その時間はできるだけ少なくあるべきものです。にもかかわらず、通過後の遮断時間を設けるのはそれなりの必要があるのかもしれません。もしそうならその理由を周知させるべきです。

 一般に、不合理な規制はその信頼性を損う、と言ってもよいと思います。信頼性の低い規制の代表格は道路の速度規制でしょう。ようやく警察庁が規制を緩和する方針を発表しましたが、速度基準の見直しは実に42年ぶりだそうです。

 理由のひとつとして阪神高速の北神戸線の調査結果を挙げています。そこでは規制速度60km/hに対し実勢速度は80~100km/hで事故が多くなかったとしています。阪神高速の実勢速度が規制より20~40km/hも上回る事実は30年以上前からありました。ほとんどの人が速度違反をするようでは規制が信頼されるわけがありません。また全員が違反者であれば、警察による恣意的な摘発を可能にします。

 先ず規制ありき、ではなくまず自由ありきです。先ず強い規制をかけて、徐々に緩めていくという発想は本末転倒です。規制の必要性はもちろん認めますが、できるだけ少なくという遠慮が必要です。

 電動アシスト自転車は動力の2/3を電気の力によりますが、自転車扱いで手軽に乗ることができます。ところが電気だけで走るフル電動自転車は便利なものですが、普及し始めてすぐ禁止されました。車重が同程度で最高速度が20km/h程度なら、自転車と安全性に違いがないと思われますが、古い規制に基づいて原動機付自転車として扱われ、保安部品、運転免許、ヘルメットの着用、強制賠償保険などが必要で、普及の障害になっています。

 最高速度が20km/h程度以下のものは一度「野放し」にして、必要に応じて規制を加えていくのが本来の方法でしょう。
(参考拙文 フル電動自転車の公道使用を認めよ)

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